サキュバス、一肌脱ぎました16

 それに接客には不満だらけだが、まんざら悪いところばかりでもない。この店、清掃はちゃんと行き届いているし部屋は個室。他の客の声がボソボソと、遠くの飛蚊が如くくらいにしか聞こえないのはきっと防音設備がカラオケボックス並にしっかりとしているからだろう。響き渡る騒音も遮断される構造されるのであれば、店員の奇声もまぁ許容範囲。ギリギリの線だがセーフ。大分危ういところだが、許せる。この店、どうやら利用客の事をしっかりと考えているようだ。独りよがりな店舗理念に則った巻き込み型のおもてなしでなくて本当に良かった。そこだけは評価してやろう。



「それではぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! こてぃらのお部屋にどっぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! ドリンクお決まりでしたらぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 先にお伺いいたしますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


「……」



 いや、うるさいわ。許し難き暴挙だわこれ。お前、目血走ってんじゃねーか。イッてんなぁ五仁余。元気とヤケクソは違うぞ。



「ありざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっす! とりまビール一丁ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉピカ太さんわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



 だからお前まで叫ぶ必要ないだろムー子。無駄に声高いから余計うるさいんだよ。それと店の中で人の名前を叫ぶな。



「ピカ太さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!? 聞こえてますかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? お飲み物プリィィィィィィィィィィィィィィィズ!」


「……」


「お飲み物プリィィィィィィィィィィィィィィィズ!?」


「……ビール」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい! いじゃビール二丁とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! メーシャちゃんなに飲むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」



  あぁもう! 高音域が不愉快! お前なんでそんな高音出るくせにオリジナルソングは低くめで攻めたんだよ! チグハグが過ぎるわ! だいたい、そんな風に土羅さんに聞いたらノリみたいになっちまうじゃねーか! やめろよそういうの悪質な振りは! 楽しいのは本人だけだかんなそれ!


「……」



 ほら黙っちゃったじゃねーか。声出すの苦手な奴ってお前、結構いるんだぞ? 中学の同級生の狩生かりお君なんて、嫌過ぎて先生の質問にも頑なに答えず怒られてたかんな? 

 しかしあの時、キレた先生の平手を交わして綺麗にカウンター決めてたのめっちゃカッコよかったな狩生君。今空手の師範やってるらしいけどちゃんと生徒とコミュニケーション取れてるんだろうか。まぁ喋んない以外は普通に善い奴だったしだったし大丈夫か。なぜかジュース奢ってくれたりしたし。でもあいつがこんな店来たら凄い拒絶反応起こしそうだなぁ。何せ絶叫に次ぐ絶叫だからなぁ。特異性のない人間だったら順応もできるんだが、一般的に見て普通にできる事でも人によっては異常事態となるなんて事はままあるんだ。土羅さんだってそう。早口で捲し立てはするが、大きな声は出せないタイプと見た。分かる。なんか疲れるよね声量上げるのって。いいんだよそれはそれで。無理に治す必要なんてないんだ。これからの時代はみんな違ってみんないい社会。多様性への離解と寛容が……



「私ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! ウーロンハイでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ひっく……氷少な目でっ! おねがいしまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっしゅごぉ! げほぉ!」



 え!? 叫んだ!? ちょっとだいじょ!? これだいじょ!? めっちゃ咳き込んでる! 声裏返ってたけどお前無事か!?



「お客さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」


「メーシャちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! だいじょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」


「ご、ごじんばいばくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……ぢょっど器官がづまっだだけだんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」



 なら無理するな! なんで叫んだ!? いや叫んでいる!? お前は何を目指しているんだ!?



「そっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! でも無理しちゃだめだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「お客さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! 当店蜂蜜をつかったお料理やデザートぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! ドリンクも用意しておりますのでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 是非ともご注文くださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「お気遣いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……ありがとぉぉぉぉぉぉぉぉごほっ! ございまぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


「……」



 叫び続けてるわ。大丈夫そうだわ。無事じゃないけどなんとかなりそうだわ。ガラガラの喉で声なき声を発し続けてるわ。どういう心境なのそれ? ねぇ? 




「それではぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ビール二丁とウーロンハイぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! すぐにお持ちいたしまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!」


「なるはやでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「かしこまぁぁぁぁぁぁぁいやぁしとぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 ガラガラピシャン。




 ……どっと疲れた。どっと疲れたわ。注文だけで。

 なにこれ? 何を見せられてたの俺は? 土羅さん、なんで叫んだの? 絶対無理してたじゃん。なんでそんな事するの? 意味が分からない。全然分からない。



「大丈夫メーシャ。喉から血とか出てない?」


「大丈夫です。血は出てませんが、ちょっとクラクラします。すみません。ちょっとはしゃぎ過ぎました」



 完全に酸欠のそれ。そんな状態で酒飲めるのか? 



「それにしてもなぁピカ太さん。私はがっかりですよ。なんで? なんで叫ばないんです? ここは全力全開居酒屋ですよ? 声出してなんぼでしょう」


「そんなローカルルールは知らん。人に押し付けるな。土羅さんだって迷惑しているだろう」


「え? そうなのメーシャちゃん。そんな事ないよね?」


「え? うん。そんな事ないですよ? ちょっとびっくりしちゃったけど……」


「ほらぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁそんな事ないってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ピカ太さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! そんな事ないってさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「十二本」


「え? なんですかそれ?」


「帰宅後、お前の折れる骨の数」


「……め、メーシャちゃん! 本当に無理してない? 辛かったら叫ばなくてもいいからね?」


「はい。大丈夫です。あ、でも……」


「でも? どうしたのメーシャちゃん。でも、なに? なに? でもってなに~~~~~~~? 無理してる感じ~~~~~~? 無理はよくないよ~~~~~~~? やめようね~~~~~~~?」


「いえ、無理とかそういうのではなく、大きな声を出すのって、気持ちいなって!」


「……そ、そっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! うん! 気持ちいよね! 声出すの! そう! 大声は気持ちい! だから私はいっつも元気に声出してる! やっぱり大きな声が一番いいよ! ビッテンフェルトも言ってた! 人を褒める時は大きな声で! 貶す時は更に大きくって! 私は何時でもびっくり仰天大声量! これが家訓です!」



 お前はそろそろ黙ってくんねーかなぁ。

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