サキュバス、引っ越しました2

 そんなわけで早速部屋探し。休日に不動産屋へGOである。いやぁ行動に移すと心が軽い。いざ引っ越すとなるとテンションが張るものだな。


「楽しみですね当たらしいお部屋! あ、私ロフトベッドがいいです!」


「ロフトなんて最終的に物置かゴミ留場になるんだから止めておきなさい。それよりガスコンロを設置できる部屋にしましょう。IHは使い勝手が悪いんだから」


 途端に消沈していく意気。振り返るとムー子とゴス美。なんだお前らいっちょ前にめかしこみやがって。服があるなら最初から着て来い。というか、それよりもだ。


「……なんでついてきてんの?」


「そりゃあ私たちの部屋ですもの」


「見学するのは当然の権利。異論は認めない」


「……」


 もともとお前らさえいなければあの部屋に住めていたんだがなと言いたかったが無益なので呑み込む。俺も大人になったものだ。だが。


「不動産屋にこの面子で部屋貸してくれなんて言ったら絶対怪しむだろ」


「え? なんで?」


「何故? どうして?」


「……いや、いいや……」


 こいつらは悪魔だ。一般常識など通じるはずがなかった。仕方がない。

 きっと不動産屋には奇異の目で見られ後々酒の席でネタにされるだろうが、まぁ向こうも客商売だし、売る時は面倒な詮索なんぞせず黙って三部屋くらいの物件を紹介してくれるだろう。さっさと契約して帰ろう。この前かったMk-Ⅴも組み立てねばならないからな。



 というわけで一軒目。


「部屋を探してるんですが」


「はい。ありがとうございます。お一人ですか?」


「いや、後ろの奴らと三人で」


「……少々お待ちください」


「待ちましょう」


 怪訝な顔して引っ込んでったなあの女。おん? なんだ? こちらをちらちらと見ながら上司らしい人間と話をしているぞ? いやまぁそうなるか。致し方なし。待つか。


 ……


 お、来たな上司。ようやくまとまったか。しかし随分申し訳なさそうな顔してるな。やめてくれよ。俺が悪い事したみたじゃないか。



「いや、お待たせいたしました。申し訳ありませんね」


「いえ」


「ところであの~そちらの女性お二人とご一緒にお住まいになると伺っているのですが、いったいどのようなご関係でしょうか……」


「他人です」


「は?」


「ですから、OTHER。他人です」


「えっと、ご姉妹とか、お付き合いしているとかではなく」


「これらと血のつながりがあるように見えますか? ましてや付き合っているなどとはとんでもない。言葉には気を付けろ」


「いや、はぁ……すみません……」


「で、部屋を貸していただきたいんだが」


「申し訳ないんですが、ウチじゃじょっと厳しいかもしれません……探してはみますが……」


「厳しい? 何故?」


「あの~このご時世、不特定多数の男女の方がご一緒に住まうというのはちょっと……」


「ルームシェアとかあるじゃないか」


「いやぁ……」


「いやぁ……ではなく、ちゃんと理由を説明してくれ」


「そのぉ……最近、闇風俗店関連の問題が大変でございましてぇ……」


「なるほど。俺がこいつら使って商売しようとしていると考えているわけか」


「いえいえ。私は決してそんな……ただ、大家さんが何と言うか……」


「……まぁ仕方がない。では、一旦帰ろう。で、入居可能な物件があったら連絡をくれ」


「それは勿論です。あ、申し訳ないのですが、免許書などございましたらコピーをお控えしてもよろしいでしょうか。その方が、大家さんも安心すると思うので」


「分かった。手早く頼む」


「はい。ありがとうございます。では、後ろのお二方にも……」


「……」


 振り返る。なんだこいつら。どうしてそんな不敵な微笑みを浮かべているんだ。気持ち悪いぞ。


「……あの」


「おい。早く出せ。あんだろ免許証とか」


「そんなもの……」


「あるわけないじゃない」


「……」


「……」


 絶句。人間界に来るにあたって偽造パスポートとか用意してくると思ってたんだがどうやらそんなものないらしい。職質されたらどうすんだこいつら。


「あの、じゃあ、ひとまず、一枚だけ、コピーさせていただきます」


「……よろしく」


 絶対に貸してくれないなという確信を胸に退店。仕方ない。次だ次。



 二軒目。


「部屋探してるんですけど」


「はい。ありがとうございます。お一人ですか?」


「いや、後ろの奴らと三人で」


「少々お待ちください……」



 デジャヴュ。




 中略




「では、またお待ちしております」


「はいはい。また機会があれば」(二度と来るか)



 三軒目。


「あの、部屋を……」



 略。






「なんでお前ら身分証明書もないんだよ!」


 いかん。ついコーヒーショップで叫んでしまった。ここには二度と来れんではないかクソ。まったくふざけている。ここが出先じゃなければジャーマン確定だぞお前ら。


「そんな事言ったってぇ身分も何もないですしぃ……」


「だいたい日本は狭量すぎるのよ。どうして部屋を借りるだけでこんなに面倒なのかしら」


 正論だが納得したくない。


「何かないのか。偽装する技とか」


「ピカ太さん。そんなバチクソな犯罪できるわけないじゃないですか。法は守りましょうよ」


「……お前らの罪を数えろ。不法滞在。不法侵入。公然猥褻も付くぞ」


「そりゃサキュバスですから。不法滞在や不法侵入くらいしますよ。大体公然猥褻は私たちの仕事ですよ? やらないわけないじゃないですか」


「なら免許証の偽装くらいやれやボケぇ!!」


「あ“た”た“た”た“た”た“た”」


「あの……お客様……」


「あ、すみません」


 しまった。思わずアイアンクローをかましてしまった。ムー子め、相変わらず一言多いんだよお前は。あぁ、周りの目が痛いなおい。みんなこぞって「え?  DV?」みたいな目をしてやがる。居た堪れない。仕方がない。今日のところはこのくらいで勘弁してやる。



「このままではホームレスだぞ。お前らもなんか考えろよ」


「そんなこと言ってもぉ……あぁ、ピカ太さんが私達とSEXすればすべてが解決しますよ!」


「え、嫌だよ。気持ち悪い」


「気持ち!? 悪い!? 何が!? どこが!? この童貞野郎! 言うに事欠いて気持ち悪いってどういう……あ、嘘嘘嘘! ごめんなさいごめんなさい! やめてやめてやめ……あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“……」


「あの、お客様」


「あぁ、すみません」


 チキンウィングフェイスロックを解き店員に謝罪。だからムー子。お前はいらん事を言うな。ほら見ろ。また周りの視線が俺に刺さっているじゃないか。こいつまるでボンビーみたいだな。擦りつけたい。



「……どうしたもんかね。なにかないか課長」



 ムー子じゃ役に立たん。ゴス美に話を聞こう。幾らかまともな神経が通っている事に期待したい。


「……実は、ない事はないのですけれど」


 お、何かあるようだな! やはり年の功だな!


「なんでもいい。言ってみろ。ホームレスよりはましだ」


「……分かりました、お話ししましょう。実は、私たちの長期出張用物件を貸し出す専門の不動産屋がありまして……そこを当たれば恐らくは……」


「なんだ。あるんじゃないかいいところが。最初から言えよ」


「ただ、その不動産屋なんですが……」


「何かあるのか?」


「いわく付き物件しかないんです。しかも、全部が本物マジものの……」


本物マジもののいわくつき物件? それはつまり、幽霊が……」


「いやぁ! やめて!」


 なんだゴス美。突然叫びおって。


 ……さては、お前……


「お前、幽霊が怖いな?」


「……」



 あ! こいつ頷きやがった! お前悪魔だろ。なに震えてんだよ! と、突っ込む間もなく店員から三度目のお咎めをいただき無事終了。店を追い出された。


 こうなればゴス美。ブツブツと呟いているところ悪いが頼むぞ? その出張用の物件を扱う不動産屋へと案内してくれよ?



「……コワイ……ユーレイ……コワイ……」



 大丈夫かこいつ? 

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