サキュバス、歌っちゃいました12

 おはよう。

 今日もよく寝た快眠だ。移動、出張の日というのは体力が物を言う。前日から状態を万全に備えて早めに寝るのが吉。暴飲暴食などもっての他である。寝る前に温かいミルクを飲み二十分ほどのストレッチで身体をほぐしてから床に就くと朝まで爆睡さ。プライベートな時間が削られて鬼のようにストレス溜まるがな!


 というわけで気分は最悪。行きたくねぇな。けど仕事だしなぁ。家にいるのに既に帰りたい。Twitterか何かでバズった発言だが多分労働してる人間の大半は似たような事を思っているはず。なんか仕事の事考えるだけで出勤してる気になるよね。嫌だ嫌だ。


 止めよう鬱屈賭してくる。ひとまず腹が減った。居間へ行こう。



「おはよう」


「おはようございますピカ太さん。今日もお早いですね」


 既に朝食の準備が完了している。ゴス美お前はもっと早く起きているのだろう。頭が下がる。


「今日は一日出張だからな。目覚ましとかないといけないし、一応確認もしないと」


 自分でいうのもなんだが仕事は結構真面目にやっていると思う。フケたりサボったり手抜いたりしてるけど、やる事は多分やってる。今回はちょっとやらかすけど。



「そうですか。なんだかすみません。本来であれば、私がムー子に付き添わなければならないはずなのに……」


「乗り掛かった舟さ。それに話の都合とはいえ、あいつの預かりをウチの会社でやるとかやらないとかって事になっちまったんだ。一応面倒見ないとな」


「そうですか……ところでムー子のマネジメントに関して、本当に契約書は仮のままで大丈夫なんですか? 他の発注と併せて締結しちゃった方がそちらも楽なのでは……」


「あぁ、上のGOがまだ出ないんだ。結構閉塞的な企業だし、得意先の足並みも見なきゃいけないからそれなりに面倒なんだよ。今は外堀埋めてる最中ってとこかな」


「かしこまりました。では。一応内包した契約書も作成しておきますね」


「……助かる」



 すまんなゴス美。



「おっはようございまーす! ピカ太さん! 課長! 元気ですかー! 元気があればなんでもてきる! なんでもなれる! いくぞー! 一! 二! 三ダー! 万城目サンダー!」


「朝からうるさいな……それよりお前、ちゃんと寝たのか? 夜更かししてないだろうな」


「もうばっちりです! 今はやりのチルアウトとストゼロキメてぐっすり眠りました! これで勝つる!」


 酒飲んだんかい。まぁいい。どの道、な。

 おっと、一応確認しておこう。こいつ馬鹿だから忘れてるかもしれん。


「ところでムー子。お前、覚えてるか? 昨日の事」


 頼むぞ。お前の活躍に全てがかかっているんだからな?


「勿論です! 私にお任せください! ぶい!」


「そうか……」


「? 昨日の事、ピカ太さん、何かあったんですか?」


「あぁ、昨晩、急に台本の差し替えがあったんだよ。なんでもムー子をもっとフィーチャーしたいんだってさ」



 ……



「へぇ。よかったねムー子」


 ……


「はい! ありがとうございます課長!」


 ……


 ……ゴス美が素直に褒めるとは珍しい。罪悪感が湧かないでもないが、これもすべて仕方ない事。許せ二人供。



「さて、食べたらさっさと行くぞ。現場で打ち合わせもあるんだからな。まぁ俺が出るから、お前は楽屋待ちだけど」


「え? 凄い。楽屋とかあるんですか?」


「あぁ。収録スペースがすぐ隣にあるから即時対応も可能だ、時間になったら連絡するから、待機していつでも出られるようにしとけよ」


 余計な情報与えたくないからな

 

「わっかりました! いやぁ緊張しちゃうなぁ!」


 茶碗の米を摘まみ噛む。何気ない動作だが妙に重く感じる。俺は今日、ちょっとした問題を起こすが、果たして無事でいられるだろうか。全ては運次第だが、それでも。男にはやらねばならない時があるのだ!




「準備できたな? さ、行くぞ」


「はい! メジャーデビューへの一歩を今! 踏み出しましょう!」


「……そうだな」



 玄関を出てタクシー。いやぁタク券くれるなんて思ってもみなかった。まるでバブルだ。凄いねバーチャル関連。しかし都会の細い道を走よ。あぁ、狭いし車多いし、本当にこの辺って車で移動するようにできてないと実感する。日本ってそこまで小さな島でもないと聞くけど、人口の一極集中と都市開発の計画速度が追いついてないよなぁ。昔シムシティで渋滞起こしまくった事を思い出す。その辺はディペロッパーが優秀な人材をかき集めて課題を解決中だろうから、俺みたいな人間が気にするような事でもないんだが。





「あ、お客さんここでいいですか?」


 なんて事を考えている間にもうついた。存外早いな。



「結構です。ありがとうございます」


 さぁスタジオだ。やれやれ、こんな場所はじめてくるな。どうやって入るんだろう。


「輝さん!」


 誰だ? お? 伊佐さんか。助かった。


「おはようございます伊佐さん。本日はよろしくお願いいたします。ユーバス・咲。こちら、本日呼んでいただいた伊佐フリィさんだ」


 初対面だし、一応挨拶させとくか。


「どうも! はじめましておはようございます! いつも元気に前のめり! ユーバス・咲事、島ムー子です! 本日は全力爆進で挑みますので! どうぞよろよろのしくしくでお願いいたします!」


 うわぁなんか初めて全国ネットに出た地方の若手芸人みたいなだぁ……



「こちらこそよろしくお願いします。では、中に入りましょうか」


 

 凄いスルー力。さすがパオン関ヶ原を雇っているような会社の人だ。ものが違う。


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