俺とサキュバス

白川津 中々

サキュバス、入りました。

 部屋に帰ってくると女が股を開いていた。


「うっふん待ってたわピカ太」


 素っ裸の御開帳。M字開脚のまま前進してくる様は中々強烈である。こんなもの性欲より先に恐怖が生まれるだろうに。とんだホラーだ。


「恥と一緒に晒しているその汚らしいものを隠せ。服を着ろ。通報はそれまで待ってやる」


 自分で言うのもなんだが随分と慈悲深い判断ではないか。露出狂の空き巣など即バーリトゥードでぶち殺し御免案件であろう。ガンジスの如き寛大な精神に咽び泣いてほしい。


「え? ちょ、え? なに? 抱かないの? やり放題なんだよ?」


 駄目だった。こいつ人の行為を無にするタイプのクズだ。仕方がない。仏の顔も三度までというが生憎と俺は無神論者。一度の警告で分からぬのであれば当然実力行使へ移行。即座に間合いを詰め女の左足を取りアキレス腱固め。ありがとう藤原組長。猪木戦の観覧が生きました。


「あ、ちょ、痛! イタタタタタタ! ちょ、ギブ! タップ! タップしてる!」


「不法侵入者にはルール無用だろ?」


「無理無理! 極まってる! 完全に極まってるから! 無理! お嫁に! お嫁にいけなくなるから!」


「アキレス腱切れて破談になる縁があるかよ。おら気合い入れろ。テメーにはもう一度破瓜の痛みを思い出させてやる」


「げぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! だ、だずげでぇぇぇぇぇぇぇぇ!」



 はははは! 愉快だ! 全力で痛めつけてやれるなんてこんなチャンスは滅多に無い! 思う存分やってやろう! 

 と、思ったが時間を見ると二十三時。バチクソの深夜じゃないか。こんな夜分に女の悲鳴が(如何に濁点ばかりのクソゲロスクリームであっても)響き渡れば通報を慣行するお節介な人間も出てくるだろう。そうなればお縄は不法侵入しでかしてるこの馬鹿ではなく俺となる可能性が高い。裸の女の関節を極めてましたなど言った日にはその日から異常性癖者の仲間入りだ。大変遺憾だが現実的に状況を判断しよう。それ、左足リリース……お? 後退しこちらをジトと睨みつけてくるじゃないか。なんだやる気かコノヤロウ。


「信じられない! 馬鹿じゃないの!?」


「俺からしてみれば人の部屋で待ち構えてM字開脚で襲ってきたお前の方が信じられないんだが」


「男なんて股開いて迫れば即落ちちゃうんでしょ! ネットで見たんだから」


「ネットde 真実ご苦労様です。目は覚めたか? さっさと出てけ」


「うっわこいつマジで言ってんの!? このインポ野郎! 短小包茎クソ童貞!」


「近年インポテンツはEDと呼ぶそうだぞ」


「どうでもいいわ!」


 今にも噛みついてきそうだがこいつ、文句こそ言うものの一向に部屋を出ていきそうにないじゃないか。困ったな。さっさと一人になりたいというのに。仕方がない。ここは話でも聞いてみるか。ひとまず落ち着かせてから、穏便にご退室願おう。この手の女はちょっと優しくしてやればホイホイ言う事を聞くと相場が決まっている。ネットに書いてあったのだから間違いない。チョロ女一名ご指名入。哀れみマシマシでヨロシクである。


「だいたいお前はなんなんだ。快楽を求めている痴女なら他所でやってくれ。俺は忙しい」


 と、思ったがつい本音が出てしまった。悪い癖だな。


「そういうわけにもいかんのよ。実は私、サキュバスでして、上司に言われた相手の性を吸い取らないと戻れんのですよ」


「あぁ最近流行ってるよねメムメムちゃん」


「あ、私、世代的にりりむキッスの方がいいかも」


「お、なんだ。同年代か? いいじゃん。マリカーやる? 俺ドンキーね」


「あ、おもしろそー私キノピオ……てバッカじゃないのあんた! 少しは驚いたらどうかなぁ!」


「妄想だろう?」


「馬鹿にしくさって! いいだろう! 目にもの見せてやる! 刮目しておろがみよ!」


 お? なんだ? 羽と尻尾が生えてきたじゃないか。なんというステレオタイプな淫魔だろうか。クソウケる。


「どう!? これで信じたでしょう!?」


「あぁうん」


「ちょっと! もっとこう、あるでしょう!?」


「すまんな。死ぬほど疲れていて感情が湧かないんだ。また明日にしてくれ」


 疲れているのは事実だ。残業からの終電帰宅である。察してほしい。


「……キれたわ」


 以心伝心ならず。なにやら血管浮き出て殺意が伝わる。しかし、意気はいいが半裸だとどうも締らないな。あとなんだその鉄雄が腕生やす時みたいなモーションは。



「こうなったら最終手段! サキュバス族に伝わる先祖代々の秘術をご披露してあげる! 秘儀! オープンユアハート! この技は発動後! 永続的に対象者が最も性的興奮を覚える姿へ変化する事ができる!」


「遊戯王の効果文言みたいだな」


「余裕綽綽なのも今の内よ! この技を喰らった人間は例外なく骨抜きとなり命の危険さえ生じる絶技! できる事なら使いたくなかったけれど、あんたが悪いんだから!」


 お、なんか暗黒球体が出現して取り込まれた。うーむ。様子がますます鉄雄っぽい。


 しかし面白い。果たして俺はどのような女に性的な興奮を覚えるか、見てやろうじゃないか。


「さぁ! 見ないさい! これがあなたの望むドスケベボディよ!」


 暗黒球が霧散し、高笑いと共に女が出現! さぁ見せてみろ! 俺の望む姿を!





「……変わってないんですが」


「え、うっそ……あ、本当だ……」


 おいやめろどっから出したそのコンタクト。やめろこっち見んな。


「……もしかして、本当は私の事……」


 頬を染めるな気持ち悪い。


「残念ながら不正解」


 ボロン


 ズボンを脱いで息子を見せてやる。どうだ思い知れ。


「……おっきぃ」


「うるさい」


「でもなんで……いったいどうして技が発動しないの……」


「そりゃお前、俺が性的な興奮を覚えないからだろう」


「え? 本当にインポ?」


「いや、勃つには勃つんだが生理的要因であって、どうも、興奮というのが理解できないのだ」


「……」


「そういうわけだ。帰ってくれ」


「……無理なの」


「は?」


「無理なの! 一度オープンユアハートを使ったら! 相手の性を絞りつくすまで帰れないの!」


「え? 何その技。頭悪」


「帰して! 私のお家に帰してよぉ!」


「あの、騒ぐのはやめてくれません? とりあえず、マリカーやる?」


「う“わ”ぁ“ぁ” ぁ“ぁ” ぁ“ぁ” ぁ“ぁ” ぁ“ぁ”ん“!」


 まったく困った。さて、これから、どうしようか……

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