サキュバス、白球を追いました19

 ひとまず一球は待とう。さすがにあのスライダーは使えないだろうが、なにせ相手は人間じゃない。初手はけん。これは譲れない。



「……(チラ。 チラチラ)」


「へーいピッチャーどうしたー? ビビってんのか―!?」


「早く投げろやー!? 巻いてけ巻いてけー」


「うっるさ! 黙って守備ってろや! ぼけぇ! 私はピッチャーやぞ!? 丁重に扱え丁重にー!」



 味方からヤジられてる投手とか初めて見た。可愛そうな奴だ。それにしても、やけにセカンドランナー警戒してるなムー子の奴。この場面で盗塁なんてバッカじゃなかろうかルンバだろうに、何が狙いだ?



「……(チラチラリ)」


「……(サッ)」



 ……都仁須君の様子がおかしい。ムー子から露骨に目を避けているし、何かソワりソワりとしているような……



 ……! そうか! しまった!



「セカンドランナーの君~~~~!」


「……!!」




 いかん! とめなくては!




「止めろムー子! 都仁須君! 見るな! 聞くな!」


「好きよ~~~~!」


「!!!」


「都仁須君! ベースから離れるな! 都仁須君! あぁ……!」



 シュ!


 パシ!



 アウトォ!



「都仁須君!?」


「おいおい都仁須君!?」


「……」




 やられた! そうだ! 都仁須君はオラン君の弟! つまりは血縁関係者! それ即ち! 兄と同じく魅了されやすい体質であるという事! 同じ血筋であれば体質が似るのも道理! おのれムー子! 嗅ぎ付けやがったな! 都仁須家の弱点を!



「どうした都仁須君! いったい何があったというんだ!」


「ちょうちょでもいたのか都仁須君!」


「……」



 完全に自分を見失っている。駄目だなありゃ。



「さぁピカ太さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! これでツーアウトですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! この打席で決着が着く可能性が出てきましたねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 覚えてますかぁさっきの言葉ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 負けたら目でピーナッツを噛む約束忘れないでくださいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」



 そんな約束してねぇ! あ、いかんいかん。冷静になれ俺。先に熱くなった方が負け。ゲイナーはホットで勝ったが、俺はクールにいこう。ともかく勝負事だ。賭けていようがいよまいが、勝たなければ意味がない。いいだろうムー子! もはやお互いバフがなくなった身。裸ひとつでろうじゃないか……そうだよムー子。戦いだ……戦いなんだよこれは! おのれ負けてなるものか! あのスライダーがないてめぇなんか怖かねぇ! 野郎ぶっ殺してやる!



 投球モーション! セットポジションから……きた! ……遅い! なんだぁこのボールは! ハエが止まっちまうぜ! なんだなんだとんだ拍子抜けだよ! どうやら俺の買いかぶりだったらしいな! ビビり過ぎていたよまったく! この程度のボールなら未経験でもイージー! 一振りで決めてや……!



 ブン!


 バシィ!



 ットラーイ!



 ……馬鹿な。なんだ今の投球……完全に捉えたと思ったのに外した……まさか大リーグボール三号でも投げたというのか!?




「油断んんんんん! 油断しましたねピカ太さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! バフのなくなった私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ何もできないとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! そう思い込んでいましたねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 違うんだなぁぁぁぁぁぁぁぁこれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 今のはスローカーブとカットボールの特性を持った魔球ぅぅぅぅぅぅぅぅ! その名もショートバケーションんんんんんん! メリーゴーランドから着想を得たオリジナル変化球でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇす! 凄いでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! こう見えて私は小中と野球部でピッチャーやってたんでぇすよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 今流行りのぉ!? メジャーセカンド的な事をぉ!? 麗らかな青春時代にぃぃぃぃぃぃぃ!? あ、経験済みなんですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! そう! 過去に通った道なんですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅゲボォ! ゴッホガヒュシュ! ほご……喉にほごりが入……ぎゃっしゅごひょひょ!」


 


 こんな埃っぽいところで大口あけて騒ぐからだ馬鹿。

 しかし、あのボールは厄介だな。速度は遅いからよく見れば叩けるような気もするが、引っ掛けてしまったら完全にアウト。負けが確定してしまう。しかも、緩急や真っ直ぐを織り交ぜられたら俺では太刀打ちできん。フィジカルと野球脳がない人間が戦える相手じゃない。くそ……俺はムー子に負けてしまうのか……



「ごほほ! ピカ太さぁぁん! しょげた面してますねぇぇぇ! 土下座すればフルカウントにしてあげますよぉぉぉぉ!? どうしますかぁぁぁ!? もしかしたらフォアボールで出塁できるかもしれませんよぉぉ!?」



 畜生! ちょっと控えめに叫びやがって。腹が立つ!

 


「誰が貴様に頭など下げるか。お前こそヒット打たれて床ペロするんだから、しっかりと心の準備をしておくんだな。」


「はー! 面白い! ならば! どちらが負け犬となって砂を噛むか! 改めて勝負ですピカ太さん!」


「いいだろう。貴様に引導を渡してくれる」



 投球モーション。引き続きセットポジションからのモーション開始。



「いきますよ……!」



 くそ! どうする! えぇいままよ! ここは破れかぶれで……いや、まて。野球脳はなくとも俺は奴を、ムー子の行動パターンを知っている。冷静になれば読めるはずだ……奴のクソみたいな根性と幼稚な性格。そして、人をおちょくる事に至上の喜びを感じる腐った価値観を鑑みれば、次にくるボールは……



「ショート……」



 ……くる!



「バケーション!」




 きた! ボールの回転は見えない! そんな余裕がない! だが分かる! あいつはきっと同じボールを投げて……




 こない!




 キーン!



「うっそ! 打たれた!? なんで!?」



 当たった! 読みは正しい! だがややバット端! 転がりはしたが……とにかく全力ダッシュだ!



「サード! 早く! 早くして! 怠慢守備とかマジでやめてよね!」


「うるせぇ! 今やってるよ!」



 サード方面! 三田君の足ならセカンドは通る! 問題は俺だけ! そう! 俺が走って一塁に到着すればいいのだ! 子供が頑張ってる中で足を引っ張れるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉまにあえぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇ! 



 ヒューン! パシ!


 ズサー!



 ……



 どっちだ!?



 セーフ!



「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「グレート! ナイスファイトグレート!」


「やったねお兄ちゃん! カッコいいよ!」


「さすがでございますピカ太様!」




 ……凄い。声援が気持ちいい。いや、キモティー! 額の汗も不快じゃない。爽やかな感じ。なんだろういいなぁスポーツって。でも……



「タイム」



 ターイム!



「ちょ、誰か……こっち来て……」



 さぁ誰が来てくれるか……お、マリか。よし、ではお前に託そう。



「お兄ちゃんかっこよかったよ! で、どうしたの?」


「……いいか? よく聞けよ? マリ


「うん」」


「……足が痛い」


「え?」


「……足が痛くて、立てん」


「それってつまり」


「……多分、肉離れミートグッバイ


「あー……うん。ナイファイト―」



 やめろその哀れみの目!

 しかしこれ、仕事いけるかな……

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