サキュバス、ブラッドピットの正体がもう一人の僕だというネタバレをくらい誰も信じられなくなりました1

 鳥肌が立っている。

 目の前に立つ嫌悪の象徴。長らく忌み嫌い終生の敵として認識してきた男がそこにいる。

 自分勝手で独善的で何をやるにしても他者の事など一切鑑みない最悪の人間性を持つ最低の屑ではあるが、その俗悪たる暴挙がまかり通る理由がある。



 最強。



 それが奴の肩書であり、全て。

 あるいは最凶と言い換えてもいいかもしれないが、そんな言葉は遊びに興味はない。俺がいいたい事はたった一つ。この男は、人間には、いや、例え神であろうとも御しきれない圧倒的な力を持っている。それだけだ。




「ピカ太よぉ。久しぶりだなぁ? 元気にしていたかぁ?」


「……」



 にやけた面しやがって、気に入らねぇ。

 だが、この空気、この重圧、この迫力。言いたい言葉を呑み込むのに十分すぎる程の威圧感。情けない話だが、俺はこの男の前で恐怖し、動けなくなっている。人間の中に眠る動物としての血が、歯向かうなと命じ身体を硬直させているのだ。



「おいおいおいおいぃ~~~~~随分無口になっちまったじゃねぇかぁ? あぁん? お行儀よく過ごす内に物も言えなくなっちまったんじゃねぇだろうなぁ」



「……あんたと話したくないだけだ」


「ほぉ?」


「!?」



 ありったけの勇気を振り絞って口ごたえをしてみたが、いかん。さっきまでとは違った鳥肌が立つ。寒い。まるで魂を削り取られているようだ。畜生、こんな奴に、俺は……




「親子水入らず。大変よろしいのですが、まだ話の途中である事を忘れては困りますよムッシュ」


 

 デ・シャンか……助かった、あまり認めたくはないが、親父の気が逸れて緊張が少し解けた。しかし、話? 親父といったい何を話していたんだこいつは。



「おいおぃ。水を注すなよトモシヒ。せっかく父と子が感動の再開を果たしたんだぜぇ? 空気を読めよ」


「申し訳ございませんがそこまで配慮する義理はございません。それよりも続きです。貴方は私に説明する義務がある」


「続きもなにもねぇよ。ピカ太がこうして現れた以上、お前に交渉カードはなくなったんだ。黙って茶でも啜ってるんだな」




 交渉? なんだ? 状況が呑み込めない。



「交渉などもとよりするつもりはありませんよ。私が行いたいのは貴方への批判とその責任追及ですムッシュ。契約を破るというのは悪魔に対して最大の禁忌であり侮辱。その辺りをどうお考えですか? そして如何なる対価をもってして償うつもりか、是非ともお聞かせ願いたいものですね」


「別に俺が術をかけたわけじゃねぇよ。それに結果として無傷だったんだ。契約違反をした覚えはねぇな」


「ムッシュ。私は貴方に、”プランには何もしないように”と言ったはずです。それに対して貴方は”分かった”と言った。睡眠状態にしたのは、この契約の違反事項に抵触するはずです」



 なるほど。阿賀ヘルが侵入した時の事を言っているのか。

 しかし、契約? 親父はデ・シャンと契約しているのか? どんな?



「解釈の違いだな。俺が認識している”何もしない”ってのは、攻撃対象としないという意味だ」


「あくまで正当性を主張するおつもりですか?」


「当然だな。というより、こうして話し合いで解決しようとしている時点で最大限の譲歩はしてやっている。感謝してほしいくらいだ」


「勝手な言い草ですね。いいでしょう。そちらがその気ならこちらにも考えがあります」


「考え? インキュバス風情がなにをどうするというのか! 見ものだな!」


「大悪魔が一柱を甘く見ないでいただきたい」


「そうかい……!」



 !




 デ・シャンが霧になって霧散していく……親父が攻撃したようだが、み、見えなかった……動きが……




「逃げたか……偉そうな事を言っておきながら、情けねぇもんだ」


「……」


「さて、ピカ太よ。久しぶりに会ったんだ。何か話でもしようか、なぁ?」


「話す? なにを? ないだろう? なにも」



 くそ、口が上手く回らん。



「色々あるだろう? 手籠めにした女の話とか……いや、お前はそれより……殺したい人間の話の方が楽しいか」


「……なにをいっている」


「だから、殺したい人間の話の方がお前、好きだろう。なんたって暴力を振るうために生まれてきたんだからなぁお前は。俺程強くはないが、凶暴性、破壊衝動、退廃思想は俺より遙か上なんだからなぁ。我が子ながら恐ろしいよ、なぁ?」


「……」


「あるだろう? 何もかも壊したい欲求が、目につく人間をぶち殺してやりたい気持ちが」

 

「ない」


「嘘だね」


「……嘘なものか。俺はそんな風に考えた事、ただの一度も……」


「ただの一度もないなんて、言えないだろう? お前は、そんな事」


「……」




 ……こいつの言う通りだ。俺は、これまで何度も、何度も何度も、何かを破壊したいと、人間を壊したいと、ずっと、ずっと……





「そうだ。お前はそういう人間だ。殺戮のみを求める存在だ。思い出せ昔の事を、かつて、妹に行った事を」


「妹に……ピチウに……俺は、俺はやっぱりピチウに何かしたのか!?」


「教えてやる。お前の過去と、そして、お前の母親がお前に何をしたのかを。な」

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