サキュバス、受肉の手伝いをする事になりました1

 魑魅魍魎との生活も慣れてみればどうという事なく、返って快適にさえ思えた。


 新居の部屋は広く天井も高い。少し古いが造りは綺麗。風呂トイレ別というのもナイスなポイント。まさに自宅のような温かさに包まれている。実家を思い……たくはないな。やめておこう。


「ご飯できました」


「はーい」


 おまけにゴス美が家事までやってくれるんだから至れり尽くせりだ。サキュバスなんて基本怠惰と堕落の限りを尽くすものだと思っていたが、種別に対する偏見はいかんな。



「いつもすまんな」


「いえいえ。ささ。座って待っていてください」



 階段を降り居間に入ると割烹着と三角巾を着用したゴス美が食事を並べている。卓にはいつもの様に茶碗とお椀がひっくり返されており、おひつとみそ汁の入った鍋が部屋の傍らに置かれている。最初は「昭和ドラマか」と突っ込んでしまったがもうすっかりと慣れてしまった。


「課長! 本日のご飯はなんでございましょうか!?」


 スウェットに半纏を羽織ったムー子の開口一番。小学生かお前は。


「アジの開きと南瓜の煮つけと冬瓜のお浸し。それに豆腐の野菜餡かけ」


 相変わらずヘルシーな献立だな。まぁ、最近そういう料理のありがたみが分かってきたところでもあるし、個人的には大変満足である。これが加齢か。


「え~肉食べたいですよ肉~ステーキ! 毎日ステーキがいいです私!」


  だがムー子はそうでもないらしい。お前俺と歳同じだろ。いい加減胃を休ませてやれよ


「ムー子」


「は……い!!!!」


 フライパンのフルスイングがムー子の顔面にストライク! 容赦がない!


「いつも医食同源を心掛けろと言っているでしょう。ビタミンと植物性蛋白質は美の基本。スタイルと肌質は一度の怠惰で簡単に傾くと教えたはず。私が毎日野菜を大量に投入し減塩しても美味しいみそ汁を作っているのは何のためなのか考えた事はあるの? ないだろう。本当にお前はそういう奴だよな。いつも文句ばかりで自分からは動かない。やってもらって当たり前の精神。いい歳してそれはどうなんだ? そういえばお前この前昼にカップラーメン食べてたろ。なんで? 私、雑穀米と菜っ葉のおにぎり用意してたよね? 煮物も冷蔵庫に入れていたよね? 何でそれを無視して九八円で売ってるシーフードヌードル食べたの? そんなだから肌はボロボロだし下っ腹が出てくるって分からない? おまけにテメーは黙ってたら風呂も入らねーし歯も磨かねー! だらしなさすぎんだろおい! テメェ本当に輝ピカ太と寝る気あんのか!? あんのかってなぁ!? 聞いてんだよ私は!? お前はちゃんと仕事する気あるのかよ!? 答えろ! 鼻血出してないで! おい! 早く!」


「す“み”ま“せ”ん“ん”ん“あ”り“ま”す“ぅ”ぅ“ぅ”ぅ“ぅ”ぅ“ぅ”ぅ“た”か“れ”た“い”で“す”ぅ“ぅ”ぅ“ぅ”ぅ“ぅ”」


「だったらどうするのか分かってるよなぁ! 言ってみろ!」


「ま“い”に“ち”け“ん”こ“う”て“き”な“な”こ“は”ん“を”た“べ”さ“せ”て“い”た“だ”き“ま”す“ぅ”ぅ“ぅ”ぅ“」


「よし! 座って待ってろ! 今用意するからな! 残したら刺すからな!」


「は“い”ぃ“ぃ”ぃ“ぃ”ぃ“ぃ”あ“い”か“と”う“こ”さ“い”ま“す”ぅ“ぅ”ぅ“ぅ”ぅ“ぅ”ぅ“」



 相変わらず酷いパワハラだが完全にムー子が悪いので止む無しである。だいたい人に作ってもらった料理にケチ付けるとか最悪すぎるだろ。どんな思考思考してんだこいつ。頭バグってんのか。


「ほらよ! あ、あとピカ太さんにはこれ。牡蠣と、アスパラガスとパプリカの炒め物です」


「……ありがとう」


「いっぱい食べてくださいね。男性は食べてなんぼですから」


「……」


 毎回俺だけおかずが多い。ありがたい話だが、全部精力が付きそうな内容なので素直に喜べない。まぁ、元々性欲もないんだから効果もクソもないんだが。


「あと、お酒なんですが、命を養うものに変えておきました。最近Twitterで流行なんだそうです。毎日黒髭のハイボールばかりでは飽きるでしょうから、試してみてください」


「……そうか」


 知ってるぞそれ。なんでも下への効果が抜群らしいな。だが本当に効果あるのか? 健康的な人間に是非とも試してもらいたいもんだ。



「……ところでマリはまだ帰ってこないのか?」



 時計の針は十九時を指している。如何に幽霊とはいえ小学生が外をふらつくには遅い時間である。



「最近返り遅いんですよねマりちゃん。そういう年頃なんですかね」


「あぁあるよな。意味もなく夕暮れの見える丘に登って、世界は美しい。とかポエミーな言葉呟いたりして自己陶酔する時期」


「深夜徘徊して、夜は私の時間だ……とか思っちゃったりしますよね」


 そうそう、だいたい小学生くらいから芽生えるんだよなそういう『自分は特別』な感じ。そりゃエレンも「進撃の巨人……」なんて呟くよ。あの時あいつ十五だったけど。



「馬鹿な事言ってないで先に食べちゃいましょう。ご飯と味噌汁は自分でよそってくださいね」


「はいよっと……うん?」


 急に感じる背筋への悪寒。これは……


「あ、おかえりなさいマリちゃん」


「……ただいま」


 マリの帰宅である。しかしなんだか元気がないな。自分でも帰宅が遅かった事に罪悪感でも感じているのだろうか? まぁ、一応注意だけはしておくか。



「今日は随分遅かったな。如何に幽霊とてお前はまだ子供なんだからなるべく早く帰ってきなさい」


「……」


「そうですよマリちゃん。子供は早寝早起きが基本なんですから。でないと成長と共にどんどん身体が悪化しますからね。そこのムー子クソみたいに」


「まぁまぁいいじゃないですか。それより、マリちゃんのご飯の用意をしましょう。ほら、ピカ太さん。遺影と線香を」


「あぁそうだな……よし。これでOKだ。食べよう。いただきま……」


「あの、そういうの止めて?」


「? なんだ? そういうのって」


「線香焚いてご飯に箸刺されても、私味とか分からないから」


「え? そうなの?」


「そうなの。なんか皆当たり前のようにお供えしてくれるけど、全然まったく意味がないの」


「知らなかったそんなの……」


 良かれと思っていたがなんだ。なんだ意味なかったのか。


「いやぁすまんすまん。じゃ、マリはテレビでモルカーでも観ていてくれ。今日最終回らしいぞ」


 バツが悪いので強引に話を変える。すまんな。俺はずるい大人だよ。


「たい……」


「……うん?」


「べたい」


「……?」


 なんだ? マリの様子が……


「私! もご飯食べたいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「え? ちょ、どうした?」


「私も! ご飯! 食べたい! ご飯! 食べたい! 毎日毎日お兄ちゃん達だけずるい! 私も食べたい! ご飯! ご飯ご飯ご飯!」


「え? いや、そんな事言われても……」


「毎日ご飯の前に浮いてる私の気持ち考えた事ある? 美味しそうな匂いがするのに口に運べない虚しさと惨めさを! 想像を絶する悲しみを! 辛いんだよ!? 悲しいんだよ!? 食べられないって凄く苦しんだよ!?」


「す、すまない」


 確かにそうだろうな。だがいきなり叫ぶのは止めてほしい……耳がキーンとする……


「なんとかして!」


「は?」


「なんとかしてお兄ちゃん! 役目でしょ!」


「いや、なんとかと言われても……」


 そんな役目を負った覚えはない。


「ピカ太さぁん。マリちゃん泣いちゃってますよぉ? なんとかしてあげましょうよぉ」


「俺にどうしろというんだ。あ、そうだ。お前をぶっ殺して憑依してもらうとかどうだ? 名案だと思うが」


「いやぁマリちゃんごめんね? ちょっと無理そう。でも仕方ない。死んだっていう現実を受け入れよ?」


 こいつ本当にクソだな。確かにどうしようもないんだが……


「大丈夫。私、方法知ってる」


「え?」


「知ってるの。何とかなる方法を。だけど私一人じゃどうしようもないの! だからお兄ちゃん! 力を貸して!」


「……」


 安請け合いはよくないとこの前マ・ポッチャとやり合った際に学んだ。内容も聞かずに迂闊な返事をするのは危険である。しかし……


「……分かった」


「やったぁ! ありがとうお兄ちゃん!」


 どうしても、年下のお願いは聞いてしまう。甘いな俺は……

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