第3話
馬車から放り出されたエリザベスは、兵士から罵声を浴びせられていた。
「ここからはお前一人で行け。道中、自治農兵を名乗る賊に殺されねばいいがな」
そう言って嘲笑した兵士が馬車に乗ると、御者が鞭を打った。エリザベスは来た道を引き返していく馬車から、何もない草原に目を移す。日は暮れかけ、茜色の夕日が草場を黒く染めている。でこぼことした土が剥き出しになっただけの街道、そこだけは僅かに橙色となっていて、寂寥感が漂っている。
エリザベスは何も言わず、ドレスが泥に汚れるのも気にせず歩き続けた。しばらくすると、夜の帳が降りて、冷たい風が吹き出す。身につけているのは穢れたドレスのみ。持ち物は全て押収されていた。寒さを防ぐ手段がなく、さぞ凍えていることだろうが、エリザベスは凛としたまま歩き続けた。
白ペンキの飛沫のような星が濃紺の空に映える頃、エリザベスはまだ足場の悪い街道を歩いていた。するとその時、蹄の音が響いてきた。それも複数の音だ。エリザベスの正面から、数十もの灯火、そして馬に乗った複数の男達が現れる。男達は片手に松明、背中に剣を背負っており、誰もが屈強な体躯をしていた。
男達はエリザベスの前で馬を止めた。先頭の男が馬から降り、エリザベスに歩み寄る。
「お前が、領主様の新しい婚約者か」
「らしいですね。あなた方は自治農兵を名乗る賊とお見受けいたしましたが」
エリザベスがそう言った瞬間、空気がひりついた。殺気が辺り一杯に広がる。
「賊ってえのは、違うんじゃねえか。俺たちは善良な農民を守る自治組織だ。言葉に気をつけな、今ここで嬢ちゃんを殺しちまってもいいんだからよ」
「殺す? 私を? そんなつもりもない癖に、そのようなお言葉をお使いなさらぬよう。私も本気にしてしまいます」
エリザベスがそう言うと、先頭に立っていた男は目を丸くした。
「一体どうして気づいた?」
「わざわざこんな夜中に見回りなどしないでしょう? 大方、領主に頼まれて私を探しに来た、そんなところですね」
「俺たちは自治農兵だ。賊が襲ってくるのならば夜が多い。見回っていてもおかしくないはずだが?」
「はい、見回っていてもおかしくありません。善良な農民を守る自治組織であると誇りを持っているあなた方が、こんな草原の真っ只中でなく、農村を見回っていれば」
エリザベスがそう言うと、向かい合っていた男はくつくつと笑った。
「そりゃ、おかしいわな。だが、俺たちが領主の元に連れ帰るわけじゃねえかもしれねえぜ?」
「まあそうでしたか。てっきり私は誤解しておりました。たしかに『お前が領主様の新しい婚約者か』としか仰られてませんものね。それならば、他に目的があってもおかしくはない。あなたの言、理にかなっています」
エリザベスはそう言って続ける。
「たとえ、徴税官を殺しても領主
男の目つきが鋭くなり、背中の剣を鞘から抜いた。すると、周りにいた男達も剣を抜き、金属の擦れ合う甲高い音が辺りに響いた。
松明の炎を映した剣をエリザベスにつきつけて男は言う。
「こいつは、話が変わってきた。こちとら、王子に嵌められた馬鹿な令嬢としか聞いてなかったもんでね。優秀ってんなら、ここで仕留めておかねえといけないかもしんねえ」
剣を突きつけられているのにも関わらず、あいも変わらない凛とした様相でエリザベスは口を開いた。
「私が優秀ならばどうして殺す必要があるのですか?」
「お前さんが悪女だったら、人の良い領主様のことだ。ころりと騙され操られちまう。そうなることを知っていながら見てみぬふりすんのは、不義理だからだよ」
エリザベスの眉がぴくりと動いた。
「今、貴方、不義理と仰られましたか?」
「ああ、そうだが、それがどうした?」
凛と澄ましていたエリザベスの顔が、子供の笑顔のように綻んだ。エリザベスは仲間を見つけたような心境だった。
「なるほど、なるほど。あらかたこの領の事情がわかりました。貴方達は次々に代わる君主の重税から民を守るため、そして貴方方を容認してくれる領主を守るために、戦っているのですね。貴方達は理にかなっている。悪徳の徴税官を殺そうとも確かにそこに義理はあります」
ですが! とエリザベスは続ける。
「私は父に婚姻を命じられております。それを果たせなくとも、果たす努力はせねばなりません。どうやら貴方方と私は同じ人種のようです。ならば、遠慮はしません。義理と義理がぶつかればあとは抗争あるのみです」
剣先を突きつけられているのにも関わらず、はしゃぐようなエリザベスに、男は恐怖を感じてあとずさりした。
「どうしたのですか? 私を殺してみてごらんなさい。一番に出てきたところを見ると、貴方が親分ですね。そんなに怯えてては、面子が立ちませんよ?」
また一歩男が後ずさる。
「刃を向けたのなら、逃げてはいけません。そして私も刃を向けられたのなら、決して逃しはしません」
男のこめかみには異常な量の汗が滑っていた。エリザベスに一歩詰め寄られた時、男は叫びを上げ剣を振りかざした。思いっきり振り下ろした剣に手応えはなく、代わりに届いたのは腹への鈍痛であった。
「私、刃物も得意ですが、
エリザベスは、足元で腹を抑えて蹲る男を蹴り飛ばした。男は苦痛の声を上げながら、転がって草原の茂みに消えていく。そんな様子を見ていた男達は、顔を青ざめさせたり、腰を引いていたりして怯えていた。
「ほら、どうしたのです。親分がやられたなら子は仇を討つもの。義に報いないおつもりですか?」
エリザベスがそう言うと、怯えていた男達の瞳に怒りの炎が点った。
「心意気やよし。ですが、力が足りませんね」
エリザベスは迫りくる男達の剣を踊るように躱し、一人、また一人と倒して行った。
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