サキュバス、アルパチーノとロバートデニーロの不仲説を聞いて思わずオレンジを口に含みました27

 思えばムー子のやつにはこれまで何度も酷い事をしてきたな……いかに悪魔といえども少し度が過ぎていたか。自嘲自嘲。でも、なんか、あいつ見てるとぶん殴るりたくなるんだよなぁ。単純にムカつくってのもあるんだけど、こう、嗜虐心を擽られて衝動的に傷を付けたい欲求が湧き出てくる感じ。なんだろうなあれ。暴力を振るいたいっていう気持ちは前から思っていたけど、それがより強くなるというか……


 さらっと流したが、暴力を振るいたいって思ってたって結構ヤバめな思想だな大丈夫なのか俺。昔からこんなんだったっけ。何かフラストレーション溜まってなんでもいいからぶっ壊してぇって気持ちにはなりがちだったけど、いつ頃から人間を破壊してぇ関節外してぇ筋をブチ切りてぇ投げ飛ばして身体の内外をグチャグチャにしてぇって思うようになってたんだっけ。いつから?






 最初から。

 最初からだよ。

 俺はずっと人間をぶっ殺したくてぶっ殺したくて我慢していたよ。

 骨を軋ませたくて、肉を潰したくて、筋を断ちたくて、臓を爆ぜさせたくて、ずっとずっと堪えていたんだよ。人間を肉の塊にして、愉しくて虚しい、達して果てる感覚を味わいたいって、何度も何度も夢に描いては諦めていたよ。あぁ畜生。ぶっ壊してぇなぁ。若い女がいいよなぁ。女の身体をよぉ一方的に嬲りてぇなぁ。泣きわめく姿が見てぇなぁ。痛みと苦痛に歪む顔が見てぇなぁ。取り返しのつかない事態に絶望するのが見てぇなぁ。もう全部諦めちまって人形みたいなままずっと殺されていくところが見てぇなぁ。ピチウ。そう、ピチウだ。ピチウをそんな風にしてぇ。あいつの身体も精神もズタズタにしてぇ。考えただけでハッピーになる。あぁあいつ、俺がぶち壊す。壊す。壊す。







 ……なんだこれは。

 違う、俺じゃない。こんな事を考えるのは俺じゃない。なんだ? 誰だ? 俺の中に何がいる? 





 俺は俺だよ。

 受け入れろよ。俺はこういう人間だよ。





 違う! 俺は、ピチウを守らなきゃいけないんだ! 




 どうして?




 どうしてって……





 それは誰の言葉だ? 誰の考えだ? 本当に俺がそれを望んでいるのか? 俺が自らの意思でそうしたいと思っているのか? 




 ……





 欲望はそうは言ってないよなぁ。ずっと、ずっとピチウを殺したいって思ってたよなぁ。




 ……違う、思っていない。




 じゃあ、なんで俺は今、昂っているんだ?





 ……!?









「……クソ!」




 おかしい。最近変だ、どうして俺はこんな風になってしまったんだ。こんなものは俺じゃない。違う、違う違う。なんとかしないと。このままでは俺がおかしくなる。殺す、殺すしかない。誰を? 誰かを……





「お待たせしましたピカ太さん! 国民的美少女、島ムー子が……」


「……!」


「ガッ!?」





 ……




 ……肉の感触がする。

 両手に伝わる心地よい血の温かさ。

 頸動脈から発する規則的な律動。生きていますと、命がありますと溌溂と語る身体のシグナル、このまま締め落とせば酸素が脳に届かなくなり失神、緩めなければ、目の前の生命はなくなりただの肉塊となる。

 これまで生きていたものが急に動かなくなって冷たくなる瞬間は快楽でもあり苦悩でもある。殺せば、もう殺せない。終わってしまえば二度と元に戻れない。その不可逆、一方的な結末に、俺は退廃と美を感じる。似非芸術家が評論する滅びの美学というようなものだろうか。いや違う。俺のは単に、欲望が満たされ欠乏する経験を同時に味わい、腹を膨らましているにも関わらず餓鬼のように飢えているだけの、ただの強欲に過ぎない。

 だが、それの何が悪いのだろうか。人間だって所詮動物だろう? 欲望を満たすために生きて何がいけない。飯を喰い、眠り、交尾するのと何ら変わりない、極めて自然的なものじゃないか。そうだ。俺は生物として当たり前の事をしているだけだ。極々普通な、個人が持つ小さな小さな快楽への追及をしているだけ……




「ガッ……ハッ……ッッ……」



「……!?」






 俺はなにをやっている。

 なにをやろうとしている。

 何故ムー子を殺そうとしている。何故ムー子の首を絞めている。

 駄目だ、離さないと、離さないと……離せ……離せ……!







「ハッ……ハァ~~~~~~~~~死ぬかと思った……なんですか急にピカ太さん!? やっぱりさっきの事を根に持って……あれ? どうしたんですかピカ太さん」


「……すまない」


「え? ちょ、え? 泣いてる? なに? なんで? なにが起きたんですか? ちょ、大丈夫ですか!?」



「大丈夫だ……悪いな。今の俺はおかしい。出かけるのも一人で行く事にするから、お前は家にいろ」



 これ以上迷惑をかけるわけにもいかんし、それに、俺の気が持ちそうにない。これ以上こいつが近くにいると、もう、歯止めが……




「よく分からないんですけど、いいですよ別に。さ、早く出かけましょうよ」


「な……」


「家にいると、またゴス美課長に仕事押し付けられそうなんですよねぇ……まぁ殺されるのは苦痛ですけど、働くよりは……」


「……」


「というわけで、さ! 行きましょ行きましょ! 今日は天気もいいですから! 絶好のお散歩日和ですよ! いやぁ太陽が気持ちよさそうだなぁ! ま、私は夜行性なんですけどね本来は!」

 



「……ムー子」


「なんですか?」


「お前って、馬鹿だよな」


「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~? なに? いきなりの暴言!? ちょっと承服致しかねるんですが~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る