サキュバス、親父にもぶたれた事ありませんでした3

 質悪いなこいつ。そもそも悪魔だし性根がいいわけではないんだが、他の奴らと比較して信用ならなさは段違いだ。さすが重役。人間の敵だな。



「それは誤解ですね輝さん」


「……なにが?」


「貴方にとって私が信用できない理由は、貴方の中にある悪徳と私が持つ悪魔としての特性の方向性が異なるからです」


「なんだ悪徳の方向性って」


「誰しも非道徳的な思考や価値観をもっているものです。本人が認識するしないの差はありますが、例外なく人間全員が、人間自身の作り出した悪という概念を心に飼っています。いいですか? これは誇張ではありません。本当に全人類が持っているんです」


「どうしてそんな事が言えるんだ?」


「私はこれまで無限に等しい数の人間に会ってきましたが、誰一人として完全な善性は持っていませんでした。聖人と呼ばれる者であっても、強い理性と強靭な精神力で悪徳を抑えているにすぎないのです。もし仮に微塵の邪がないないなんて人間がいるのであれば連れてきてほしいものですね」


「悪魔が悪魔の証明を展開するな」


「しかしこれはもっともな話で、悪がなければ善もないんですよね」



 ナチュラルに無視しやがった。まぁいいんだが。



「そも善悪というのは人間が作り出した概念でしかないわけで、所詮ストーリーなわけですよ。強力な善を語るためには同じくらいの力を持った悪が必要になる。あのいけ好かないゲーテなどが”光が強ければ影もまた濃い”などと宣っていますが腹立たしい事にこれが事実で、世の中が善行、人道を強く求めれば求める程、その反対にある悪徳もまた求められてしまうのです。この辺りについては世界各国の宗教などを調べていただければ分かりやすいかなと。最近は漫画やゲームなどでもこうした二次元論的な話題が多くなってきているそうで、ますます人間の闇が深まっており私達は動きやすくなったなと実感している次第です」


「世も末だな」


「人間にとってはそうかもしれませんね。ただ、欲望や邪が全く介入しない世界というのも、それはそれで不健全な気もしなくはないですが」


「全員が全員清廉潔白であれば問題ないだろう」


「それは危険思想ですよ輝さん。貴方が述べてその論法は言い換えると、少しでも欲望や邪がある人間は排斥しなければならないという選民思想に繋がっていきます」


「それも極端な気もするが……」


「そんな事はありません。今日までの人類史において、独裁者がどのように誕生し、どのように統治してきたか考えてみれば、私の話が決して偏ったものであるとは思えないはずです」


「……そのあたりの話はややこしくなるから一旦置いておく、で、お前が言いたい事は、人には誰しも心に悪が宿っていると。で、方向性ってのは、その悪の属性みたいなものって事か?」


「ご明察です。話が早いですね輝さん」



 馬鹿でも分かるわこんなもん。



「そうそれ。それですよ」


「なにが?」


「貴方は今、”馬鹿でも分かる”と、人を侮辱するような表現を心の中でしました。それこそ悪徳の中の傲慢という悪徳なのです」


「あぁ、七つの大罪的な話?」


「代表的なものはそうですが、当然それ以外にも悪の種類はございます。例えば輝さんは暴力、殺戮、破壊あたりが分かりやすいですね。あと、先ほども指摘した通り、若干の傲慢さ」



 ほっとけ。



「それで、悪魔にはそれぞれ持って生まれた悪徳があるんですが、私が有しているのものは恐らく裏切りや欺瞞、冷酷といったものに属するでしょう。あぁもちろん、インキュバスなので淫奔などもあるでしょうが」


「恐らく? 断言できないのそれ?」


「そうですね。性格と同じで明文化できるものでもないのであくまで分析に留まってしまいますが、まぁほぼ確定といっていいかなと。膨大な統計もありますから」


「ふぅん」


「それで、輝さんは暴力という感情的な、より源流に近い悪を持っておりますので、私のように思考や理知に属する魔性とは相性が悪く、逆に同じく暴力、憤怒などが顕著な鳥栖さんや、トリックスターである島さんと相性が良いのです」


「課長はともかくムー子とは相性悪いだろ絶対」


「果たしてそうでしょうか」


「果たしてそうだよ。どう考えても最悪だろ。俺あいつに対してイラついた事しかないんだけど」


「だからこそですよ輝さん。貴方は島さんに憤りを覚え、結果として暴力の正当性を獲得し、罪悪感に悩まされる事なく一方的に痛みを与えられるわけです。そして彼女は暴力に対して忌避反応を示すものですから、もう一人の貴方が仰っていたような”殺される人間の持つ負の感情”とやらも満たされるわけです。もっとも、彼女は人間ではなく悪魔ですが」


「……認めくない話だ」


「それは輝さんの心情に起因するものでのでご自由に。私が言いたい事は、私自身が全ての人間の敵ではないという事です。先ほど無限に近い人間と出会ったと述べましたが、当然、中には相性のいい方もいらっしゃいました」


「ふぅん。政治家とか?」


「それは意外と……政治家の方って意外と感情的なんですよね。どちらかというと商売人の方が多かった印象です。特に成功されている方。彼らは合理的で打算的で、なおかつ悪魔的でした。まさに私にぴったりのパートナーでしたよ。いえ、今でも懇意にしている方はいますね、この日本にも」




 ……あまり聞きたくない話だなそれは。

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