サキュバス、白球を追いました22

「さ! 試合出られないなら高みの見物といきますよっと!」


 え? 一塁スタンドに座ったけど、あいつこのまま居座るつもりなの? どんだけ図太いんだよ。


 ……まぁいいか。ともかくピッチャー交代。どうやら控え選手の肩は温まったようだな。だが、認めたくないがムー子は強敵だった。さすがにあのクラスはもういないだろう。この回二点三点と取って次の攻撃に備え……




 ットラーイ!




 !? なんやあいつ、めっちゃええ球投げるやんけ!




「あ、野木君だぁ。今日来てたんだ」



 都仁須君! 正気に戻ったか! 誰だあれ! 説明してくれ!



「都仁須君! 有名な子なのかあれ!?」


「はい。リトルリーグ入ってる人なんですが、プロのスカウトもたまに見に来るくらいの有望株です。どこかとは言えませんが、某チームのOBとご飯とか行った事もあるみたいですよ」


「……大丈夫なのかそれ」


「大丈夫だとは思いますが、あまりよくはない気がします」


「……そうだな」


 ※調べたら一応問題ないらしいです。



 しかし、自分が退場した後にこんだけのボール放れる奴が出てきたんだ。ムー子も面白くないだろうなぁ。そうなると絶対……



「へいへいへ~~~~い! ピッチャ球走ってないよぉ~~~~~気合い入れろ気合い~~~~~私のアバンスライダークラスのボール投げてみろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 やっぱり。露骨に野次飛ばして嫌がらせしてる。なんて小さい奴だろう。まぁあの馬鹿はどうでもいいが、野木君大丈夫か? 集中力乱してないといいけど。



「……」

 



 ットラーイトゥ!



 うっわ! なんだ今の球……



「うぉ! なんだあれスッゲー! スライダー?」


「島サンよりキレがあったぞ! 野木君やばい!」



 凄いな。小学生だぞ。いや、ボールも凄いが、なによりこれ、完全にムー子に対する当てつけだって事だよ。フィジカルとスキルも凄いがメンタルもやべぇ。才気と気質を備えた人間っているんだぁ。して、これ見てあの馬鹿はまだヤジれるのか?



「……ひゅ~~~~」



 駄目だわ。完全に負けを認めてるわ。もうどういうリアクションしていいのか分からないから取り合えず口笛鳴らしてる感じになってるわ。だいたいあれ、口で「ひゅ~~~~」っつってたぞ。ファイかお前は。



 ットラーイ! バッアーウ! チェンジ!



 あぁ、三球三振で終わってしまった。いやぁそれにしても凄い小学生だったな、今の内にサイン貰っておこうか。将来メジャーリーグに行って「ノギサン」とか呼ばれるようになるかもしれんし。



「お兄ちゃんお疲れ。結局一点しか取れなかったね」


「あぁ、お疲れマリ。ところで、ピッチャーの野木君凄いらしいじゃん」


「あぁ、ね。でも野球やるのは中学までらしいよ?」


「え? なんで?」


「お父さんが有名事務所のパートナー弁護士で、その後を追いたいんだって。そのためにまず海外の大学行きたいから、野球をやってる暇はないって言ってたよ」


「ふぅん! そっか!」



 志が高すぎる! どいつもこいつも凄すぎて逆にムカつくわ! なんなん!? やめろや俺に精神的ダメージ追わせてくるの!? いいよ! どうせ俺はしがないサラリーマンで意識低いまま萎びて死んでいくよ! クソ! ビールだビール! あぁしまった! 放送席に忘れてきた! くそ! ホントにクソ! もう明日仕事休んじゃおっかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 ……駄目だ。切迫中の案件あるんだったわ。忘れてたわ。え? じゃあなに? 俺肉離れの治療もろくにできずに出社するの? ご飯食べて寝て回復するのに一縷の期待? 馬鹿~~~~~~無理~~~~~~~えーダル……タクシー使うかぁ……くそう。そんな無駄金使うならガンプラの一つでも欲しいってのに、あーあ来るんじゃなかったぁこんなとこ。適当な理由つけて断ればよかった。とんだ厄日だよ……あ、試合始まってる。



「戸田くーん! 頑張れー! この回凌げば勝ちだよー!」


「ファイトでーす! 戸田様ー!」




 マリと一緒にプランも普通に声を出して他の子を応援している……なんだなんだ、上手く溶け込めそうだな。割と悲観的で内向的な奴だが、こうして人と交流を結び成長していけば自分で殻をこじ開ける事もできるんだなぁ。




 ……子供のお守も、たまにはいいか。





 ットラーイ!! バッアーウ!



「あと二人だよー! いけるよいけるよー!」


「戸田様ー! 完封ですー!」



「……」




 ットラーイ! バッアーウ!



「あっとひっとり! あっとひっとり!」


「いけますよー! ファイト―! ナイスファイト―!」


「……」






 ットラーイ! バッアーウ! ゲームセッ!





「勝った! 勝ったよ! やったねプランちゃん!」


「はい! やりましたねマリさん!」


「貴女のおかげですプランさん!」


「そんな事ございません! 皆様が頑張ったからこそでございます!」


「奥ゆかしい! あ、そうだ! 連絡先交換しましょう!」


「それなら僕も!」


「俺も俺も!」


「皆様……はい! よろしくお願いします!」




 ……どうやら俺は場違いなようだな。よし、っと……あ、足痛ぇ……まったく不便だなぁ普通に歩けないのは……えっちらおっちらっと……さぁやっと放送室だ。




「あ、グレート! お疲れ様です! 凄いですよ! 今日の接続数! 最高三百万までいきました! いやぁこれは最高記録だ! よろしければ是非このままインタビューを……」


「いや、俺はいいよ……それより決勝点入れたプランにヒロインしてやってくれ」


「……そうですね! 分かりました!」



 ふぅ……ビール回収。さて、次は……イテテ……あぁ歩くのしんど……よし。なんとか……






「……」


「ほらよ」


「……ピカ太さん」


「一本余ったからビールやるよ」


「……どうも。足は大丈夫ですか?」


「大丈夫ではないが、まぁ、なんとかなるだろう」


「そうですか……嫌ですね。私、涙なんてとうに捨てたと思っていたのに、小学生に負けて……悔しくって……ホロホロと悔しみの雫が……止まらなくって……ぴえん……」


 ぴえんはもう古いぞ。だいたいそういう言葉は正々堂々と戦った人間が吐く言葉だと思うんだが、まぁいい。俺はこいつに伝えなきゃいけない事があるんだ。


「なぁムー子」


「なんですか? 慰めなんて……」


「さっきゴス美と電話したんだが、お前を殺すって」


「……」


「五回殺すって」


「……」


「……」


「……ピカ太さん」


「なんだ?」


「せめて、三死スリーアウトで勘弁してくれないっすかね」


「その場合、ダブルヘッダーで六回死ぬかもな」


「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 自業自得だ。

 まぁともかく、プランに友達ができてよかったよ。

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