サキュバス、幽霊と暮らす事になりました7

 しかしなんだあの形相は。恐ろしい反面、悲哀を感じさせる何とも言えぬ感情が表面化している。例えるならば、TTRPGでさりげなく助言しているにも関わらずPLが聞き入れず無茶なロールをしてファンブルの後ロストした時のGMのようやるせなさと不甲斐なさと「てめぇもうちょっと頭使えよ」という苛立ちが煮詰まったような顔を、奥さんがしているのだ。


「あんだぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!」



 響く怪奇音。発しているのは奥さん。ダッシュで駆け寄るは倒れるマ・ポッチャの傍ら。肩を抱き咽び泣くその風景はまるでラファエロのピエタ。浮かべていた表情は慈愛に満ち、先までの亡霊悪霊めいた様相は既になくなっている。


「スマナイ アキ ワタシ マケチャッタ ヨ」


「いいのよそんな事気にしないで……貴方が側にいてくれるだけで私、幸せなんだから……」


「ゴハン イツモ ツクッテクレテ アリガト オイシカッタヨ イキテル トキ イエナカッタ ソレダケヲ イイタカッタ……」


「……あんた!?」


 お、マ・ポッチャの身体が消えていく。


「なるほど。言いたい事言ったので未練が消えたわけですね。いやぁ泣かせますねぇ夫婦愛。駄目亭主を甲斐甲斐しく支える妻。昭和中期の漫画のようではございませんか」


 いつの間にか好奇の目を隠そうともしないムー子がやってきてクソみたいな台詞を吐く。まったく根性の悪い事だ。が、いちいちそれを指摘するのも面倒なので無視しよう。


「サヨナラ アキ……」


「あんた……あんたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 マ・ポッチャ。消滅。決め手。煉獄。二ラウンドと二分四十秒の決戦は俺の勝利で幕を閉じた。



「よし、これで一件落着……おや?」


 なんだなんだ? 奥さんが立ち上がりこちらを見ている。それもすさまじい憎しみの籠った表情。なんだ。何があった。俺、また何かやっちゃいました!?


「あ、これはいけませんよピカ太さん。奥さん、憎しみの力マシマシチョモランマで変化しました。もはやあれは霊なんてナマッチョロいもんじゃありません。鬼です。鬼になりましたよ。いやぁこれはまずいですねぇ」


「え? なに? 俺が恨まれてんのこれ」


「そりゃそうですよ。最愛の旦那をボコして文字通りあの世行きにしちゃったんですからそりゃ恨まれますよ。あと、あの首の紐。あれが千切れちゃったのがよくないですね。地縛霊って留まってる場所に強い愛着があったりするんですけど、そのおかげで生前の理性とか倫理観とかが残っているんですよ。奥さんの場合は台所でしょうかね。旦那さんのためにご飯を作らないとっていう気持ちが強く残っていたようですが、首吊りの紐がそれを繋ぎ止める役割をしていたんでしょう。それがなくなっちゃったら、もう、ね」


「お前人が大変な目に遭ってるの見ると途端に嬉しそうな顔するよな」


「え? えっへっへぇ~そうですかぁ~^^ そんなつもり微塵もナイアガラなんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


 足を取ってのドラゴンスクリュー成功。ムー子は沈黙。そのまま死ね。


 さてしかし、どうしたものか。如何に化けたところで相手は奥さん。女だし義理も恩もある。手を上げるのは忍びない。どうにかせねば……



「いい加減にしてよ!」



 突如の怒号。何があったかと思えばマリが震えて立っているではないか。その戦慄きは恐怖に非ず。全身から込み上げる怒りが爆発し身体を揺すっているのだ。



「マリ……」


「いっつもいっつも私の事を放っておいて父親のことばっかり! せっかく成仏させてもらったら今度は逆恨み! 自分の快楽ばかり求めてできた子供は二の次三の次! さぞ楽しい人生だったでしょうね! 私はあんたらのせいでろくな人生じゃなかったけどね! 死んじゃったし!」



 うっわめっちゃ怒ってる。というか子供が快楽ばかりを求めてできた子とか言うなよ心が痛くなるわ。



「……違うのマリ。聞いて!」


「違うだろう! ちーがーうーだーろー! 聞くのは私じゃなくてお前の方だろう! お前一回でも私の話ちゃんと聞いた事あるか!? 授業参観の時も三者懇談の時もいっつもいっつもすっぽかしてたじゃん! なんで? って聞いたらお父さんがお父さんがってあんたそれ言い訳になんないから! 当り前じゃないからねそんな家庭環境! それをずっと我慢してたんだから私! その結果! その結果がなんだと思う!? 死よ! まさかの死よ! あんたの死体見てびっくりして死んじゃったのよ!? 超ウケるんですけど!? 笑えるか馬鹿! 死ぬならまとめて二人で死んでよ~~~~~~なんで私まで巻き込まれなきゃいけなかったの!? というか旦那死んだからって子供ほっぽって自殺とかありえなくない!? この恋愛脳! いつまで頭に花とゆめを満たしているつもりなの!?」


「マリ。お母さんはマーガレット派なんだけれど……」


「知 ら ね ー よ ! いいから成仏してよもう! お父さんだって逝ったじゃん! もういいじゃん! なんでこの期に及んで憎しみに身を任せようとしてんの!?」


「お母さんね。強いお父さんが好きなの。だからお父さんを負かす相手は許せなくって……」


「はい発想がメンヘラのそれ~~~~~いい歳なんだからそういうの卒業してほしい! いつまでも人に迷惑かけてないで自立して!」


「そんなこと言われても……成仏ってどうすればいいのかお母さん分からないし……」


「未練とか全部捨てれば自然とできるでしょ!?」


「未練……あぁそうだ私……あの人に料理を美味しいって言ってもらいたかったんだった……あ、なんか透けてきた。成仏できそう……」


「よかったね! おめでとう! 二度と幽霊なんかにならないでよね!?」


「はい……私、成仏します……いままでごめんねマリ……一人でも元気でね……あ、そうそう。戸棚の奥のおせんべい、賞味期限切れそうだから早めに……」



「……」





 消えた。どうやら奥さんも無事成仏。オーマイブッダな決着と相成ったようだ。めだたしめでたし。



「まったく手こずらせてくれちゃって……あ、お兄ちゃんもありがとう。おかげで毒親が消えました」


「え?」


「え?」


「いや、え? じゃなくて。お前、成仏しないの?」


「え?」


「いや、え? じゃなくて……なんでそんな、何言ってんだこいつ。みたいな顔できるの? 怖い怖い」


「いや、私まだまだやりたい事いっぱいあるし。成仏なんかしないよ? タピオカも飲んだことないしモルカーの最終回も観なきゃだし」


「……」


「という事で、これからもよろしくね? お兄ちゃん」


「……ヨロシク」



 こうして俺には血の繋がりのない妹が一人できてしまったわけだが、脳裏に浮かんだ「死すプリ」という単語は墓場まで持っていく事にする。




 せんべい食べなきゃな……

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