サキュバス、アルパチーノとロバートデニーロの不仲説を聞いて思わずオレンジを口に含みました28

 ……今の俺はよくない。

 精神的に弱っているとこんな馬鹿がとてもありがたい存在に思えてしまって、これはまずい。何がまずいってお前、これまで散々小馬鹿にしてぶっ殺してきた相手に対して「助かる」なんて、虫がいいにも程があるだろう。さすがに情けなさすぎる。いやでも、基本的にムー子が悪いみたいところがあるというかほぼ悪いというか悪そのものというか、こいつが余計な言動をしなければ別に俺も良好な人間関係を築けるというか、そもそも世代的に話は合うし趣味も近いし本当に普通にしていれば息の根止めるなんて事はまずないはずで、その証拠にゴス美とも上手く関係を結べているのだから、やはり元凶はムー子なわけだから別に後ろめたく思う必要はないなと今確信に至った。



「じゃ、行くぞ」




 こいつが一緒に行きたいというのであれば、そうさせてやろう。




「ちょ! 立ち直り! 立ち直りの速度が韋駄天! 情緒が心配ですよ私は! というかそれより私の事馬鹿にしましたけどその辺り~~~~~~~~~~その辺りの説明をしていただきたく~~~~~~~~~~~~~~~~!? なにをもってして私を馬鹿呼ばわり~~~~~~~~~~~~~~~~~~!? 返答次第によっちゃあ容赦しませんよ私は~~~~~~~~~~~~~~~!」


「目的地はデ・シャンの家だ。道中、何かあるかもしれんからその時は自己責任で身を守る事。後、反撃しようなんて思わず絶対に逃走を最優先に考えろ。いいか? 間違っても戦うなよ?」


「おっと私の質問にフルシカトぶっこいてますが、そんな事よりもなんです? え? なにぃ? 誰か襲ってくる想定なんですか? エスケープ前提? え? 精霊の谷のヘルマスターがエンカウントするんですか?」


「ヘルマスターはスレイヤーソード装備しておけば倒せるらしいが、襲撃してくる相手は恐らく何やっても勝てんから気を付けろよ?」


「私、やっぱり部屋にいますね」


「……そうだな。その方がいい」



 まぁ、無理強いするのもな。最初はこいつの個人的尊厳を完全に忘れていたが、さすがに殺されるかもしれんところに連れていくのは忍びない。親父のやつ、多分練気と波動で破邪系の技も使えるだろうから、攻撃が入ったら多分ムー子もただでは済まないだろう。運が悪ければ死ぬし、良くてもかなりのダメージで再生に時間がかかるはず。文字通りの死地に向かわせるのはさすがに忍びない。



「……な~んか、さっきから腑に落ちないんですよね~」


「あ? なにが?」


「ピカ太さんの態度があからさまに変。これはなにかあるに違いありません」



 さっきのやり取りで正常だと判断されたらそれはそれでショックだ。



「……ははーん? ピカ太さん、私をのけ者にしようとしていますね?」


「あ?」


「気づいちゃった、悟っちゃいましたよ私は。今日、なぁんか様子がおかしいなぁと思っていたんですが、そういう事ですか……なるほどなるほど……危うく口車に乗せられて一人寂しくお留守番するところでした。初めてですよ……ここまで私をコケにしたおバカさん達は」


「何を言っているんだお前は」


「あーいーいー! いーいーそーいうの! 今更そんな白々しい感じなのはもう大丈夫! 間に合ってまぁす!」


「……」


「私はねピカ太さん。昔から勘の良さには定評があるんですよ。私をハブってこようとした奴らは何人もいました。でもね。その度に偶然を装って現れてきたのが私なんですよ。呼ばれなかった同窓会の二次会にさも偶然を装って参加したり、私を除いた女子会のカラオケのルームに間違えたふりして突撃かまちょしたり……そう、私は私がいないところで盛り上がる事を全力で阻止する女! その私から逃れようなど片腹痛し! あまり舐めないでいただきたいですね!」


「いや、あの……」



「あ、ピカお兄ちゃんと……ムー子お姉さんね……ピカ太お兄ちゃん、ゴス美お姉ちゃんから聞いたけど、徒歩で行くんでしょ? 気を付けてね? 私達はタクシー着いたみたいだから先行ってるね」


「え? あぁ……」


「ピカ太様、自動車や猪などにはどうぞご注意を~~~~」


「うん。気を付けるよ」



 猪はでねぇよさすがに。出ねぇよなぁ? いや、山違いし、案外……




「ほら~~~~~~~~~~~~~~!? なにやら企みの予感~~~~~~~~~~~~~~! マリちゃんとプランちゃんと何する気ですか~~~~~~~~~~~~~~~~~!? モノポリーですか~~~~~~~~~~~~~~~~? バックギャモンですか~~~~~~~~~~~~~~~~~~? クリプティッドですか~~~~~~~~~~~~~~~? 絶対私も混ざって遊んでやりますからね~~~~~~~~~~~~~~~~? 逃がしませんよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?」


「……」



 こいつ、本当に勘違いしていやがるけど、どうしよう。危険な事には変わりないし、巻き込まない方がいいんだろうけど、正直俺も単独行動はしたくないし、いざとなれば囮になって逃がせばいいだけだから何とかなるような気がしなくもなくなってきた。それになにより、こいつ、人のいう事全然聞きそうにないし。





「……しゃあない。じゃあ、行くぞ」



「お! 観念しましたね!? まったく私をムラハチにしようたってそうはいかないんですから!」


「……」



 何事もないといいな。お互い。

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