サキュバス、歌っちゃいました11
案内されるもいまひとつ乗り切れないまま着席。どうやら一番乗りらしい。これに関してはよかった。早めに出てきたかいがあった。代理店の人間より後に入るとなんか気まずいからな。「お前、俺達を待たせるとか何考えてんの?」的なオーラ出してくるんだよなあいつら。あ、腰が沈む。いいソファだ畜生。出されたコーヒーも美味い。それなりに儲かってんだろうな羨ましい。
しかし、くつろいでもいられないだろう。
「お待ちしておりました。パトリオット(ホストの社名である)の伊佐 フリィです」
いいタイミングだ。笑顔も爽やか。うーんイベント関係っぽい。
「お世話になります。ユーバス・咲のマネージャー代行、輝です」
名刺交換。あ、初めて下から渡された。
「鳥栖さんから話を伺っています。本日はよろしくお願い致します」
「はい。よろしくお願い致します」
よかった、パオン関ヶ原と違って話が分かりそうな人だ。イケイケ系とかオラオラ系とかクリエイター系はそれぞれがそれぞれ厄介なんだよな。やはり商談やビジネスの話をするなら普通の人に限る。
「伊佐さん。この度は我が社でも協力させていただきますので、是非ともよろしくお願いいたします」
次は上長か。あ、こっちは下から渡してる。なんかちょっと複雑な気持ちだ。
「はい。こちらこそまたよろしくお願いします」
うん? なんだ面識あるのかこの二人。
「伊佐さんとは何度か案件ご一緒させていただいているんだよ。配信界隈は今飽和状態なんだけど、パトリオットさんは早くから色々開拓してて現在トップシェアを誇っているんだ。凄い企業だよ」
へぇそうなんだ。ちっとも興味ないから知らなかったけど。
「ありがとうございます。今後もご期待に沿えるよう尽力いたします。ところで、輝さんとはお知り合いなんですか?」
「はい。実は彼、我が社に所属している私の部下でして」
「え? そうなんですか? てっきり鳥栖システムの方がいらっしゃるかと……」
上長め。余計な事言わなくていいのに。仕方ない。軽く説明だけしておくか。
「色々あって、我が社でユーバス・咲のマネジメントなどをさせていただく事になったんですよ。まだ企画段階であり本決定ではないので、この度は走りとして参加させていただきます」
「なるほど。あの、大変恐縮な質問でなんですが、それは鳥栖さんからお声がかかった感じでしょうか」
なんだ? 急に食いついたな。止めてくれよ俺全然知らないんだから。うーんどうしよう。なんて答えよう。
「いえ、こちらから鳥栖システムさんに営業をかけさせていただきました。それも、彼の独断で」
上長?
「最近我が社でもWeb方面での新規事業開拓を目指しているのですが難航しておりまして、どうしたものかと手をあぐねていたところ、いい感じの案件を輝君が引っ張ってきてくれたというわけです。いやぁ、彼は我が社の切り札ですよ」
ちょっと待って。勝手に話しないで。ややこしくなるから。
「それは凄い! いえ、実は、なぜユーバス・咲さんなのか気になっておりまして。と、いうのも、彼女は取り立てて目立つような活動や配信はしていらっしゃらないのですが、不思議と人気が出てしまう魅力があるんです。ただ、外から見ているとどうしても気が付きにくいものでして、フローが立てにくかったんですよね……ですが最近安定もしてきて、さぁこれからという時期なわけなんですが、仮とはいえ、そこを狙いすましたように契約してくるとは、素晴らしい嗅覚だと言わざるを得ません」
「はぁ……ありがとうございます」
えーそんな評価なのあいつ。サキュバスの力とゴス美のマネジメントなけりゃなんもできねーんじゃん。もっと頑張れよ。
「いやぁ、輝君は生来、我がチームを背負って立つ存在になると思います。その際には是非、伊佐さんもよろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。これからが楽しみですね!」
あれ? これ外堀埋まってね? この案件、成功したら出世王手じゃね? というか詰みかねないんじゃね? さすがに上長の立場に代わるなんてことはないだろうが、チーフとかシニア筆頭とかそんな感じになりかねないんじゃね? うわぁ勘弁してくれ。俺はまだまだ低い責任で遊んでいたいんだ。低めの給料をもらいながら言われた通りの仕事をやって当たり障りなく普通に暮らしたいだけなのになんだこの展開。だいたいこの業界で出世ってお前、寿命捧げる事前提なんだよ。嫌だよ俺は仕事で死ぬなんて。八十まで凡骨な人生を歩んで盆栽弄りみたいに暇があればプラモを作ったり眺めたりするのが老後の夢なんだよ。それをお前、こんな過労死と隣り合わせの職場でさらにいらん気苦労まで背負うとか頭おかしいんじゃねぇの? だいたい今でもほぼ終電帰りの毎日だっての、これ以上無駄な仕事増やせるか! くそ! なんとかして印象を悪くしたい! 悪くしたいが……!
「過大な評価をいただき恐縮です。私も精進したいところですが、まずは目の前の仕事を一所懸命に頑張りたいと思います」
「そう! こういう真面目なところがいいんですよ!」
「確かに。仕事に対する情熱を感じますねぇ」
真面目でもないし情熱も持ってねーよ。
駄目だ! こいつらもう褒めるモードに入っちまってるから何言っても評価がうなぎ上りだ! マジでもうなんなん!? かといって仕事だしゴス美の代わりだから下手な事も言えないし八方塞がりじゃないか!
「パオン。失礼します。伊佐さん。代理店の方がお見えになりました」
「あ、はいはい。今行きます……すみません。皆様いらっしゃったようなので、ちょっとお出迎えしてきます」
「はい」
そして上長と二人きり。あー絶対変な事いってくるよこの人―
「……輝君」
ほらきた。
「なんでしょうか」
「この案件。上手くいったら昇進薦めとくからね」
「……ありがとうございます」
やめてくださいなど言えるわけもない。困った。こうなったらもう、かけるしかない。
ユーバス・咲。つまり、ムー子が本番で失態を演じる事に!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます