サキュバス、親父にもぶたれた事ありませんでした2

「それよか、課長との会議はどうだったんだよ。親父をどうにかする算段はついたのか?」


「えぇ。それはもう勿論。大船に乗ったつもりでいてください」


「大した自身じゃないか。では、何をどうするんだ?」


「まず、もう一人の輝さんが輝さんのお父様に近付いたところで、隙をついて一瞬で意思を乗っ取ります」


「ちょっと待て。本当に言ってのかそれ?」


「え? できないんですか?」


「できてたまるかそんなもの。何度も言うが親父の隙をつくなんて不可能だ。それに人格の入れ替えだって確実にすんなりとはいかない。絶対にバレる」


「だから、そこは気合いだと説明したじゃないですか」


「だったらお前が気合いでなんとかしてみせろ」



 こいつ本当に精神論で乗り切ろうとしてたのか? うちの会社の社長じゃねぇんだから。そういや社長、この前全社員宛てに叱咤激励メール出してきたんだよな。なんだっけ、”えぇ、君達からは成長しようという意識が感じられない。せっかく支部を作って分業してきました。人も雇いました。気持ちよく働いてもらおうと設備も充実させました。その結果が二年連続した売り上げ低下ですか。なんなんでしょうね。一生懸命稼いだ利益を使って得たものが怠惰と保身ですか? 僅かな成功体験にすがって身動きが取れなくなってしまったんですか? それとも誰かがなんとかしてくれると甘えているんですか? いや、もしかしたら何も考えていないのかもしれませんね。他人にやってもらって当たり前。自分でやらないのが当たり前。そんな思考をしているから、成長できず、こんな低いレベルで甘んじていられるんじゃないですか? 既に二年経過しています。競合他社、いえ、全ての企業がこの二年で成長しています。止まっているのは貴方達だけです。会社を潰す気ですか? もう少しで新卒も入ってきます。せめて若い子の足手まといにならない程度の水準までにはもっていってください”とかなんとか。とかなんとかっていっておきながら一字一句完全に覚えているわ。俺の記憶の中にこびりついているわ。だってお前このメール貰ったの、タイミング悪く俺がやらかして失注したしでかした時だったんだもん。”え? なに? こんな末端社員のしくじりまで見てんの? 怖”って思うよそりゃ。でも蓋を開けてみると全く別の話で、イベント部門が赤字垂れ流しの状態だったのにブチギレしただけだったんだよな。そうそう、やだなーこれ、もし俺の事いってんだったらなんか返信しないといけないのかなーなんて思って眺めてたら速攻イベント事業責任者の鱒熊さんが謝罪文全体送信したんだよな。”大変申し訳ございません。申し開きもできません。全ては社長の仰る通り、覚悟が不足しておりました。これだけ業務環境の改善をしていただき、髻中明珠が如くの助言を賜りながらこの為体。言葉もございません。今後につきましては、まず第一にエンタメのシチュエーションコスト見直しを行い、収支の抜本的改善を進めてまいります。そのためにもトライ&エラーを重ね、最後の最後で逆転ホームランを打てるよう精進いたします。情けない結果を残してしまって大変不甲斐なく、また申し訳なく感じております。今回を最後のチャンスだと考え、粉骨砕身の覚悟で挑みたく存じます。恐れ入りますが、何卒、よろしくお願い致します”なんて馬鹿みたいな事並べてたんだよ。これでまた社長ブチギレよ。そこで”あ、俺関係ないじゃん”なんて感じで適当に読んでたからあんまり覚えてないんだけど、確か、”何が逆転ホームランや”とか、”どんだけエラー重ねたと思ってんの?”みたいな言葉が並んでいたような記憶がある。いやぁ社長も社長だけど鱒熊さんも鱒熊さんだよな。どうせ思い付きで送ってんだから返信なんてしなきゃいいのに半ばふざけてるような内容書いちゃうんだもん。あの人、分かってやってんだったらまだ救いようがあるけど大まじめだからなぁ。なんであの立場まで出世できたのか知らんが、難儀なもんだよ。まぁ仕事はできるんだけど。



「輝さん、何か隠そうとしていませんか?」


「え? なんで?」


「この非常時によく分からない記憶を長々と述懐するなんて、普通あり得ないと思うんですが」


「あぁすまん。それは癖みたいなもんだから気にしないでくれ。というか読むな。勝手に人の心を」


「本当に、何も隠してないですか?」


「あぁ。俺は隠していない」


「契約書にサインか判残せます?」


「無論だ。シャチハタなら俺の部屋の机に置いてあるから、勝手に判子捺してもらっていいぞ?」


「……」


「……」


「まぁいいでしょう。今回は一旦信用するといたします」


「随分上から目線だな」


「本題に入りましょう。貴方のお父様への対策についてなんですが……」


「だから無理だってあんな精神論じゃ。俺なんにもできねーよ?」


「あ、あれは冗談で言っただけなので気にしないでください」


「……お前の方こそ緊張感欠けてねーか?」


「申し訳ございません。こちらは生憎性分でして」

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