サキュバス、白球を追いました20

 ともかくベンチに戻ろう……あ、痛って! なんか常に鉄パイプで殴られているような感覚がある! やべぇな肉離れ! 



「お兄ちゃん! 動いちゃ駄目だよ!担架持ってくるから待ってて!」



 担架? 担架ってあの担架? 誰が運んでくれるの? ここにいる小学生? 馬鹿な、そんなみっともない真似できるか。子供に運ばれるとか恥ずかしすぎるわ。



「大丈夫だ。問題ない」


「じゃあせめて肩! 肩貸してあげるから!」


「大丈夫だって。ほら、立てるし。だいたいお前、次のバッターじゃないか。代走伝えて、大人しくバッターボックスに入れ」


「でも……」


「いいから。ほら、行った行った」


「うん……」



 説得完了。本当はめっちゃ痛いし歩けるか分からんけどそこは気合いだ。やれやれ。年寄りの冷や水だな。まだまだ若いつもりだったが、今後は運動前にウォームアップをちゃんとしよう。まぁ自主的に身体動かす気なんてさらさらないんだが……



「……お兄ちゃん!」


「うん? なんだ?」


「かっこよかったよ!」


「……(サムズアップ)」



 ……やはり筋トレくらいはしようかな。今後またこういう場面が訪れるかも分らんし。

 いやぁしかし、鈍ったもんだなぁ……昔は全力ダッシュ何度もやらされても怪我一つしなかったってのになぁ。そうそう、そうなんだよ。よくやってたんだよダッシュ。おかげで小、中では常に選手リレーに選ばれてしまって大変面倒くさかった。昼休み潰して練習とかミーティングとか頭おかしい……でも他の奴らはみんな楽しそうだったんだよなぁ……もしかして俺がおかしいのか? いやいやそんな馬鹿な。お、マリが帰って入れ替わりで子供がこっちに来たぞ。こいつが代走か? よし、ちょっと意見を求めてみよう。



「あ、グレート大丈夫ですか?」


「あぁ。ところで、君が代走?」


「はい。代走要因の武井ぶいです。ブルードラゴンズのスーパーカーと呼ばれています」



 昭和かよ。どんなネーミングセンスだ。



「武井くん。ひとつ伺いたいんだが、運動会の選手リレーについてどう思う?」


「え? 急ですね……まぁ毎年選ばれてますが、別段なにも。体育の一環ですし」


「しかし、昼休みとか潰れるの嫌じゃないかい?」


「え?」


「うん?」



 何やらかみ合わない。あれ? もしかして?



「やらないの? 昼休みに練習とか」


「逆に休み時間にそんな事するんですか? この学校ではちゃんと授業中とか放課後にやってますが……」


「そっか……」



 なんていい学校なんだろう……俺もここに通いたかった……まぁ時代も違えば地域も違う。いっても仕方ない事よ。もういい、忘れようこんな事は。



「……じゃあ、俺はベンチ戻るな」


「はい。お疲れ様です」


「お疲れ」


 

 ……仕事の引継ぎみたいだ。まぁいいや。さぁひょこひょこと戻ろう。あー結構距離あるなぁベンチまで。こんな距離を俺は走ったのか。いやぁ頑張った頑張った。感動した。今日は帰ったら祝杯だな。明日仕事だけど。



「あっれーーーー!? ピカ太さーーーーーん!? どうしたんですかーーーーーー!? もしやーーーーーー!? もしやのもしやーーーーーー!? 負傷退場ですかーーーーーーーー!? プークス! プークスでございますーーーーーーーピカ太さーーーーーーん! 打たれましたがこれは実質私の勝ちではーーーーーーー? 勝負に負けて戦いに勝った的なーーーーーー!? 花より実をとる的な的な的なーーーーーー!? もうこれ、宣言しちゃっていいんじゃないですかねーーーーーー高らかにーーーーーーー!? よーししちゃいますねーーーーーー! 私、島ムー子はーーーーーーー!? 輝ピカ太さんをーーーーーーー!? 再起不能リタイアに追い込みましたーーーーーーーー!!! ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! かっこいいーーーーーーーー!」


「……」



 ……あの野郎、帰ったらただじゃおかねぇ。


 しかし、あぁ。やっとベンチに着いた。これで試合再開。マリは既にバッターボックス。ランナーは一二塁。で、二塁は俊足の三田君。単打でも得点できる可能性はあるが、ピッチャーはあのムー子。この場面、あいつの性格上……



「さぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇようやく試合再開でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇす! そして敬遠しまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす! 四番バッター回避でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇす!」



 ……やっぱり。



「お姉さん! 恥ずかしくないの!?」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 勝利のために必要な処置ですがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? ここで勝負とか逆にあり得なさ過ぎてダサ死しちゃいますよぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「この卑怯者!」


「なんとでも言ってくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 勝てばいいんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! さぁっさっさと出塁してくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」



 考え方には同意するが人格は否定したい。

 ともかくこれで満塁。だがツーアウト。そして次のバッターは……。




「……」


「大丈夫ですかプランさん? 青ざめてますが……」


「そんなに力まなくとも。たかが野球ですよ。たかが野球。リラックスしてください」


「……はい……プラン・ラ・トモシヒ……リラックスします……」



 カラーン。



「ちょっとプランさん! バット! バットは持ちましょうよ!」


「力抜きすぎ! 消力シャオリーじゃないんですから!」


「そうですねすみません……猛省いたします」



 バシーン! バシーン!



「あぁ! なにやってんですかプランさん!」 


「活を入れようと……」


「バットで自分の頭殴ったら活じゃなくて殺になっちゃいますよ!」



 ……アカン。




「あ、ピカ太様。すみません。こんな場面で私の番となってしまいました。どうやらこの勝負、勝ち目はありません。かくなるうえはこの打席が終わり次第、切腹にてその責をまっとうしたく存じます。短い間ではございましたが、ありがとうございました。どうぞぺーによろしく」



 伊集院大門かお前は。あいつはホームラン打ってからのハラキリだけども。いかんな。ここは保護者として、正しく導いてやらねば。



「……プラン」


「はい、なんでございましょうか。あ、辞世の句なら既にできておりますので聞いてください。右打席、右往左往と空振り三振。案山子の方がまだ打てるかな」


「……プラン。皆と野球をやって、面白かったか?」


「はい。大変楽しく、嬉しく思いました。実は私、学校というものに通った事がなく、友達もおらず……ですので、ここに来た時、なんだか高揚感のような、不安のような、胸がドキドキしたり、ズキズキしたり、不思議な気分になっておりました」



 なるほど。なんか変だったのはそういう事か。



「じゃあ、それでいいじゃないか。ここにいる子供は勝った負けたよりも、皆で野球をする事を楽しんでいるんだ。だから、お前もそれでいい。責任とか勝利とか考えず、楽しめ!」


「ピカ太様……」



 まぁ野球において勝利は絶対だが、今それを叩きこむのは保護者としてよろしくないからな。今回のところは楽しく終わって、次回からまた勝利へ邁進していただきたい。今日の負けは明日の糧。挫けぬ心で頑張れプラン! 



「ちょっとーーーーーーー!? ネクストバッターまだですかーーーーーー! 早くしてくれないと日が暮れるんですけどーーーーーーー!? それともなんですかーーー? 無効試合にしようって腹ですかーーーーー? かーーーーー情けないですねーーーーーー!? 陰険なやり方だよ。正々堂々と野球で勝負しろよ」



 ……でもあいつには負けるのは癪というか絶対に嫌だな……あぁまったく、プランの身体能力なら少し練習しただけで偉大なバッターになれたろうに惜しい……うん? 身体能力……そうだ!



「プラン。前言撤回。勝ちにいこう」


「え? しかし、私は……」


「大丈夫だ。秘策がある。今思いついた」


「? 秘策でございます?」


 そう……些かリスキーだが、勝率は確実に上がる秘策である。プランよ。全てはお前のフィジカルにかかっているのだ。頼むぞ!

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