サキュバス、引っ越しました3

 辿り着いたのはいたって普通の雑居ビル。小綺麗だな。とてもオカルトな商売をしているとは思えないような雰囲気だが、マルチとかやってる企業も存外普通な佇まいだと聞くし、こんなものなのかもしれない。


「あの、ピカ太さん……本当に行くんですか?」


 珍しくしおらしいなゴス美よ。いつものような慇懃無礼な態度やサイコパワハラぶっ飛び単細胞ゴリラメンタルが影も形もないじゃないか。


「課長! ビビりまくってますけど大丈夫ですか“は”ぁ“!」


 ナイスボディブロー! ムー子に腹に突き刺さる黄金の左! しかし暴力は感心せなんな。酷い話だ。理不尽極まりない。


「貴女、これで私の事舐め腐るようになったらマジで教育するから……」


「な、舐めません……すみません……態度改めます……」


「分かればいいのよ。貴女の長所は素直なところなんだから。それがなくなったら、ね?」


「あ、ありがとうございます……」


 教育的指導が終わりビルへ突入。ゴス美が言うには三階のテナントに件の不動産屋があるらしいが、案内板には三階だけ空欄になっていて見るからに怪しい。



「そういえば、なんでムー子はここの事知らなかったんだ?」



 エレベーターが到着するまで持て余す時間が発生したため、したくはないが社会の慣しとして雑談を開始。こいつの話などまったく興味はないのだが、慣習には従わねばならない。



「長期出張しないからですかね。やっても、二、三泊なので、ラブホとかモーテルで事足りるんですよ」


「この子は無能だから長期プロジェクトに組み込めないんですよ。本当に使えないから、その辺の雑魚おじさんを狩るのが専らの役目ですね」


「え? 私そんなに社内評価低いんですか?」


「逆に高いと思ったの? 賞与額見て気づきなよ」


「みんなあれくらいだと思ってました……めっちゃブラックだなって……」


「みんな普通に倍くらい貰ってるし、昇給もしてるんだけど」


「そんな……こんなところで社内格差を知らされるなんて……うぅ……お金たくさんもらってプチブラ卒業したい……憧れのデパコスに手を出したい……」


 嘆きが妙に生々しいが、問題は雑魚おじさん狩りの専門家であるムー子に俺が狙われたという点である。まったく不名誉な事だ。というか、雑魚おじさんってなんだ。強おじさんもいるのか? いたとしたらその基準は? おじさんの強弱をどうやって図るといのだろうか。いや、考えてみると猪木や長州や藤岡隊長。スタローンやセガールは強おじさんかもしれない。なら雑魚おじさんは例えるなら誰だろうか。え? まさか……逆説的に考えると俺のような人間って事なのか? 俺は雑魚おじさん? 馬鹿な……


「……」


「どうしたんですかピカ太さん」


「……なんでもない」


 聞きたかったが心に留めておくことにした。もし俺が雑魚おじさん認定をうけてしまったら、怒りのあまりムー子を殺しかねない。それはまずい。やるなら人気のない場所。でなければお縄になりかねない。ここはあえて沈黙を貫き、先の将来を買う事にする。よし。おあつらえ向きにエレベーターもやってきた。あとはこれに乗り込み三階まで上るだけ……おや?


「なんだ。ないじゃないか三階のボタン」


 そう。ないのだ、本来あるべきはずの階数ボタン。一階。二階の次には不自然な空白があり、四階、五階と続いている。


「一般人が間違えてくると困りますからね。隠匿してるんです。隠しコマンドを入力すると三階へ行きます」


「↑ X ↓ B L Y R A」


「カカロットォ……」


 鉄板のネタで一笑。何事もなかったようにゴス美が五、九、六、閉の順にボタンをプッシュ。おぉ、操作パネルが観音開きとなったぞ。三階のボタンだ。最後にそれを押して入力完了というわけか。暗証番号は五九六三。ごくろうさぁぁぁぁぁぁん!



 チン。



 到着。お、案内板じゃないか。どれどれ。


『悪魔関係物件専門案内 スプーキー@ホーム』


 ふぅん。随分冗談めいた案内が掲示されているじゃないか。


「洒落た名前だな。アトラス風味がある」


「ソウルハッカーズですね。やった事あります、クリアできませんでしたけど」


「今度買って今度配信したらどうだ? サターンならあるぞ?」


「ゲーム配信は競合が多くて……課長、どう思いますか?」


「悪魔が悪魔を使役するゲームやっていいと思ってんのかお前」


「……すみません」


 険悪なムードになってしまった。どうして喧嘩してしまうのだろう。俺は悲しい。同種なのだからもっと仲良くやればいいのに、愚かな事だ。まぁ、どうでもいいや。それより部屋に着いたぞ。



「いらっしゃまいせ。物件のお探しでしょうか」


 おいおい。見るからにダウナー系のヤバイ女だぞこいつ。それに覇気のない声でのマニュアル対応。なんてやる気のない奴だ。よくこれで仕事が務まるものだな。


「サキュバスに憑りつかれたせいで部屋を追い出される事になった。格安で部屋数の多い物件を見たい」


「お気の毒様です。しかし、相手がサキュバスなら一夜を共にすればいいのでは?」


「そうですよピカ太さん。いい加減年貢を……い“た”い“!」


 人差し指を逆方向に折る。人を指差すからだ。


「こんな感じなんだ。分かるだろ?」


「なるほど。大体察しました。では、少々お待ちを。今データベースを確認いたします」


 ……茶くらい出せ


 いきなりPCをいじり始めるとかお前絶対接客向いてないぞ。


「……」


「……」


 完全に集中している。どうやらおとなしく待つしかないらしい。


 その間ムー子は折られた指を魔法的な力で治癒するためにブツブツと何やら呟き続け、ゴス美は蒼白な顔面のまま俯いていた。なんとまぁ、陰気臭い事である。

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