サキュバス、受肉の手伝いをする事になりました15

 夜、広間にて食事を待つ。


 この部屋で食事をするなんていつぶりだろうか。客が来てもだいたいが客室か居間で食べてたから新鮮だな。


「なんかアニメに出てくるみたいな部屋ですね。鹿のハンティング・トロフィーなんて私、実物初めて見ましたよ」


 確かに頭だけとなった鹿の剥製などアニメや漫画の中でしか見た事がない。なんなんだろうなこれ。まるで成金のようだ。悪趣味にも程がある。そうだ、ちょっと遊んでやろう。


「角を下に動かしたら隠し通路が出てくるんだよあれ」


「え!? 本当ですか!?」


 嘘だ。


「あぁ。本当だとも。試してきていいぞ?」


「やったぁ! 私そういうバイオハザードのギミックみたいなのに憧れてたんですよね! じゃあちょっと行ってきます! ……はい! きました! ピカ太さん! 本当にやっていいんですか!?」


「かまわん。グイッとやれ」


「分かりました! それでは……えい!」


 ボキ!


 角、破損。


「え? え? え? なに? なにこれ?」


「あーあ。こーわーしたー」


「え、ちょ、ちょ、え? ピカ太さん? なにこれ? これなに? 隠し通路は? ピカ太さん? 全然ギミックが発動しないんですけど!? なんか探索スキルとかないと駄目な感じですかー? ダイス振り失敗した感じですかねー?」


「隠し通路があるといったな。すまん。ありゃ嘘だ」


「はー!? このボケェ人の純情弄んでからにー!?」


「そんな無駄な構造落とし込んだら強度下がるしそもそも違法建築になるだろ」


「はーロマン! ロマンを分かってない! ピカ太さん絶対変形するモビルスーツとか嫌いでしょう」


「よく分かるな。でもサイコガンダムは好きだぞ」


「あぁ分かります分かります。いいですよね武骨なデカブツ。フヨフヨ浮きながらメガ粒子砲ブッパするの最高です」


「こういうところで気が合うのが本当に嫌だ」


「そんな事言ってー本当はちょっと好きになってきちゃってません? 好きになってきちゃってるでしょうー? もう照れるな照れるな輝ピカ太(はぁと)ご飯の前に、いい事しまちゅかー?」


「……そうだな。一汗かくか」


「お!? まさかの乗り気! やった! これで帰れる! お! お! お! いきなりそんな抱きついてきて大胆! 流石童貞はがっつきますね! 北の侍! え? 肘? 肘を抱えてどうするんですか? そんなプレイ私知らない。えー? なにこれ? 怖い怖いごわっ!」


 両肘を抱え込んでからのかんぬきで床に落としてそこから関節を極める。ジャパニーズSUMOの技だ。とくと味わえ。


「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ肘が! 肘がプラプランに!」


「よかったな。ウェーブライダー変形の物真似とかできるんじゃないか?」


「ウェーブシューターが限界ですよ!」


 どっちにしろ複雑骨折は確定だな。



「ちょっとピカ太さんムー子。食事前に騒がしいですよ。遊ぶなら外に行ってください。もうお料理できましたから」


「あぁすまん。ちょっと肘関節折るのにエキサイトしてしまった。ところで課長、なんで料理運んでんだ?」


 手には盆。それにしても割烹着がよく似合うな。お前本当にサキュバスか?


「お母さまにお頼みして手伝いをさせていただいたんです。本日は急にお尋ねする形となってしまいましたので、何かできればと思いまして」


 殊勝な事だ。角折ったり肘折られてるやつとはえらい違いだ。しかしあれだけ飲んでおいてよく動けるなお前。五本出したボトルの内四本お前が空けてなんで平気なんだよ。全部ブランデーやぞ。凄いわ。怖いわ。



「お兄ちゃん私も手伝ったよ。みそ汁作ったんだ」


「へぇ。すごいじゃないかマリ。楽しみだな。さっさと食べよう」


 小学生が作った料理など大した事ないだろうが、まぁ愛想愛想。


「あの、すみません。私、今日ちょっと何度も死んだりしてるんで、再生に時間が……箸が持てないので、もう少し待っていただけませんでしょうか」


「なるほど。それは難儀だな。だが安心しろ。シートと大皿を一つ用意してやるから、安心して犬のように貪ってくれ」


「私に尊厳とかないんですか?」


「ない」


「この人でなし!」


 悪魔に言われる台詞じゃないなそれ。


「何を騒いでいるのですか。まったく、食事の時くらい静かにできないものかしらね」


「お母さん、今日の献立は?」


「とろろにおくらと昆布のあえもの。あと冷奴に焼き茄子。山菜のみそ汁です。とろろはゴス美さんにおろしてもらい、みそ汁はマリちゃんに作っていただきましたので、感謝しながらいただくのですよピカ太さん」


「相変わらず精進料理みたいな料理ばかりだな。嫌いじゃないけど」


「肉食は内臓への負担が大きく常食には適していません。植物由来の食べ物が最も効率的に健康的な身体を作るのです」


「共感しかございませんお母様」


「そうでしょう。それにしても、随分芋をするのが板についていましたねゴス美さん」


「恐縮でございます。私も菜食を心掛けておりますので、自然薯はよく扱っております。しかし、出汁の味はお母さまに及びません。あれだけの深みを出すには相当な時間と技術が必要かと存じます。本日は、勉強させていただきました」


「……ゴス美さん。やはり貴女は見所がありますね」


「恐れ入ります」


 お母様呼ばわり許されてる……この数時間でどれだけ距離縮めてんだゴス美。険悪な雰囲気になるよりいいが、なんとなく家族が悪魔と仲良くしているというのは違和感があるな。なんせ退魔、破邪を生業としている家系だ。おかしく思って当然だろう。あぁ、それと、違和感といえばもう一つ。

 



「そういえばお母さん。ピチウは?」


 食事時になればいつも一番に部屋に到着していた妹の姿がない。というより、家の中にいる気配がない。バイトにでも行ったか? いや、ここから人里まで何時間かかると思っているんだ。それはない。であれば、いったい……



「あの子は夜の修行へ行きました。夕食は現地調達現地調理をさせています」


「また山に入ってんの?」


「左様。帰ってくるのは早朝でしょうね」


「レンジャーにでもする気か。せっかく俺が帰って来たんだから今日くらい一緒に食卓を囲ってもいいだろう」


「修行には祝日も休日もございません。日々の精進が肝要なのです。貴方と違って、ピチウには宙家を継ぐ責任がある事をお忘れなきよう」


「……そうだな」


 ……そうだ。あいつの人生は、既に決まっているんだった。俺が今更口を出すのも、筋が違う。だが、それはあまりに……



「あ! 治った! ピカ太さん! 腕治りましたよ! これでお箸使ってご飯が食べれぇんば!」


 閂にて、再度肘を破壊。まったくこいつは空気が読めないな!

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