サキュバス、ブラッドピットの正体がもう一人の僕だというネタバレをくらい誰も信じられなくなりました3

 ……この男の言う事を信じていいものなのだろうか。俺を騙すために都合よく適当を並べているだけなんじゃないだろうか。



 ……それを言ったらお母さんだってそうなんじゃないか?

 今までずっとお母さんは何かを隠していた。それは俺のためも知れないが、それでも、俺はずっと欺かれて生きてきたんだ。何も知らずに、ずっと、俺は俺だと思って生きてきたんだ。だが心の中に何かいる事、それに母が関わっている事。この二つはほぼ事実であり、とてもじゃないが信頼などできない。せめて、どこかで説明でもしてくれていればよかったじゃないか。どうして母は、ずっと黙っていたんだ。どうして……






 それはその方が都合がよかったからだよ。


 うるさい! 俺はそんな事は考えていない!


 そうだな。ものの考え方も価値観も強制されたんだ。自分の考えなど、持てるはずもない。


 違う! 俺は俺の考えに基づいて生きているんだ! 


 そうかな? いずれにせよ、親父の話を全て聞いてがどうなるか。見ものだな


 うるさい! 黙れ黙れ黙れ!







「さて、お前の過去についてなんだが、順序良く、お前が生まれた時の事から話してやる」


「……必要ない。俺に何が起こって、今どうなっているのかだけで十分だ」


「そう言うな。家族の会話を楽しめよ、お前も」



 何が家族の会話だ。何が楽しめだ。父親面ごっこがしたいのかお前は。自分から家を出ていったくせに!



「当時は人里にある別邸に二人で住んでいたんだが……あの女が産気づいたと聞いて、外に出ていた俺はすぐに戻ったよ。なにせ初めての子供だ。そりゃあ気持ちが昂ったさ。自分の血が残せるというのは生物にとっての最大の使命であり喜びでもある。遺伝子を継ぐ人間ができるというのは、それだけで他の幸福が霞むくらいに偉大なでき事だったよ」


「だったら何故家を捨てた。子供ができて満足したのか?」


「そう急かすな。話はまだ始まったばかりなんだからな」


「……」


「一目散に寝室に入った俺は立ち会ってずっと見ていた。それほど時間もかからず、産婆がお前を取り上げた。股から出てきた赤い肉の塊なのに、何故か神秘的で、愛おしいと感じたよ。血の繋がりっていうのを実感したのさ。よく、凡百の男共は実感がないだの猿のようだっただのと浅ましい事を言うが、生物として欠落しているんだよ、そういう奴らは。真の意味で生きているのであれば、子孫を前に何も感じぬはずがねぇ。子供との対面ってのはなぁ、それだけ生物にとって特別なものなんだよ」


「俺はお前よりも、その生物として欠落しているような普通の人間の子供として生まれたかったよ」


「お前もじき分かるさ。そんな退屈な人間などに価値などなく、俺の子として生まれてきてよかったとな」


「ありえんな」


「……その目だ」


「? なんだ?」


「その目だよ。それだけは変わらない」


「だから、何の話だ」


「お前が取り上げらた時の話さ。産婆に抱かれているお前は俺と目が合った。何もかも否定するような冷たい視線。自身が生まれてきた事さえ非難する生への否定を孕んだ眼。お前は、生まれた時からそういう人間だった」


「生まれたばかりで目が開いていたのか? 胎内で随分と成長していたようだな」


「そうとも。俺はその目を見て確信したよ。こいつは、間違いなく俺の子供だってな」


「……」


「それは育てていく中でますます濃くなっていった。血と暴力を求めるお前は、誰彼構わず傷付け、動物を殺し、その血を啜っては笑っていた。お前にとってはあらゆる存在が殺されるべき対象だった。それは俺やあの女も同じで、冷静に殺すタイミングを見計らっていた。俺を本気で殺せると思っているのは、恐らくお前くらいのもんだったろうなぁ。感慨深かったぜ?」


「……嘘だ」


「本当さ。お前はずっと何かを殺したくて殺したくてしょうがないといった様子だったよ。鳥を殺し、鼠を殺し、犬猫を殺し、常に血の臭いをさせていた。お前の身体に血が付いていない日はなかったよ」


「嘘だ……!」


「だから本当さ。そして、終いには人間にまで手を出そうとしていたんだ。もっとも、俺にとっては人間も他の動物もそこまで変わりはないんだがな。ただ、人間を殺した場合、あらゆるものが敵となり行動に制約が生じる。幼い頃のお前は、その事を理解していて、それまでは一線を越えないようにしていたんだろう。だが限界がきた。人間を殺したくて殺したくて、どうしようもなくなったお前はある日、一人の人間を絞め殺そうとしたんだ」


「……」





 これ以上、この話は聞かない方がいい。いや、聞いてはいけない気がする。

 しかし、ここまできて止めにするなんて今更できるはずもなく、もはや俺は自身の過去を受け入れるしかなくなっている。俺は誰を殺そうとしたのか、それを知る必要がある。いったい、誰を……








「お前の妹、ピチウをな」






 ピチウ……ピチウを……俺が……! そんな…そんな馬鹿な!






「そんなわけがない……ピチウは、試験管ベイビーで、俺より、一回り下で……」


「それはあの女が作ったでたらめだ。お前も、そろそろそれが分かってきただろう?」





 嘘だ……嘘だ! 

 嘘だ嘘だ嘘だ! 

 




「家の倉庫で、お前はピチウを絞め殺そうとした。そして、あの女に見つかったんだ。そしてここからがお前の求めている事、つまり話の本題となるわけだが……どうだ? 茶でも飲んで一息つくか? あのインキュバスが用意したアールグレイがあるぞ?」




 俺が、俺がピチウを……嘘だ、そんな事……嘘だ……嘘だ……





 本当さ。あの男は、さっきからずっと本当の事を言っている。


 うるさい! 俺は、俺はそんな事していない!


 いい加減認めろよ。俺がこれまでやってきた事を。


 黙れ! 俺は、俺はピチウを……!





 殺したいと、ずっと思っていたじゃないか。

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