第3話 お父さんへの贈り物

ポップは、常備品なら、4週間ごと変えていく。それがポエムの基本だ。

【えらいえらい】ポップから4週間。真緒はすでに何を書くか決めていた。


ポップを店の隅で、鼻歌交じりに笑みまで零れ、足は何かのリズムを刻んでいる。


「井戸川さん、今日機嫌良いね」

先輩に言われ、初めて自分がなんだか挙動不審にでも見えそうにステップを踏んでいる事に気が付いた。

「あ、いえ。なんか、ポップ書いてると楽しくて」

「そう。井戸川さん、ポップ本当に出来が良いよね。頑張って」

「はい!」


真緒レジ入りまで30分前。所要時間1時間半の大作が出来上がった。

そして、早速、栄養ドリンクコーナーにポップを貼った。


【お疲れ様様。よく眠る為に、このノンカフェインの栄養ドリンクをどうぞ】


レジに入り、ありがとさんが来るのを横目でちらちら待ちながら、真緒はソワソワしていた。

そして、自動ドアの向こうから周志がやって来た。そのまま、何の迷いも見せず、周志は栄養ドリンクコーナーへ向かった。


レジのお客さんがいないのをいいことに、栄養ドリンクコーナーを覗き込んだ。


「あぁ…疲れが取れないから眠れないと思ってましたが、カフェインがいけなかったんですね…。ありがとうございます」


(やった!!)


真緒は思わず小さくガッツポーズをした。そして素早くレジに入り、ありがとさんを待った。


「いらっしゃいませ」

「これ、お願いします」

「はい。240円です」

「じゃあ、300円で」

「はい。お預かりいたします。60円のお返しです。ありがとうございました」

「ありがとう」

「ありがとうございます!」

「あ、はい。ありがとう」


何処までありがとうが続くのか…と思うほどだった。

二人、それぞれ嬉しさが違うようで、ポップつながりと言えば、それもそうで…。

真緒は、作戦通りで、満面の笑みだったし、周志は、真緒の若々しいはきはきとした表情に、栄養ドリンクだけでは得られない元気をもらえた気がした。

そこに、ポップの存在もいた事は言うまでもない。



4週間後、待ちに待った、ポップの張り替えの日だ。

真緒は、毎晩毎晩、悩んで、迷って、考えた。それはそれは楽しそうに。

バイトもそれだけで、一変した。無機質に過ぎて行く日々が、たった一つ、これだ!と言うポップが書けるというのは、これほど日々を変えるのだろうか…。


【あらあら…、そんな疲れた顔して…これ飲んで明日も元気に働きましょう!でも、無理は禁物ですよ?適当、良い加減、中ぐらいで行きましょう!】


4週間、練りに練った言葉でと、イラストたっぷりのポップが出来上がると、真緒は、いそいそと栄養ドリンクコーナーに貼った。

(今日もありがとさん、来るかな?喜んでもらえるかな?)


真緒は、自分の父親に出来なかった、父親に喜んでもらいたい、嬉しそうな顔が浮かぶと、ついつい父親の好きなものばかり選んで贈る…、みたいな、そんな心境だった。


周志は周志で、ポップと呼ばれている事も知らず、最近妙に心意気の良い張り紙がしてあるな…と思って、内心誰が書いているのか、聞いてみたいほどだった。

そして、今日。


「私は疲れてますかね?無理はしてないつもりなのですが…。適当、良い加減、

中ぐらい…良い言葉、頂きました。ありがとうございます」

「ふふっ」

周志の後ろから、モフッとした笑い声が聴こえた。

くるりと体を反転させると、そこには私服の真緒がいた。

真緒はこの日、早番だった為、周志が来るまでは働けなかった。しかし、どうしても新しいポップを見た周志の反応を観たくて、店に潜んでいた。

「あ…すみません」

真緒は慌てて謝った。

「いえいえ。店員さんですよね?私、ご存知ないと思いますが、このポエムの常連でして。いつもこの張り紙に励まされているんです」

「本当ですか?」

「あ、はい。常連です」

「いえ、このポ…張り紙に励まされてる…って」

「あぁ、はい。もちろんです。とても素敵な張り紙だと思っております。こんな定年間近のおじさんでも、応援していただいているようで、ありがとうの気持ちでいっぱいです。あ、もしかして、これ書いてらっしゃるのお嬢さんですか?」

「あ…は、はい」

「そうでしたか。いつもいつもありがとうございます」

「そんな…。でも、喜んでいただけて嬉しいです」

「これからもお願いしますね」

「はい!」




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