サキュバス、犬とロリがやってきました16

 ……頭痛い。

 ここは何処だ。居間だ。目を開けずとも感覚で分かる。毎日掃除されたラグが実に気持ちがいい。これほど夢見心地なラグは俺のヤサの居間しかない。俺は今、居間で寝ているのだ!



 ……



 しかし何故居間? それにこの頭痛は……あぁそうだ。飲みに行ったんだった。いやぁ慣れない料亭めいた店で中々美味な食事を……いかん。味や香りを思い出そうとすると吐き気がする。これは完全な二日酔いの症状。畜生、なんてこった。まったく無様だ。いい歳して酒に呑まれるとは。いや、これは完全にマリとプランが悪い。あいつらがいらん知識を実践しようと矢継ぎ早に酒を注いできたからこんな目に遭っているのだ。こりゃあ明日説教だな。


 ……明日か。感覚的にもう日付変わってるんだよなぁ。体内時計は二十五時三十分くらいを指している。つまりもう一日が終わりって事。せっかくの休日がこんな形で幕となるとは、やれやれってやつだぜ。はぁ、気分が落ちてきたら体調も少し良くなってきた。どれ、起きるとするか。よいしょっと。



 目を開けて背を伸ばし上体起こし。うわぁ口の中気持ち悪い。喉の渇きと臓腑から漂う酒の臭いで気分最悪。潰れるまで飲むとか何年ぶりか忘れたが、こうなる度に二度と飲み過ぎないようにしようと誓うんだよね。守られた事ないけど。とはいえ、最近は歳も取ってほどほどを覚えてきたんだがな。つまらんところで酒の失敗を作ってしまった。今回の事で得られた教訓は、酒は飲んでも呑まれるな。だ。自戒自戒。



「あら、起きました? 大丈夫ですかピカ太さん」


「あぁ……」


 ゴス美か。まだ起きてたのか。お前明日から面倒くさい仕事にアサインしなきゃいけないんじゃないのか? いいのかこんな時間まで……違う。こいつは……


「今、牛筋の塩煮込みをお持ちしますね。二日酔いに効くんですよこれが」


「そんなこってりしてそうなものに回復作用があるのか? もっと漢方的なものの方がいいような気がするんだが」


「まぁまぁ騙されたと思って。はい」



 ごとり。



 本当に大丈夫かぁ……? あ、温かい香りがする……なんだろう……酒でデバフかかっている胃がリカバーされていく感じ……あぁ、喉が鳴る。しかし、お椀によそわれるは完全なる肉。よく似込まれ、白濁化した筋肉すじにく。本当に大丈夫かこんなの食べて。一歩間違えば完全に胃からリバースグラビティでジオングザクレロアルパァジールのメガ粒子砲だぞ? いやいや。今更何を疑う事がある。これを出したのはゴス美。奴が二日酔いに効くといえば効くに違いない。では食べよう。それ以外に答えはない。



 ……



「どうです?」


「……五臓六腑に染み渡る」



 誇張なしにその通り。まったく正しい表現。疲れた胃や腸が優しく出汁に包まれジワジワと回復していく感覚が分かる。途端に気分も晴れやか。気持ち悪さや頭痛など微塵も感じさせない快調ぶりである。凄い! 



「ね? 効くでしょう?」


「あぁ。びっくりだ」


 まさかこれほどまでに覿面てきめんとは思わなかった。亀の甲より年の劫といったところか。おっと、そんな事を言ったらとんでもないから控えよう。



「今失礼な事考えませんでした?」



「はっはっは。馬鹿だなぁ課長。こんだけやってもらってるんだぜ俺は? 失礼な事なんてそんなお前、お前そんな、考えるわけないじゃないかぁ」


「そうですか。ならいいんですけど」



 っぶねー! なんだよこいつ地獄耳通り越して地獄読心じゃん。完全にデビルマン超えたな。デビルマンといえばヒロインが水虫なんだよなアニメ版だと。漫画じゃ首切られてエイサホイサされてんのに水虫で済むなんて凄い落差だよな。女子高生で水虫って本人は結構気にしそうだけど。


 ちゃうねん。


 デビルマンなんかどうでもええんや。ゴス美。そう、ゴス美だ、驚異的な読心術はさておき、こいつは恐らく、俺の面倒を見るためにこんな時間まで起きていたに違いない。酔いつぶれた俺を介抱し、一人居間で酔っ払いが目を覚ますのを待っていたのだ。ケナゲな!(デデデン! ロリウェー!)



 ……うん。感謝の気持ちと謝罪をしておこう。他人として。




「すまない課長。課長が懇意にしている店で恥をかかせてしまった」



 あまり覚えていないが結構騒いだ気がする。加えて飲み過ぎて倒れるとか最悪だろう。大学生か俺は。



「いいんですよ。女将さんや従業員の方には催眠かけて記憶消しましたから」


「あ、そう?」


 

 物騒だな。いや、物騒が過ぎたかもしれない。いや、いい。忘れよう。今のはなし。



「それに、こんな時間まで突き合わせてしまったし……」


「何言ってるんですか? まだ夜の九時ですよピカ太さん」


「え?」


「ほら」



 うーん? あ、本当だ。九時ってか、八時四十八分。なんだよこれ。まだまだ全然宵の口じゃねぇか。あてになんねぇな体内時計。



「なんだ。てっきり酔い潰れて一日を無駄にしてしまったかと思ったが、まだまだリカバリが効く時間じゃないか。いやぁ消沈して損した! よっし遊ぶぞぉ!」


 心機一転だ!

 ひとまず外の空気を吸おう! 空気の入れ替えと同時に心の入れ替え! さぁ吹き荒む風よ! 我に力を!


 カーテンオープン!


 シャ!



「あ、ちょっとピカ太さん……」



 なんだ止める気か? 無駄だぞゴス美! 今の俺は風! 風は誰にも掴めんよ……!



 ドアオープン!


 ガラガラ!



 さ、外の空気を……



「……」


「……」


 ん?



「……」


「……」


「……わん」


「……うん?」



 見つめ合う俺と犬。マスコットみたいな愛嬌のある、犬。どうして? なんでお前がその小屋にいるんだ? 今日作ったばかりの、新築ホヤホヤの犬小屋に……



「ゴス美様、お風呂上がりました」


「あ、ちょっと! そんな恰好でウロウロするのは……!」



 ん? え? ゴス美でもムー子でもマリの声でもない。なんだ? 誰の声だ? いや? 知ってるぞ俺はこの声を。こいつは…… 



「あ、これはピカ太様。先ほどは酔った勢いとはいえ、失礼を致しました。今後は慎ましく、この家に居候させていただきますので、何卒、よろしくお願い致します」



 プランだ。それも素っ裸だ。素っ裸のプランが、俺の前に立っているのだ。一糸まとわぬ! 生まれたままの! 卵のようなきめ細やかな肌を露わにさせて!

 ちょ、え? 居候? なにそれ? というかお前、その恰好は完全に児ポだぞ。え? なにこれ? これなに? 俺、捕まる?

 


「服を! 服を着なさいプラン! ピカ太さん! ちょっとあっち向いてて!」


「服? あぁすみません失礼しました。つい癖で……」


「いいから早く! 着替え! 着替えを……着替え! 着替えは!? 着替えはどこにあるの!?」


「貸していただいた二階の部屋に……」


「あー!? もう! ほら! これ! 私の上着貸してあげるから! 急いで取ってきなさい!」


「これはこれは。大変かたじけなく……」


「いいから早く行きなさい! ……まったく、あ、ピカ太さぁん! もうこっち向いて大丈夫ですよー?」


「……」


「ピカ太さん? ピカ太さぁぁぁん!? 大丈夫ですよーこっち向いてー!? いえぇ!? 大丈夫が過ぎるかもしれませぇん!?」



 ……なにも見たくねぇ。


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