サキュバス、稼ぎました。

 電気を落とした部屋、スタンドライトで照らした先には一匹のサキュバス。


「名前は?」


「新垣結衣です」


「……」


 なるほど分かった。起立。礼。フロントヘッドロック。太々しいクソサキュバスめ死ぬがよい。


「~~~~~~!」


 声にならぬ悲鳴をしばらく聞いて解放。落ちないよう頸動脈を外した絞め技はまさに地獄の苦しみである。


「もう一度聞くぞ? 名前は?」


 一旦ロックを外し、再度問う。


「い……」


「い?」


「石原さと……み“!」


 はいもう一回! 虚偽申告者に慈悲はない。先より長く、また失神しないよう細心の注意を払いながら確実に苦痛を与えていく。サキュバスは息絶え絶えといった様子であるが、相手が悪魔であれば別段気にする必要もないだろう。何でもかんでもやり放題かけ放題。いうなれば技のサブスク。お得だね。金払ってないけど。


「もう一度だ。お前の名前は?」


 更に問う。汝何者也や。


「北川……」


「次はないぞ?」


「……ピーチです」


「……本名かそれ?」


「……源氏名です」


 やれやれ。どうやら絞頸こうけいによる窒息死がご希望か。いいだろう。今回は本気で殺す覚悟でやる。相手は悪魔。どれほどのダメージを与えれば払えるのか試してやろうではないか。


「ムー子! 島ムー子です!」


 と、思ったがついに本名を述べたので今回は許してやる。命拾いしたな。


「最初から素直に答えろ。しかし、だいたいなんで30代の女ってのはみんな新垣結衣だの石原さとみだのが好きなんだ」


「えーやっぱり透明感じゃないですかね。ほら、純粋そうな感じがするし」


「だったらフワちゃんだってそうだろう」


「フワちゃんはなんか……なんかちょっと違うし……」


「一緒だろ。フワちゃんもガッキーも」


「違う! 全然違う! あなたそれ冒涜ですよ! ガッキーに謝って!」


「ナチュラルに失礼じゃないかフワちゃんに対して」


「フワちゃんはそういうキャラだからいいの!」


「なるほど。お前はフワちゃんのキャラクターを差別の大義名分とするのか。透明感とはかけ離れた下種な思想だ。よくその浅ましさで新垣結衣を自称できたものだな。厚かましい奴だよ」


「は! なんなの!? 喧嘩売ってんの!? だったら買うわよ! プチプラと半額シールが貼られたぬいぐるみと喧嘩は必ず買う事にしてるんだから!」


「ふーん」


「あ、嘘! 嘘嘘! ごめんなさい! 謝ります! 喧嘩買いません! 不買運動します! だからパロスベシャルはやめて! やめ、やめ! あ“~~~~」


「まぁ今やってるのは本来リバースパロスペシャルというんだがな。キン肉マンの影響でこっちが正流となってしまって俺は悲しい。ジャッキーパロも草葉の陰で泣いていると思う」


「し“ら”な“い”よ“そ”ん“な”こ“と”ぉ”ぉ“ぉ”ぉ“ぉ”」


「そしてこれが……」


「え“ ? ち”ょ“っ”と“な”に“す”る“の” ぉ“ぉ”ぉ“ぉ”!?」


「パロスペシャルジ・エンドだ!」


「か“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“」


 バラクーダ! 見ていただけたでしょうかこの完全なるフィニッシュホールド! 見事ムー子の顔面を床に叩きつけてやりました! いやはやいい汗をかいた。水を飲もう。うんよく冷えている。ひと汗かいた後の水は美味い。


「で、ここからが本題なんだが」


「ちょ、ちょっと休ませてください……」


「いいや駄目だ。何せ火急を要する事態なのだからな」


「え~……」


「不満か?」


「いえ! めっちゃ聞きたいです!」


「よろしい。では単刀直入に言う。働け」


「え? 働く? あ、私がって事ですか?」


「そうだ。お前がこの部屋に入り込んできてからというもの、電気代が跳ね上がり安い水道代も見た事のない金額となっているのだ。このままでは予約したメタルビルドF91の支払いができん。至急、額に汗して働き、金を入れろ」


「え~めんどくさいなぁ……だいたい私、住民票もなにもないから雇ってくれるところなんてないですよ? 今日日風俗店だって身元証明ないと厳しいんじゃないですかねぇ……」


「ならマッチングサイトで素人を装ってホ別イチゴで稼いで来い」


「バリバリの利用規約違反じゃないですか……だいたい売春うりは春防止法に抵触しますよ。倫理観どうなってるんですか?」


「次舐めた事言ったら今度こそ息の根を止めるからそのつもりで口を開けよ?」


「すみません……」


「実際問題どうにかせんといかんのだ。メタルビルドの支払日は一週間後。それまでに金を工面しなければ強制キャンセルとなってしまうのだからな」


「ガンダムを諦めたらどうです?」


「は? 殺すぞ?」


「すみません……でも売春はちょっと……本当にすみません……」


「なんだ。淫魔といえでも、不特定多数と交わるのは嫌なものなのか?」


「いや、そういうわけではないんですが、うち、性的行為そっち方面の副業禁止でして……」


「……」


「それで、上司がめっちゃ怖くて、バレたら洒落になんないんで……本当に勘弁してください……」


「……分かった。ならそれは諦めよう」


「え? いいんですか?」


「まぁ、仕事ならな……」


 腹が立つが、なんとなく共感してしまうので売春させるのは諦めた。


「ではどうするかなだな。ドヤ街にでも行って日雇いをするとか、後は路上パフォーマンスとかくらいしか……いや、今の時代ランサーズとかもあるのかな……なんだなんだ。存外あるな儲ける手段」


「あの……いいでしょうか?」


「なんだ」


「はい。私、Vチューバーというのに興味がありまして……」


「あぁ。あの自己顕示欲に溢れた声優もどきがイキリ倒して乞食行為をするというあれか」


「言い方! まぁいいです……ともかく、スパチャと広告収入で生きていきたいなと」


 なんだか中学生みたいだなこいつ。頭がハッピーすぎる。

 しかし他に手がない以上は仕方がないか。考えてもみれば日雇いもランサーズも身分証いるだろうし、こいつに路上パフォーマンスも期待できんしな。


「……分かった。試してみるがいい」


「はい! ユーバス・咲! 頑張ります!」


「……うん」



 ユーバス・咲というのがVネームというのは理解できたが、ムー子のセンスは分からなかった。しかし、このVチューバー活動が思いの外当たって無事F91を手に入れる事ができたのだから、まぁ良しとする。世の中分からんもんだ。

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