サキュバス、黄鶴楼にて上司の恋路に之くを送りました11
「それでは出発いたします。本日は短い時間となりますが安全運転でまいります。シートベルトの着用、よろしくお願いいたします」
「はい」
当り前だけどリムジンもシートベルトしなきゃいけないんだな。若干窮屈だがこれもまた時代。仕方あるまい。なんたって後部座席シートベルト非着用時の致死率は高速道路で着用時の約二十倍一般道路で約三倍の数値となっているのだ(警視庁オフィシャルサイト調べ)。如何にドライバーがプロであっても事故を完全に防ぐなどできようはずもないのだからしっかり着用はすべきである。命を守る大事な装置。それがシートベルト。警察の点数稼ぎのために施行されたと揶揄する輩もいるが断じて違うと肝に銘じてほしい。みんな! 死にたくなければシートベルト付けようね!
ブゥン……
お、エンジンに火が着いたぞ? ふぅむ上品な排気音。高級車は有害ガスまき散らすのもエレガントだ。そして発信! うぅんサスペンションが効いていてまるで揺れない! 素晴らしい……っとぉ?
「あの、獅子小戸さん」
「はい。なんでございましょうか」
「僕の気のせいならいいんですが、進行方向逆じゃありませんか?」
「
「左様って……」
なんで? なんでいきなり逆走モード? なんかクリア後のおまけコース的なあれ? それとも単なるクレイジータクシー? 嫌嫌嫌嫌嫌~♪
「あの、時間も押しているので、できれば正規ルートで向かっていただきたいのですが……」
「急ぎの御用がおありで?」
「いえ、その、そういうわけではないのですが予約時間が……」
「恐れ入りますが輝様、本日は帝国レストランをご利用になられると伺っておりますが、相違ございませんでしょうか」
「はい。相違ございません」
「でしたら問題ないかと。正式なルールではございませんが、暗黙の了解として十分二十分程の適度な時間をおいて来店するのが一流店のマナーとなっております」
「へぇ。そんなルールが。課長知ってた?」
「そうですね。社交界では確かにそうした風潮がございますし、お店としても早いよりかは少しだけ遅れて来られた方が対応しやすいとは伺っています。ケースバイケースですけれど」
「なるほど」
知らない世界だなぁ。五分前行動を義務付けられていた俺には想像もできない。いいなぁ。そんな生活が許される人生がよかったなぁ。もしそうだったら、あの時俺は殴られずに済んだのに。忘れもしない高校時代、ジャンプ読んでて遅れた午後一の体育。まぁ数分の事だしいいだろうとたかをくくって「サーセンww」なんて授業行ったらあの体育教師の野郎鉄拳制裁のうえ終わるまでグランド周回とかいうとんでもないハラスメントを行使してきやがった! くそ! 人がちょっとハンターハンター読んでただけでキレ散らかしやがって! だから体育会系は嫌いなんだ畜生! あーなんか怒りを思い出し過ぎて眩暈がしてきた……あ、違うわこれ。ネオンがうるさいんだわ。なん? ちょ、なんこれ? 眩し過ぎない?
「ご覧いただいておりますこのプロムナードはただいまイルミネーションが施されており、区画全体が爛漫の光を纏っております。さながら地上に煌めく天の川といったところでございましょうか。こちら、大手ディベロッパーにより開発された地域でございまして、現在では国籍問わず人で賑わい豊かな暮らしが実現されております。そこに灯る途方もないイルミネーションは命の可視化といっても過言ではないでしょう。光の一つ一つに人間の一生が投影されていると考えますとなんとも儚く、また力強い生命の躍動を感じずにはいられません。世界の歴史とはそれ即ち人類の歴史。そんな事を、このイルミネーションを見ていると考えてしまいます」
「……」
「素敵ですねピカ太さん。」
「……そうだな」
人工の光にそんな壮大なロマンを感じた事、俺はないなぁ。せいぜい「あ、また人間が限りある資源を使っている!」くらいなもんだ。まぁ都会で生きていた人にとっては星の輝きもLEDの光も大して変わらんのかもしれん。どうでもいいけどこのスパークリングワイン、中々イケるな。今度買ってみよ。
「間もなく海岸沿いとなります。近年では埠頭の夜景も観光スポットとして定着しておりまして、少し前ですと工場の光を眺めるクルーズというのも話題となりました。先ほどとは違った光の演出をお楽しみください」
あぁ知ってる知ってる。あの森羅カンパニー見てる気分が味わえるやつね。懐かしいなぁ。なんたって調査してレポート作ったもん。一般定着したとはまだ言い難いんだけどコアな顧客がついてんだよね。特撮ファンとかが好きなんだよなぁ。
「確かに綺麗ですが、あの光が灯っているという事は誰かが働いているという事なんですね……否が応でも仕事について考えてしまいます……」
「……あまりそういう事を言うな」
俺も不破付さんに泊まり込みの仕事押し付けた事思い出しちゃったじゃねーか。本人が楽しそうだったからいいが……
「こちらの工場、ナイトクルーズのために増員してライトアップパフォーマンスを行っております。ご興味と機会がございましたら、是非ご予約を」
「はい」
あんまり興味ねーなぁ。仕事の事考えちゃうし……まぁともかくとして酒が美味い。
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