サキュバス、一肌脱ぎました18

「私、こんなに楽しい時間ってあまり過ごした事ないような気がします。友達いなかったし、その……いじめられてたし……」


 料理をツツいていたところに突然土羅さんの自分語り。さてはウーロンハイ二杯目でいい感じに酔って感情のストッパーが外れかけてきたな? 分かる分かる。酒飲むと自制効かず感極まっちゃったりするよね。俺も最近ビール飲みながらプリティライブ満てたらつい涙腺が緩んでしまったし。いいよねいとちゃんとおとはちゃんのデュオジャンプ。まぁデュエットのストーリーはどれも素晴らしいというか、プリティリズム自体が凄くいい作品なんだけれど。いやぁまさ女児向けアニメに嵌り散らかすとは思わなかったよ。随分評価がいいから観てみたらなるほどねという感じ。全編を通して各キャラクターの性格や抱えている悩み、問題が浮き彫りとなり、それらが絡み合って混ざる事で少年少女達が成長を遂げるなんていう王道ジュブナイルかつ重厚なストーリーはもう必見必見必見けんだ。まだ観てない人は各サブスクでだいたい配信されてるから要チェック! ちなみに俺の推しはヒロ様だよ! キングオブプリズムも是非!



 いや、プリリズとキンプリはいいんだよ今は。土羅さん。土羅さんが問題だ。

 自分語りかぁ……掲示板なんかだと「チラシの裏にでも書いとけ」「ここはお前の日記帳じゃねーぞ」なんて罵られるが、現実世界でそんな事を言ってしまったら人間関係ぶち壊れ案件。気軽に無下にはできない事態。人間社会を構築する人員として、しかと聞く義務が俺にはあるのだ。大変面倒な事だが仕方がない。適当に合いの手を入れて盛り上げてやる事にするか。どれ、まず一言めは……



「分かる分かる! 私も昔というか今もピカ太さんとか課長にいじめられてるからめっちゃ辛くて! こういう時間って尊いよね!」



 ……お前は善意で人を怒らすタイプだなムー子。

 こういう話って割と安易に肯定されると腹立てがちなんだよなぁ。「テメーが勝手に話始めた事だろうが! こちとら良かれと思って合わせてやってんだぞはぁぁぁぁぁぁぁぁぁん?」っていう気持ちになるのも分かるんだけどそう簡単に突っぱねるのも人情に欠けるというもの。こうした場では適切な距離感を図りつつ温度感を察知して相手の求めている言葉をアウトプットするという高度なコミュニケーション能力が求められるのだが、こいつ全然駄目だもんなぁ。知ってたけど(だいたいいじめじゃなくて因果応報って言うんだお甘えの場合)。土羅さん、このムー子の反応をどう対処するんだろうか。


「あ、はい。それで……」



 無視して続行か。さすが一人延々とダブルオーの夢小説設定を垂れ流していた女だ。度量が違う。



「私、ご存じの通り精神的に弱くて、特に、男の人と接するのがどうしても駄目で……昔、お父さんや親せきの方に……」


「ちょっとその話は止めておこう。簡単に話す内容でも聞いていいものでもない。飛ばして続けてくれ」


「あ、はい……」



 危ない。如何に本人が良しとしていてもトラウマの根源になっているようなところに容易に触れる事はしたくない。言った方も聞いた方も得にならない事が多々あるからな。



「それで、小中学生の頃は、私が過呼吸になると皆”演技なんじゃないの?””学校来なければいいのに”とか言われたりして……」



 苦しみってのは当人しか分からん問題だからな。だからこそ人を簡単に攻めたりしちゃいかんよ。



「高校ではみんな優しかったので学校生活自体はなんとかなっていたんですけど、二年の事、卒業してどうしようかって。本当は大学に生きたかったんですけど、試験の時に緊張して白紙答案で出しちゃったりして全部落ちちゃって……就職しようにも面接で過呼吸になったり、テンパって上手く話せなかったりして、結局どうしようもなくって、自作のアクセサリーをフリマサイトで売ったりして生計を立てていたんですが、入るお金は微々たるもので、家族にも迷惑をかけてしまっていて……」


 いやいやいや。アクセ自作してフリマサイトのみで儲け出すってお前、結構な事よ? あんたそんな才能あるんかい。そりゃガンプラも上手く組めるわ。ますます放っておくのがもったいないぞこいつ。くそ、弊社で使えるなら使ってやりたいが該当しそうな部署がない。いや、動画編集できるくらいのスキルがあるんだし何でもできそうだが、そもそも俺にそんな権限がなかったわ。なんたる無力。

 ……入れてあげたいとか、力になりたいって烏滸がましいにも程があるな俺、いかんいかん。酒のせいで感情が少し大きくなっている。ちょっと抑えよう。



「そんな中でVチューバーを知って、これなら何とかなるかもってやり始めてみたんです。そしたら思っていたよりも皆さんが反応してくれて、楽しいとか、面白いとか言ってくれて……私、嬉しくって、これまでずっと誰かに頼って、縋って生きてきましたが、誰かのために何かできるって思って……」


 

 あ、泣いちゃったよ。あぁこれはちょっと、いやぁ……いい話しなんだけど、ちょっと苦手というか、どう対処していいか分からない。こういう時人生経験の差がでるよなぁ。俺はまだまだ若い。

 しかし、そうか。土羅さんも苦労してるんだな。今までVチューバーなんてのは自尊心を満たしたい俗物とそれに群がる猿が集まるカテゴリと思っていたが、こういう事情もあるのかなるほど。これは考えを改めねばな。既存の社会に溶け込めない人間が活躍できる場というのは大切だ。



「勿論、批判的なコメントもいただいてます。それはとても悲しい。でも、だからといって応援してくれる人や楽しんでくれる人がいなくなったわけじゃない。そう思うと、前向きな気持ちになれるんです」



 掛け値なしでいい奴だなこいつ。なんでムー子なんかとつるんで大丈夫か?



「寄せられたコメントを追っていくと、中には”元気をもらました”とか、”私も頑張ってみます”みたいな内容もあって、リスナーの方が一歩踏み出しているんだから、私も克服しなきゃって思って、それでムー子さん……いえ、ユーバス咲・咲さんに相談してみたんです。そしたら、今日付き合っていただける事になりまして……あの、ムー子さん。輝さん。改めて、今日はありがとうございました。おかげさまで世界が開けたように思います」


「あ、そんな大した事してないから深々と頭下げなくていいですよ。なぁムー……」


「メーシャぢゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! あんだええ子やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ごっじごぞありがどうやでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」



 うわぁ完全に酔って泣き上戸に入っちゃってるわこいつ。暴言吐くよりは余程ましだけどめんどくせぇなぁ。普段は人を小馬鹿にするくせに。なによりこいつ連れて帰らなきゃいけないってのが本当に煩わしい。棄てておいてもいいかな。いっそどっかその辺のチャラ男か犯罪者に押し付けてやりたい。こいつなら多分順応して逞しく生きていけるだろう。そうだ。ちょっとそっちの方向で話してみるか。


「ムー子。お前このまま酔った勢いで他の客室にいる男の団体の所に潜り込んでお持ち帰りされてこいよ。そしてそいつの家で一生暮らせ」


「え? ちょっと、ちょちょ切れていた涙が引っ込むくらいドン引きな発言なんですけどピカ太さん……なんですかその女性&人権軽視な暴言。私以外だったら訴訟起こしてますよ?」


「お前だから言ってるんだよ」


「出た出た差別差別。見てくださいメーシャちゃん。これがこの男の本質です。ギャイー! あーあろくでもない」


「……ガンプラカフェでも思ったんですが、輝さんって。本当にその、女性に興味ないんですね」


「え? あぁはい。性別関係なく人間は等しく蛋白質の塊だと思っています」



 人体なんてのは肉と血の袋よ。



「うわぁ虚淵とか那須きのこに影響された拗らせ中学生が吐きそうな台詞ですねピカ太さん。どうかと思いますよそういうの」


「うるさいぞ。まぁ過去その二人にハマっていたのは認める」


 

 デモベとか沙耶の歌とかいいよね。あと月姫。あ、そういえばリメイク出るんじゃん! チェックしとこ! ついでにマホヨの続きもよろしくなぁ!



「私、男の人ってみんなそういう事考えてるって思って、変なバリアを張っていたんです。だから過呼吸にもなっちゃって、拒絶しちゃって……でも、輝さんとか店長さんとかと会って。そういう人ばかりじゃないんだなって分かって、とっても嬉しかったです」


 

 なるほど。過呼吸が改善されていったのはそういう理屈か。であれば俺も一役買えてうれしい限りだ。

 



「メーシャちゃん。ピカ太さんは例外論外対象外だから参考にならないし、店長はワンチャン狙ってる節があるから油断しちゃ駄目よ。男なんて皆毎日どうやって別の女と一夜を過ごそうかって考えてるんだから」



 とんだ偏見だが衛府亥えふいとかを知っていると否定できん。



「そうなんですか? でも、店長さんは、あの人はきっと、私の嫌がる事はしないと思います。そんな気がします」



 それは認めよう。あの男の誠実さと裏表のなさは俺も評価している。面倒くさいが気のいい奴だ。できればこれからも仲良くしてやってくれ。

 ……なんだか上から目線だな俺。まぁともかく。



「今日は面白かったし、俺も得たものがあった。この素晴らしき出会いを祝して、改めて乾杯しよう」


「あ、今度は私もやっていいですか?」


「一回百円な?」


「悪徳! 悪徳業者の手法!」


「冗談だよ……じゃあ……乾杯!」


「乾杯!」


「かんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」




 ゴクリ



 ……美味い。ビールが美味い。

 疲れたし怠かったが、まぁ、こんな日があってもいいか。なんだかんだでムー子の善なる面も分かったし、これからは少し態度を改めてもいいかもしれんな。




「あ、ところでムー子ちゃん。お礼でお渡しする限定グッズの事なんだけど……」


「あ、ちょっと! 今はその話はちょっと!」


 


 対価求めてたんかい! お前やっぱりクズだな。

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