サキュバス、ブラッドピットの正体がもう一人の僕だというネタバレをくらい誰も信じられなくなりました2

「お母さんが、俺に何を……」


「そう、それだ。お前、これまでおかしいと思わなかったか? いい歳をした男が自分の母親の事をお母さんと恥ずかしげもなく呼ぶ事に対して、疑問を抱かなかったか?」


「……」


「お前はいつからあの女の事をお母さんと呼んでいる? あの女と会話した記憶をどこまで辿れる? あの女からどんな風に育てられた? 答えらるか?」


「……それは無理だな。なにせ、記憶がないんだ。俺は」


「記憶がない。それがどういう事だか分かるか?」


「記憶喪失だろう」


「喪失。記憶喪失か。ふふ、はははははははは! 違う! 違う違う! 違うんだなぁそれは!」


「……」



 違う? なにが? なにが違う? 

 くそ、馬鹿笑いしやがって耳障りだ……昔と何も変わっていやがらない……その声を聞く度に俺は不愉快な思いをさせられていた。




 昔……

 昔とはいつだ? いつの頃だ?




 ……まただ、記憶がないのに覚えているような感覚になる。親父と過ごした時の事なんて、まるで覚えていないというのに!




「んん? どぉしたぁ? 顔色が悪いぞぉ? ピカ太よ」


「お前の声にうんざりしていただけだ」



 気安く名前を呼ぶな。反吐が出る。



「はっ、その態度、本当にあの女と同じだなぁ。まったく一緒だ」


「親子なんだ。似ていて当然だろう」


「本当にそれだけだと思うか?」


「……何が言いたい」


「本当に家族というだけで、あの女と瓜二つな仕草や言動を取るものかなぁピカ太よ」


「……」


「お前、自分の人生に疑問は抱かなかったか? 自分の趣味や趣向、思想に違和感を覚えなかったか? 見た事も聞いた事もないのに、何故か知っているなんて事が多くあったんじゃないか?」


「だから、何がいいたいんだ」


「聞きたいか。なら聞かせてやろう。ピカ太。お前はなぁ。記憶を喪失しているんじゃない。元々記憶がないんだ。自分のなぁ」


「……馬鹿な事を。記憶がないといっても断片的には覚えているんだ。いつ頃かは定かではないが、俺自身が体験した事自体は忘れちゃいない」


「それは本当にお前の記憶か? よく研ぎ澄ませて深層まで覗いてみろ。お前が体験したという記憶を。その時の周りは、自分はどんな風だった。感覚は、心情はどうだった。断片でもいい。お前のその時の様子を、しっかりと思い返してみろ」


「……」



 記憶、朧気に覚えている事……何がある……なにが……そうだ、ピチウだ。ピチウの事は覚えているし、思い出せそうだ。あいつがいじめられてそれを助けた事がよくあった。小学生くらいの頃によく男子に揶揄われて……そうだ、あいつは蛙が苦手で、道中にある田んぼでよく投げつけられたと泣きながら帰ってきたんだった。それで俺が家に乗り込んで親共々説教を食らわしたり、時には相手の子供相手に平手打ちを喰らわしたり……



 ……ピチウが小学生の頃?

 その頃俺は幾つだ? 中学? いや、高校か……。違う、高校の頃の記憶はある。確かそんな場面はなかった。悪童を注意した事は何回かあるが、蛙がどうのこうのなんて話は聞いていない。それに、俺が高校の頃はあいつ既に中学生だったはず……なんだ? おかしい、おかしいぞ辻褄が合わない。記憶が混戦している。違う、これは、明らかに俺のものじゃない記憶。これはなんだ? どうしてこんな事になっている? 俺の中にあるこの記憶は誰の、いつのものだ? 


 ……待て。

 俺が高校の頃にあいつは中学生だったと、そう覚えているのか俺は? 馬鹿な、もっと歳が離れているはずじゃないか。だって俺は田舎を出てもう十年は経っているはずで、あいつとは一回り近く……


 

「俺は……俺はいったい……この、記憶は……」


「どうやら混乱しているようだな。二つの記憶が同時に再生されて脳の処理が追いつかんと見える」


「俺は……俺はいったいなんなんだ! 俺の中にある記憶は誰のものなんだ! なぁおい! 教えろよ! 早く! はや……!」









 ……なんだ、顔に何か当たっている……硬い……それと、痛みと、熱が頬に……血の味がする。口を切っている。それに、身体が横になっている。


 ……違う、倒れている、倒れている! 俺はダメージを受けている! 親父から攻撃されたんだ! 立て! 立て! 立て! 





「思ったより早く回復したな。鍛えていたのか、それとも実戦で培ったものなのか……まぁいずれにしても悪くはない。起きた瞬間に戦闘態勢を取った事も評価しよう。実力はないが、闘志があるのは認めてやる」



 ……大分距離が離れている。吹っ飛ばされたんだ、多分、平手で。

 


「で、続きなんだが、どうだ、少しは冷静になったか? ちゃぁんと俺の話を聞けそうかぁ?」



 そうだ。俺の記憶の話だったんだ。俺の中にある二人分の記憶。中学からの記憶は恐らく、正真正銘俺のものだろうが、もう一つの、幼少期の頃の、断続的、限定的に思い出されるあの記憶は……



「……聞かせろ。俺はいったい、誰の記憶を、何の目的で刷り込まされたんだ」


「聞くまでもあるまい。お前がさっき、さんざんお母さん、お母さんと呼んでいた、あの女の記憶だよ」


「……」


「どうして。という顔だな。いいだろう。では、次にお前に何が起こってそんな風になったのかを聞かせてやる」 

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