サキュバス、幽霊と暮らす事になりました2

 マリは日中、生前通っていた学校へ行き授業を聞いている。この世の酸いも甘いも知らずに死んだのだ。それくらいの酔狂は許されるだろう。死してなお勉学に励むのは向上心があるのか単に愚かなだけなのか判断に迷うところであるが、年端もいかぬ少女に「無駄な事してんな」と嫌味を言うのも大変大人げなく、またあまりに露悪的なので控える事にしている。


「学校好きなんですねマリちゃん。私と違って立派だなぁ」


 しみじみとそう述べるムー子は奥様からタオルを渡され顔を拭いていた。茶浸しになった床は奥さんが掃除してくれている。申し訳ない。


「駄目社員のお前も少しは見習ったらどうだ?」


「私は一生駄目社員で生きていく覚悟があるので大丈夫です。給料泥棒万歳!」


 最低な発言だったが気持ちは分かる。雇われ社員などそれくらいのメンタリティで丁度いいのだ。そうでなくてはやってられん。だが、役職を持ってしまうとそうもいかないというか、そうもいかない人間が役職に就くのであり、そうした人種を前にした場合は絶対にこの手の価値観は表に出してはならない。


「……いい根性してるねあんた」


「ひぃ!」


 目覚めたゴス美が恐ろしい声を唱えるとムー子はスタン。気の毒だが自業自得である。


「嘘! 嘘です! ジョーク! イッツジョーク! ここはジョークアベニューです!」


 最悪な挽回を試みたムー子。これはまた叱咤激励が飛ぶかなと思ったがゴス美の表情は暗く「そう」とだけ述べ項垂れている。なるほど。大分精神的ダメージを負ったようだ。


「ピカ太さん。ここにはどれだけ幽霊がいるんですか?」


「安心しろ。三人しかいない」


「三!」


 瞬間、ゴス美は卓に頭を打ち付けた。可愛そうに。余程ショックだったのだろう。


「あと一人……あと一人はどんなのなんですか!?」


「三十代男性。死因は嘔吐物誤嚥おうとぶつごえんによる窒息死。酒に酔って寝てたら死んじまって成仏できないそうだ。大丈夫。そいつは二階の自室に籠って出てこないから、部屋にさえ入らなければ会う事はないだろう」


「そうなんですか……よかった……いやよくない! 幽霊のいる家自体が駄目なんですよ! お分かりですか!?」


 惜しい。もう少しで丸め込めるところだったのに。


「そうは言っても他にないのだ。別に出て行ってもかまわんが、お前住むあてはあるのか?」


「……貯金を崩してホテルに……」


「せっかく貯めた金を? こんな事で消費するのはもったいないと思わんか?」


「うるさい! だいたい貴方がムー子としないから私まで巻き込まれてるんじゃないですか! 責任取ってくださいよ! もしくはここで抱け! そしてムー子! 貴様は孕め! 人間の子を!」


「え? あ、え? う、う“え”え“え”え“え”え“え”ん“」


 思わぬ飛び火にムー子は茶を飲みながら泣き、茶を吸ったタオルで涙を拭いて服を脱ぎはじめた。あまりに面白い光景だったのでスマフォの動画で撮影してみたのだが、改めて見ると気色悪い事この上ないのですぐに消した。何をやっているんだと自問自答するも、まぁいいかと即切り替え。若さゆえの過ちというのは認められないものである。ひとまず迫ってくるムー子にチョークを極め無力化に成功。いい加減無駄だと悟ってほしい。


「そんな事よりどうするんだこれから。課長が慣れないとどうしようもないぞ」


「そんな事よりて」


 秒で回復したムー子が素っ裸のまま合いの手を入れてきた。なんたる回復の早さ。こいつ慣れてきているな? しかし、そんな事はそんな事だ。他に言いようはない。だいたい俺がこいつらの面倒見る必要などないのである。にも拘わらずこうして住居の問題に取り組んでやっているのだから感謝こそされ怒られるいわれはない。あぁ。なんだか腹が立ってきたぞ。ここは一つ、橋本真也直伝DDTを……


「あの……」


 疑似的なドメスティックにおけるバイオレンスを試案していたところに現れたのはマリであった。何やら悲し気な顔をしている。どうしたのだろう。


「ひぃ!」


 ゴス美は一瞬悲鳴を上げたが、すぐさま咳払いして冷静を装う。マリは少しばかり透けているだけで見てくれは普通の人間であるから、無理をすれば順応できるのだろう。


「どうした? 勉強は終わったのか?」


「ううん、まだ……でも、お兄ちゃんたちのお話しが聞こえちゃって……」


 マリの頬に一筋の光が見えた。鬼の目にも涙とは言うが、幽霊も泣けるようだな。これは興味深い。


「ごめんなさい……私達のせいで、喧嘩しちゃって……」

 

 あ、こいつめっちゃええ子やん……斜に構えて「これは興味深い」なんて考えていた自分が愚かに見える。これはいかんな。ともかく、なんとかせねば。なんとか……そうだ。


「すまんな。ただゴス美お姉ちゃんがわがままをいっているだけだから気にしないでくれ」


 思慮の末、俺は責任を全てゴス美に押し付ける事にした。すまんなゴス美。だが、責任を取るのも課長の務め。是非とも職務を全うしていただきたい。


「はぁー!? わがまま!? 私が!? この私がわがまま!? 百年会社に勤め恋も愛もすべて捨てて仕事に打ち込んできた私がわがまま!? はー愉快な事を言ってくれちゃいますねぇピカ太さん! 初めてですよ! ここまで私を虚仮にしてくれたお馬鹿さんは! 苦節百年かけてようやく手にした課長職! 使命と責任と義務を是とする私にわがままなどあろうはずがないでしょう!? 撤回! 撤回してください!」


「なるほど。では課長。貴様はこのままこの家でムー子の監視を続けると、そういうわけだな?」


「あったりまえでしょう! 十年だろうが百年だろうが同居してやるってんのよ! 中間管理職舐めんな!」


 なんだから分からんがともかく良し。これで問題解決だ。


「だそうだ。よかったなマリ。ゴス美お姉ちゃん一緒に住んでくれるって」


「……」


 おや、釈然としない顔をしている。何か不満でもあるのだろうか。


「なに!? なにか問題でもあるの!?」


「ひぅ!」


 感情に任せてゴス美がキレ散らかすと、マリが気圧され加速度的に涙の量が増加した。大の大人が子供相手に起こすヒステリー。これはいけませんなぁ。


「あ、あ、ご、ごめん! 言い過ぎたかも!」


「いけませんなぁ課長。子供を泣かしたわば!」


 ゴス美渾身のリバーブローがさく裂しムー子悶絶。口は災いの元である。


「何かあるのか? よければ話してみてくれないか?」

 

 馬鹿共の茶番はこの際どうでもいい。ひとまず、マリの話を聞くのが先決だ。


「……うん」



 そうしてマリはゆっくりと口を開き、俺達に語るのだった。

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