サキュバス、黄鶴楼にて上司の恋路に之くを送りました13

「こちらでございます。どうぞおかけください」


「はい」



 とりあえずゴス美の対面に座ろう。よっこしょっと……あ、なにこの椅子……ちょうどいい加減にできてる……座るという行為に対して一切のストレスなく自然でいられる……これに比べると今まで座ってきた椅子なんてカスや。



「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。お料理の方、順にお持ちいたします。後程ソムリエが参りますので、ワインをご要望の際はその際に。それでは、失礼いたします」



 ワインねぇ。何処の何年物がいいかなんて知らねぇんだよな俺。美味しんぼで「迷わずソムリエに聞け」って山岡はんが言ってたからそれに倣うとするか。



「失礼いたします。私、ソムリエの美瑠田みるたと申します。こちら、ワインリストでございますが、記載のない品もございますので、なんなりとお申し付けいただければ」



「……」



 ここで「じゃ、ジャス子のプライベートブランドで!」とか言ったらどんな顔するんだろう。「おやおや。味も空気も分からない田舎者がドヤ顔で滑り倒してますなぁ。品と教養のない人種はこうした冗談がお好みなのでしょうか。なんともはや……」みたいな感じで失笑されてしまうのだろうか。ムカつくなそれ。だいたいさぁ。やたらワインに拘ってる人いるけどさぁ。そんなに左右されるんですかねぇ味。逆に、逆にだよ? 大きな振れ幅があるって商品として欠陥なのでは? 経年による味の変化だって今の時代だったら再現できるだろう。それをあえてやらないとか頭ガンタンクR44? ちったぁ最先端に寄せろや市場を! いつまでもレガシーをありがたがってんじゃねぇ旧人類共め!




「ピカ太さん。どうなさいましたか? 渋い顔をしていらっしゃいますが……」


「あ、すまんすまん。ワインってよく分からなくて……課長はなんか拘りとかある?」


「いえ、特には」


「そうか……じゃ、すみません。適当にコース料理にあうやつを五千円くらいで」


「……僭越ながら輝様。お一つよろしいでしょうか」


「はい。なんでしょうか」


「誠に恐縮ではございますが、そのお値段ですと本日のコースに合う一本がなく……」


「あ、なるほど。すみません相場を知らないもので」


「滅相もございません。こちらの貯蔵不足によりご期待に添える事ができず、大変申し訳なく……」


「いえいえ。恥のかきついでにお伺いしたいのですが、幾らほど価格帯がベターなんでしょうか」


「そうでございますね。一般的にはコースの半分程度といったところでございます」


「なるほど。では、三万くらいで見繕っていただけると」


「恐れ入ります。それでは、そのようにいたします。こちら、至らぬ点がございまして、大変失礼をいたしました」


「いえ、こちらの知識不足です」


「とんでもない事です……それでは、お持ちいたします」


「はい」




 さすが一流の店だな。姿勢を崩さず客を諭すとはとてもそこいらのレベルじゃできない。少なくとも契約金出し渋るクライアントに突撃かまして強制徴収する御社ではとても無理だ。というかそんな企業の案件持ってくんじゃねーよ! 



「よかったのですがピカ太さん。お値段、結構しますが」


「なに、どうせ二人で二桁万円超えてるんだ。今更出し渋ってもつまらん。しっかりと型に嵌めた方が面白いだろう」



 頼んだワインでMGやPGが何体買えるか想像するとさすがにゲンナリしてしまうが今日はもうそういう日だと諦めよう。それに。



「それに、今日は課長を労う日なんだ。ケチケチして存分に楽しめなかったら申し訳ないからな」


「そんな……いえ、ありがとうございます……」



 なんだ? ゴス美が浮かない顔をしているが……



「……こういう商売していますと、あまり人に感謝される事ってないんですよね。そりゃあ一夜を供にする時は喜ばれたりしますけれど」


「どうした急に」


「……こんな風に、誰かに何かしてもらっていいものなのかなって、ほら、そもそも私、悪魔ですし、本来は軽蔑とか侮蔑とかされる対称なわけじゃないですか。それを……」


「存外難しい事を考えるなぁ課長は」


「アイデンティティに直結する事柄ですから」


「ふぅん」



 悪魔が自分の存在価値に疑問を抱いちゃいかんだろ。傲慢不遜に「いぇーい高級店最高!」みたいな感じで何も考えず喜べばいいのに。そういう点では余程ムー子の方が悪魔らしいように思えるな。あいつホントクズのクセに我だけは強いんだから。





「お待たせいたしました。クロ・ド・ラ・ムーシエールの十八年ものでございます」



 お、ワインが来たぞ? あ、注いでくれるんだ。ありがたいね。



「フルーティでいてスパイスの効いた複雑な飲み心地が混然一体となった逸品でございます。オマールがメインとなっている本日のコースでは、どの料理との組み合わせも見事という他ないマリアージュとなる事を保証いたします」


「ありがとうございます」


「恐縮でございます。それではどうぞ、良い時間を」



 なんやらごちゃごちゃ言っていたが全然頭に入ってこなかった。まぁ名前や説明なんてどうでもいいんだ。美味ければ正義。それ以上の言葉は無粋じゃないかね。なぁゴス美。




「まぁ今日はいいじゃないか難しい事考えなくとも。ともかく、乾杯といこう」


「そうですね……」



 キン。



 うぅん。高級な酒が入った高級なグラスは音も高級だなぁ。

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