サキュバス、黄鶴楼にて上司の恋路に之くを送りました11

「ピカ太さん、あまり夜景はお好きでないですか?」



 おっといかん課長に見抜かれた。どうしよ。別に「そうだね」って軽く同意しておいてもいいんだけど、そうすると楽しい気分に水を差しそうだしやんわりとお茶を濁す感じで伝えておこう。



「そんな事はないさ。ただ、俺は奥多摩の山奥育ちで狸なんかと降りしきる星を見ながら空の音が鳴るオルゴールをずっと聞いていたスターチルドレンなんだぜ? 一千万年の銀河に比ぶればイルミネーションってのは夢幻の如くなりだよ」



 後半部分はいまひとつよく分からない感じになってしまったが意味は伝わるだろう。



「なるほど。確かに空に輝く星々と比較すれば、街の光など張りぼてに感じるかもしれませんね」


「そこまでは言ってないけど、概ねその通りの事を思っているよ」


「お気持ちは分かりますよ。自然の風景を人間が作り出してもそれはただの紛い物。イミテーションにしか過ぎず、本質的には無価値かもしれません」



 だからそこまでは言ってねぇよ。



「ですがこの都会の空に浮かぶ星にどれほどの輝きがあるでしょうか。夜に帳に浮かぶのは月や金星、木星、一等星くらい。数多の星座や名もなき星々は地上の眩さに霞み、呑まれてしまいます。もはや街中で生きていく中で銀河、宇宙の片鱗を実感する事は難しいでしょう。ですが、人間の根源にある空への憧れと畏怖、宇宙への好奇心が失われたわけではありません。人々は未だ、星を夢見ているのです。そうして星を知らない人々は、なんとかしてその神秘性を顕現できないかと思考錯誤し、イルミネーションという表現を確立しました。この電飾や幾何学模様は人類の星への想いです。そうした事を踏まえると、少しだけ前向きに、素直に綺麗だなぁと思えませんか?」


「確かに……そう言われてみれば神話の芽吹きを感じる……風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに……」


「そうでしょう。ですから、楽しみましょう。せっかくの特別な一夜なのですから」


「……そうだな」



 ……気を遣わせてしまったかな。すまんこったい屋台のパッタイ。

 でもゴス美の言う通り人間がなんとかして神秘性を表現しようとした結果だと考えると単純に作品として評価する事ができそうだ。実際、ラブライブのライブ演出も綺麗だなぁって思ったし、その都市、地域、区画のストーリー的なアイテムとして置かれていると考えると腑に落ちるような気もする。ちょっと一旦マインドをリセットするか。よし……いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!





 マインドクラッシュ!


 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!





 ……よし! 価値観の書き換え完了! 固定概念を払う時は遊戯王で闇のゲームに負けたキャラクターになりきると簡単に初心に戻れるからおすすめだぞ!




「いやぁ見方を変えると街灯や信号なんかもなんとなしに美を感じてしまうなぁ。なんていうのかなぁ。都市に灯るかがり火? みたいな? 普段気にも留めない街の電飾に注目してみると人間の叡智や心境が読み取れるような錯覚が起きて面白いね!」


「いや、それはさすがに飛躍しすぎでは」


「……」



 クソ! イルミネーションなんて二度と見ねぇ!





「お待たせいたしました。ホテルライヒにございます。帝国レストランは最上階にございます。こちらで予め到着時刻をご報告しておりますので、ベルパーソンに案内いただけるかと」


「そうですか。ありがとうございます」



 おいおい気配りの達人だな。ただそれだったら最初から言ってくんねーかな。そしたら”時間に遅れるかも~~~”なんて不安に駆られる事もなかったし。それともドライバーが連絡するのは前提なのか? それも含めて上流の嗜みなのか? かぁ~~~気障ったらしいのぉ~~~~~まったく鼻もちならねぇ。凄くいいサービスのはずなのに庶民の肌に合わなくてむずむずするぜぇ! 俺は一生ソサエティにはなれそうにないな!



 バタ。



「足元にお気を付けください」


「ありがとうございます」



 

 ……しかしまぁ、せっかく高い金を払ったんだ。今日のところは至れり尽くせりを堪能しようじゃないか。なぁゴス美。



「……」



 おっといかん。紳士対応ね。



「どうぞ、お手を」


「ありがとうございます」



 無事ゴス美を引っ張り出す事に成功。なんか穴の中にいるプレーリードッグを捕まえるみたいだな。



「本日はご利用いただき、誠にありがとうございました。次回もお待ちしております」


「はいありがとございます。あ、これすみません、少ないですが……」




 ドライバーにチップを渡さなけば。どうだい俺のこのスマートさ? 小慣れてる感じ出てるだろう?




「ありがとうございます。ですがお気持ちだけで……ご請求にサービス料が含まれておりますので……」


「あ、そっすか」


「お心遣い、大変恐れ入ります。それでは、失礼いたします」


「……はい」




 恥をかいた。でもいいや。旅の恥は掻き捨てっていうし、これも勉強よな。



「ピカ太さん。言うまでもないのですが、レストランでもサービス料が含まれておりますのでチップは不要です」


「……了解」



 ありがとうゴス美。恥を重ねるところだったよ。


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