サキュバス、親父にもぶたれた事ありませんでした1

 時間だ。

 結局お母さんはやってこなかったな。デ・シャンが上手く伝えてくれたんだろうか。これから出し抜く手筈となっているので少々罪悪感を感じないでもないが、まぁそれはそれ。これはこれとして割り切ろう。あ、そういやあいつ、また分体で精神介入してくるとか言ってな。どうしよう企てがバレるぞ? なんかいい感じにジャミングかけたりシールド張れたりしないのかな。



「それについては問題ない」


「うぉ! 急に話しかけてくんなよ……ビビるって」



 もう一人の俺はどうにも気遣いができない。お前、それで社会人やっていけるのか?



「くだらん戯言に付き合う気はないから単刀直入に話すが、俺の中の精神ロックを一段上げておいた。あいつが読み取れるのは一部だけで、肝心の部分は検知できないようになっているはずだ」


「へぇ。そんな事できるの?」


「思考は電気信号で処理されているんだが、この信号を傍受して考えを読む術が存在する事を知っているか?」


「いや、全然」


「学がねぇなぁ……」


「逆になんで俺はそんな事知ってんだよ。子供の頃意識失ったきりだろ?」


「今のお前と同じで、深層にはいたんだよ。そこでその電気信号を読む技術を駆使し、来客の頭の中を覗いて学習した」


「やはりストイックだな俺」


「読めるようになるという事は当然それを防御する術も生まれたわけだ。これは電気信号のパターンを独自規格に変えたりノイズを混ぜたりと色々手段はあるわけだが、あまり露骨に弄るとインキュバスの奴にばれるためなるべく自然に隠せるようにした」


「というと?」


「指定した相手との会話中に任意の思考回路が開いた場合、直前の文脈の辻褄に会うような内容が自動的に出力されるよう設定した。これで自然に隠蔽工作が可能となる」


「なんかbotみたいだな」


「あながち間違いではないが、機械処理ではなく人間の脳を使うから柔軟性は高い。たまに、考えが連想していって妙なところにシフトしていく事があると思うが、要はあんなものだ」


「あぁ、夕食考えてたらいつの間にかキテレツ大百科のエピソード思い出してしまったりするあれか」



 今夜何食べようかな→連日肉料理だしたまには魚でも→いや、グリル使うの怠いわ。パックの刺身? いやぁ、スーパーの刺身ってどうもなぁ→野菜料理? 駄目だサラダしか思い浮かばねぇ→揚げ物かぁ→コロッケでも作るか? 今から? →キャベツはどうしたんだろう→べんぞうさんって学生服来てるけど幾つだったっけ? なんか作中酒飲んでたような記憶もあるが→原作のコロ助の顔っていかれてるよなぁ→いかれてるといえばブタゴリラがとんがりを銃殺するシーンがあったな。


 という具合に、まるで食物繊維の如く思考が食われ変化していく経験がままあるわけだが、この現象を任意で起こせるなんて凄い術もあったもんだ。集中力を欠落させるだけともいえるが。



「くだらない事を考えてないで、親父をどうするか対策立てておけ。実際に対峙するのは俺なんだからな」


「それもそうだ。一応デ・シャンは作戦案を用意してくるらしいが、実際に動かなきゃいけないわけだからな」




 それにしても魔性の類を信用しなきゃいけない状態って大分終わってる状況だよな。




「俺はそろそろ行くからその間にまとめておけ。あぁそれと、インキュバスが来たら適当に話を合わせておけよ」


「了解」




 ……




 気配が消えた。

 なんか精神世界の中、人格同士で会話するって考え方によっちゃめちゃくちゃ気持ち悪いな。実際こうしてやってはいるけどどういう構造になっているのかちっとも想像できん。脳の回路を使い分けている感じ? でも実際の脳は一つだし、心や精神が分離するってのはよく分からんよなぁ。後、記憶とかってどうなってんだろう。意識しはじめて徐々に共有はされてきていはいるけど、まだお互い知らない事とかもあるような気がする。逆に本人が忘れている事ももう一つの人格は覚えているみたいな現象が発生しそうだ。なんだかサスペンス映画のようで面白くもあるが、自分に降りかかってみると気が気じゃないなぁ。






「輝さん」


「うわぁ!?」


「どうかしましたか? そんなに慌てて」


「急に来たからびっくりしたんだよ! ちゃんと報せろよ! なんかノックみたいなのあるだろ!」


「ありませんよそんなもの。精神の中は割と無防備なんですから」


「ふぅん」


「ところで、輝さんのお父様をどうするかという問題についてなのですが、ようやく対策が決まりましたのでご報告いたします」


「そうか」



 親父の対策ねぇ……そんな事本当にできるもんかねぇ。まぁでもやんないとしょうがないか。ピチウを助けなきゃいけないし、それに……あ、そういえばピチウと食べた牛タン美味しかったな。あれ異常な美味しさだったけど法的に大丈夫なんだろうか。昔、いけないクスリ入りのラーメンとかあったらしいけどその類なんじゃないだろうな。



「……輝さん、随分と余裕があるようですね」


「あ? あぁ……なんかお腹空いて……」


「精神体でも空腹になるんですか?」


「そりゃ記憶や感覚の塊だからな。場合よっては満腹中枢が誤作動したりもするさ」


「私は経験ございませんが」


「悪魔と一緒にされても……」


「それも、そうですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る