サキュバス、幽霊と暮らす事になりました6

 カンッ!


 始まった二回戦。ペットボトルの水が染みる。口の中が切れているな。しばらく物を食べるのに苦労しそうだ。


「さぁ始まりました第二ラウンド。輝ピカ太はややダメージが多いか」


「マ・ポッチャ選手は実質ノーダメージですからね。ピカ太選手はかなり不利な状況でしょう。どう試合を運ぶのか楽しみです」


 「楽しみです」じゃないぞまったく。そもそもクラスもレンジも違う相手とまともに殴り合いなどできるか。これでは単なる見世物だ。早急に手を打たねば殺される。というか幽霊相手に撲殺された場合ってどうなるんだ? 怪死扱いで迷宮入りか? 未解決事件として場末の掲示板で語り継がれるのか? 『未解決スッドレ次スッレ』みたいなスレで語り草になるのだとしたら嫌だぞ俺は。あぁ勝たねばならぬ理由が増えた。この戦いは絶対に制さなければならない。死後辱めに遭ってたまるか。


「さぁ。両者フットワークを使って互いに警戒しています。火花を散らす睨み合い。マ・ポッチャ、有利な状態にありますが、何故仕掛けないのでしょう」


「ピカ太選手の手の内を見ておきたいというのがあるのでしょう。効果はありませんでしたが、先ほどのタックルから腕ひしぎまでの流れは見事でした。如何に立ち技しかないボクサー相手といえども、格闘技経験者にクリティカルを出せる一般人などまずいないと思っていいでしょう。それを覆したピカ太選手の実力ははっきり言って測定不能。ソリッドでステートなスカウターです。それを踏まえ、もしかしたら未知のストライキングスキルを有しているかもと考えているのかもしれません」


「なるほど。確かにさっきの攻撃は実にスムーズでした。私もよく技をかけられるのですが、身体に触れられたと思った瞬間には既に極まっているなんて事が多々ありました。グラウンドに関しては余程の手練れなのでしょうね。夜のリングは未経験のようですが」


「リング上では虎のようでも床の中では猫といった具合でしょうか。所謂ギャップ萌えですね」


「トラでさえサキュバスの前ではネコになる、さしずめピカ太はネズミといったところか!」




 あいつら後で地獄の九所封じだ。ぶっ殺してやる。しかしまずは目の前の相手。マ・ポッチャだ。第二ラウンドで一気に決めにくると思ったが、存外用心深い。さすがアマチュア最強と呼ばれた男。一筋縄ではいかんな。ならば……


「……」


「……」


 アイコンタクト。マリはコクンと頷いた。よし。通じた。



「ストップ!」



「あぁっと。レフリー。試合を中断。どうしたのでしょうか」


「え~このラウンド、赤コーナーのマ・ポッチャ選手に積極性が見られない事から、同選手を三点の減点といたします」


「減点! しかもマ・ポッチャ選手のみ! これは疑惑の判定となるのではないでしょうか!?」


「実績を考えれば分からなくもないですが、挑戦者であるはずのピカ太選手にも積極性がないわけですからね。両者減点が適切だとは思いますが、まぁ、レフリーのジャッジなので、受け入れるしかないのではないでしょうか」


「恣意的なものかそうでないのか。リング上以外のでき事については我々は何とも言い難いのですが、少なくとも、輝ピカ太、レフリーを味方につけた形となりました。さぁ、この状況でどう出るか。」


 なんとでも言え。実際に戦っているのは俺だ。この警告でマ・ポッチャは完全にプライドを傷つけられた。ボクサーが素人相手に臆していると思われれば、そりゃ腹も立つだろう。であれば、出方は一つ……


「さぁ試合再開……おっと! マ・ポッチャ前に出る! 先ほどまでとは違い早い! 軽快なフットワークで輝ピカ太に迫る!」


「有無を言わさぬインファイトで決着をつけるようですね。短期決戦を覚悟したような気迫を感じます」


 そう。そうだよな。常勝無敗のお前は戦って勝つことに、正々堂々と相手を倒す事に命をかけている(死んでるけど)。ルールに則って俺を倒そうとしてくるだろう。だが、そのフェアプレイ精神こそが命取りよ(死んでるけど)!



 ブフゥゥゥゥゥゥ!



「どうだ! この軟水の目潰しはッ!」


「おっとピカ太! 毒霧! 毒霧攻撃です! 口に含んでいた水を吹きかけマ・ポッチャの視界を奪いました! なんたる侮辱! なんというヒール! 外道! 人でなし! 石川啄木!」


「馬鹿めッ! 勝てばよかろうなのだッ!」



 怯むマ・ポッチャを前にやる事は一つ。打撃。目的は打撃によるノックアウト。しかしそれは可能なのか。


 俺の打撃は確かに弱い。ヘビィ級ボクサー相手に致命傷を与えられるわけもないだろう。




 Q.ではどうするか?



 A.死ぬまで殴ればいい




「……!」


 拳がめり込む感覚。悶絶するマ・ポッチャ。キドニーブローなどそう喰らった事がないだろう。存分に味わうがいい。そして……!



 受けてみろ……俺の……打撃を!




肘打ち 両手突き 手刀 貫手 肘振り上げ 手刀 鉄槌 中段膝蹴り 背足蹴り上げ 下段廻し蹴り 中段廻し蹴り 下段足刀 踏み砕き 上段足刀…


 左鈎突きから始まる終わりのない連撃。倒れる事すら許されない、暴力による圧倒的な制圧。グローブから伝わる肉を断つ感覚がダメージを蓄積させている事を実感させる。


「連続攻撃! 毒霧から始まった一連の攻撃全て反則! レフリーは何をしているのか!?」


「YouTubeで東海オンエアーの動画観てますね」


「仕事しろ!」


 実況の絶叫虚しく続くタコ殴り状態。マ・ポッチャの目には既に戦意はなさそうだが、しかし。ここで止めるわけにはいかん。このまま殴り続け、文字通り昇天させてやるのが俺の役目だ。悪いが先に逝ってくれ。続きはあの世でやろうぜ!




 ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド !



  

 なんだ? 



 地鳴りのような足音がする。何者かが階段を駆け上がっている。なんだ。何が起ころうとしている。くそ、確かめたいがまだマ・ポッチャを仕留めきれていない!



 バン!


「ギャア!」



 勢いよく開く寝室の扉。そして響くゴス美の叫び。尋常ではない事態と判断し手を止め騒動の渦中を見ると、そこにいたのは凄まじい形相の奥さんが、首に繋がった紐を引きちぎって立っていたのだった。



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