サキュバス、幽霊と暮らす事になりました3

 瑠璃家の夫婦仲は頗る悪かったそうだ。

 悪いといっても暴力とか暴言とかそういうのではなく、毎日酒浸りの旦那が働きに出ないため妻がパートで生活費を立てていたのだという。会話は、旦那の「飯」「風呂」「寝る」という言葉に「はい」と返すばかりだったという。

 そんなある日、旦那が寝ゲロで死亡。妻は衝動的に首を括り、学校から帰宅後、母の縊死を目の当たりにしたマリはショックに耐え切れず心臓発作を起こし死んでしまったというのがこの物件で起こった一家の悲劇だとの事だ。


 この事件、実は過去に何度か報道で取り上げられ俺も知っていた。家族全員あまりに異様な死に様に事件性があるのではないかと訝しむ者や呪術めいた力が働いたのではとトンチキな持論を述べる馬鹿もいたのだが不幸な事故以外の何物でもなく、まさにご愁傷という言葉がぴったりと当てはまるような最期だなと思った。南無阿弥陀仏である。


 問題はここから。いったいぜんたいどうしてマリの家族の過去なんかを俺に話したのかと聞くと、以上を踏まえたうえでお願いがあると、漫画やアニメでよくある展開を持ち出してきたのであった。



「お父さんとお母さんを成仏させてほしいの……」



 俺は自らの耳が何らかの変調をきたしたのではないかと不安になった。度重なる残業と睡眠不足に加え、休日は二匹のサキュバス共が騒がしくゆっくりもできない。おまけに長年慣れ親しんだお宝物件からの退去を命じられ望まぬ引っ越し作業を余儀なくされ、しかも次のヤサが幽霊さんこんにちはな紛れもない事故物件。薄々勘づいてはいたが、度重なるネガティブイベントによりストレスがマッハで累積している感じがしているのだ。メンタルのコンディションが著しく下がれば必然フィジカルにも影響を及ぼす。この場合、妄想の思い込みという形でそれが現れたに違いない。俺の脳はマリの発言を荒唐無稽な懇願と認識し、奇怪な思考へ誘導させようとしているのだ。例えるのであれば雛見沢症候群である。ひぐらしのなく頃に業! 好評放送中!


「すまん。聞き取れなかった。もう一度聞いていいか?」


 冷静を装い再度マリにリピートを要求。今度こそ誤認しないよう一端頭を切り替える。そんな事ができるのかと問われれば答えはYES。方法は簡単。頭の中で真言を唱えるだけである。これは残業が二時間を超えて集中力が著しく低下してきた時などに有用で、脳の機能を一部麻痺させる事により仕事が継続できるようになる。頭が一時的にリフレッシュできるので日頃疲れ果てているビジネスマンビジネスウーマンには是非ともおススメした。それではいくぞ。君も一緒にやってみよう。せーの。

namo bhagavate bhaiṣajya-guru vaiḍūrya-prabha-rājāya tathāgatāya arhate samyaksambuddhāya tadyathā oṃ bhaiṣajye bhaiṣajye mahā-bhaiṣajya-samudgate svāhāsanten……

 

 よし! 準備は整った! それではマリちゃん! もう一度言ってみよう!



「お父さんとお母さんを成仏させてほしいの……」



 ……どうやら聞き間違えではなかったらしい。

 成仏させてほしい? この俺に?  



「マリよ。それは無理だ。なぜなら俺は祈祷も除霊術も習得していないからな」


「……」


 溢れる涙。おいおい勘弁してくれ。どうしろというのだ。


「あ、ピカ太さん泣かせた」


「うるさいぞ……お、そうだお前なんかできないのか? メギドラオンとか明けの明星とか」


「私にはちょっと格が足りないですね」


「真面目な話。攻撃させて消滅とかできんのか? スタンドはスタンドで攻撃可能だし、化物同士でなら強引にK.Oして祓えるんじゃないのか?」


「できない事はないですが私には無理ですね。戦闘は無理です。多分その辺の猫にも負けます。えぇ勝てませんとも」


「誘惑もできない戦いもできない。できる事といえば動画編集してせこせこ小銭を稼ぐくらい。お前はいったい何のために生きているんだ」


「はぁー!? 動画編集お舐めにならないでいただきたいんですがー!? せこせこ小銭稼ぎってそれができる人間野郎がどれだけいるのか聞かせていただきたくー!? V界隈はもはやレッドオーシャンで収益化ドチャクソ難しいんですがそこのところご理解しておいでかー!?」


「知らん」


「知らなーい!? し・ら・な・いぃぃぃぃぃぃ!? みなさーん! こちらの男性―! 動画で稼ぐってどれだけ大変かし・ら・な・いんですってーーーーー!!! はぁーー困っちゃいますねぇ消費するだけのクソキモオタク様はぁ!! 一度でいいから自分で動画作ってアップロードしてもらいたいですねぇぇぇぇぇぇぇぇ! それでどれだけお金を稼ぐのか大変という事を知っていただき……え? あれ? ちょっとちょっと。 ねぇ。どうして私の股座に手を突っ込んでるんですか? あぁ!? まさか盛り!? やりたい盛り!? いやぁ遂に念願かなってお湿りな時間が過ごせる感じですかぁ!? やったぁこれで帰れる! 勝った! 第三部完! これで人間界ともおさばらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ロデリック・ストロングよ。貴方のおかげでアルゼンチンバックブリーカーを習得できた。感謝いたします。


 背骨をバキバキにしてやったムー子を捨ててマリに視線を合わせるも、諦めてなるものかと言わんばかりに真っ直ぐとこちらを見つめている。意志と信念を感じさせる強固な眼。しかし俺にどうしろというのだ。


「ピカ太さん、悪魔に物理攻撃当ててるんだから、多分幽霊にもダメージ通るよ? ぶん殴って解決したら?」


 ゴス美が物騒な事を言う。おいおい。子供の前で親をぶん殴れとかお前……


「その方向でお願いします」


 いいんかい。マリめ。ええ目をしとる。本当に迷いがない。


「いや、奥さんに手を上げるのはちょっと……」


「大丈夫です。お母さんは、多分お父さんが死ん……成仏したら後を追います。なので先にお父さんをぶっ殺……成仏させてください」


「……いいのか? それで?」


「勿論です。あのクソおやじをぶっ潰してください」


「……」


 マリの物騒な言葉に思うところがあったが、結局俺は安請け合いし、マリの父親が漂う二階の寝室へと向かうのだった。

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