エクストラケース~魔女のいる秘密の占い館 番外編

美作美琴

エクストラケース 自殺志願の青年


 「ううっ……」


 五階建てのビルの屋上、一人の青年が転落防止の鉄柵を乗り越えた。


「高い……」


 彼は自殺志願者、しかしいざ飛び降り自殺をしようと下を覗き見るが、地面までの高低差に恐れ慄き脚が震えその最後の一歩が踏み出せないでいた。


「そうね、ここから落ちたらあなたは血の詰まった肉の袋に早変わりだわ……」


「ひっ……!?」


 いつの間にか彼の隣にとんがり帽子に紫のローブに身を包んだ魔女の様な出で立ちの女性が座っているではないか。

 あまりの突然の事に青年は足を滑らしビルから落ちそうになってしまう。

 咄嗟に鉄柵のポールを腕で掴み何とか落下せずに済んだが、今の彼は宙ぶらりんの状態だ。


「落ちる!! 死んでしまう!! 助けて!!」


 自ら飛び降りようとしていた人間が言うセリフとは思えないが、命に危機が迫れば命が惜しくなる、人間なんて所詮こんなものだろう。


「ゼエ……ハア……ゼエ……ハア……」


 魔女然とした女性に引っ張り上げられ屋上で四つん這いになり息を荒げる青年。


「あら、決心が揺らいでいた様だったから背中を押してあげたのに……」


 女性は悪びれもせずそんな言葉を青年に投げかける。


「脅かさないでください!! 危うく転落するところだったじゃないですか!!」


「だから転落させようと思ったのよ、だってあなた死にたかったんでしょう?」


「………」


 図星を突かれ押し黙ってしまった青年。

 この女性の言う通りだ、自分は自ら命を断とうとしていた、しかし自分にはそんな覚悟は無かったのだと痛感する。


「私はアンジェリーナ……ねえあなた、死ぬ前に私の占い館に寄っていかない? この近くなの、お茶くらい出すわよ」


「えっ……?」


 何だかよく分からない内に青年はアンジェリーナの占い館に誘われていた。


「そこに座っていて、いまお茶の準備をするから」


「はい……」


 円卓の側、アンティーク調の椅子に腰かけ青年は館の中を見回す。

 まるで童話に出て来るような魔女の館を彷彿とさせる館内。

 薄暗い中の古びたランタンがより一層雰囲気を醸し出している。


「お待たせ、アールグレイだけど良かったかしら?」


「はい、ありがとうございます」


 青年は紅茶には詳しくないので正直銘柄はどうでもよかった。

 カップに口を付け一口含む。


「言いたくないなら言わなくていいけれど、何で自殺なんかしようとしたのかしら?」


「僕には姉がいるんですけど、物凄く僕に厳しいんです……何でこんなことが出来ないの、何でこんなことが分からないのって毎日毎日……僕の自尊心はもうズタズタです」


「そう、じゃあずっとここに居ればいいじゃない」


「えっ? あれ? 何だか頭がクラクラする……」


 青年の瞳は光を失い、朦朧とし始めた。


「薬が効いてきた様ね……じゃあ奥の部屋でこれに着替えなさい」


「はい……アンジェリーナ様……」


 アンジェラが持ってきていた紙袋を渡すと青年はそれを受け取り、ふらつく足取りでカーテンの奥の部屋へと入っていった。




 数日後。


「こんにちは」


 女性客が扉を開け中に入って来た。 

 彼女は顔色が悪く、酷くやつれていた。

 

「あら、いらっしゃい、私はアンジェリーナ……どういった相談でしょうか?」


「実は私の弟が行方不明で……あの子の部屋には探さないで下さいと書いた手紙が置いてあって……警察にも届けたんですけど見つからなくて……一体どうしたらいいか……」


「そうですか、少し落ち着きましょう……ねえエルザ、この女性に紅茶を淹れて頂戴」


「はい、アンジェリーナ様」


 奥からアンジェリーナと同様の魔女の装束を着たエルザと呼ばれた女性がカップをトレーに載せて出て来た。

 長いブラウンの髪、ぱっちりとした大きな瞳が可愛らしい。


「えっ!? あなた、何でここに居るの!? しかもそんな女装までして!!」


 エルザを見た女性が声を荒げる……そう、エルザは数日前にこの館に連れてこられた自殺志願の青年だったのだ。


「あの、お客様? 何を仰っているのか分かりません」


 エルザは困ったように眉を顰める。


「この子は私の弟子のエルザですが何か?」


 アンジェリーナは妖艶な笑みを浮かべて女性を見つめる。

 しかしその態度が癇に障ったのか女性は更に激昂した。


「何もかにも無いわ!! この子はさっき言った行方不明の私の弟です!! あなた、私の弟に何をしたの!?」


「この子、実はビルの屋上から飛び降りようとしていたんですよ、一応止めたんですが再犯の恐れがあったので私が保護したんです」


「それならそれでどうして私ら家族に教えてくれなかったんです!? これは立派な誘拐ですよ!?」


「誘拐だなんて人聞きの悪い……この子は望んでここに居るし望んでこの恰好をしているの……そうでしょうエルザ?」


「はい……私はアンジェリーナ様のお陰でエルザに生まれ変わったんです……いずれは魔女になるために修行をつけてもらう事になっているんですよ」


 エルザは満面の笑みを浮かべそう答える。


「何を馬鹿なことを言ってるの!! 今すぐこんな恰好を止めなさい!!」


 女性がエルザに掴みかかりローブを乱暴に引っ張った。

 そのせいでエルザの柔肌が露になる。


「ちょっと……その身体は何なの!?」


 エルザの胸には紫のレースのブラジャーに包まれたたわわに実った二つの膨らみがあった。

 胸だけではない、身体つきは完全に女性そのものだった。


「何をするんですか、止めてください!!」


 慌てて胸を隠すエルザ。


「まあ、何て破廉恥な方なのかしら……あなたは何しにこの館に来たのですか?」


 アンジェリーナがキッと鋭い眼光で女性を睨みつける。


「それは……その……あれ……何だったかしら?」


 女性はここへ来た理由を完全に忘れていた。


「私の弟子に乱暴をするなんて、警察を呼びますよ?」


「ごっ……ごめんなさい!! 私にも何が何だか……」


 女性は目が泳ぎだし挙動不審になっていく。


「今すぐ帰るというのなら通報はしませんけど?」


「分かりました!! 失礼します!!」


 女性は深々とお辞儀をすると慌てて館から出て行ったのだった。


「怖かったです、アンジェリーナ様……」


「おおよしよし、もう怖い女はいなくなったわ安心して」


 胸に飛び込んできたエルザの頭を優しく撫でるアンジェリーナ。


「あなたは昔の私の境遇に似ているから放っておけなかったの……あなたは全てのしがらみから解き放たれたのだからもう自殺なんて考えちゃあダメよ?」


「もしかしてアンジェリーナ様も……?」


「ウフフッ、もう随分と昔の話しだわ……この話しは誰にも内緒よ?」


「はい……アンジェリーナ様」


 アンジェリーナとエルザは見つめ合い微笑みあった。


 ここは魔女のいる占い館……相談に訪れた者は必ず幸せになるという。

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