第3話 食市

日課が終わった私はベッドにグダーっと寝そべりながら、暗闇ノ渦に手を突っ込んで手慰みをしていた。暗闇ダークネスは何でも入るし、好きな時に好きな物を取り出すことができる、倉庫のようなものだ。


さっきのドラゴンの火炎もこの中に入っているが、とくに中のものが焼けるとかはない。試したことだが、物同士は干渉しないみたいだ。ただ、食べ物と生き物は何故か入らなかった。理由は不明。


「ん〜……お腹すいたな。……食市でも行こうかな」


時刻は17時過ぎ。宿の食事時間より早いけど……。

まあ、女将さんに言ってから出掛ければいいよね。




「あいよ! きぃつけて行ってきな!」


そんな言葉を背中に受けながら私は宿を出た。あの女将さんは私みたいな怪しい鎧の人間でもあんな態度だから、とてもいい人だ。


他の宿屋は私の風貌を一目見て、大抵は震えてお断りするか、やたら値段を釣り上げてくる。勘弁してほしい。

だから、私を受け入れてくれた女将さんにはとても感謝している。



……え? 鎧を脱げ?

……いやです。


だって、恥ずかしいじゃん。子供の頃のメンタルに戻りたい……!




それから私は影鎧を纏いながら食市に向かう。


「……」


私にぶつかる視線や感情は、大体二種類ある。……畏怖か尊敬、そのどちらかだ。


冒険者の殆どは私に尊敬の感情を。その他の知り合い以外の一般人は畏怖の感情だ。


もうこの街に来てそこそこ経つが、未だにこの視線や感情には慣れない。怖がるのはわかる。私の見た目が悪すぎるから。


けど、そんなキラキラな視線を向けられる意味はよくわからない。やはり冒険者は強さが全てなのかな……?


なんて考えながら割れていく人波の中を歩いて数分、食市に辿り着く。



食市とは何か。大抵の大きな街や都に存在する食品や料理を販売している露店の集まりだ。食市って名前をつけたのは誰かは知らないけど、正式名称はないのだ。


私はなんとなく食市と呼んでいる。

その食市に着いた私は早速とばかりに馴染みの店へ立ち寄る。


『おじさん。その魔鳥の焼き串二つください』


「おっ、黒騎士じゃねぇか。今日はやけに遅いんだな。ちょっと待ってろ」


いつもは昼過ぎに買いに来てるから、たしかに遅い。


この香り。甘いタレが絶品の魔鳥の焼き串。一本銅貨2枚というとてもリーズナブルな値段。ちなみにただの硬いパンは銅貨1枚ほど。うん、安い。


少し待っているとおじさんが串を二つ渡してくれる。どっちも焼きたてで、とてもいい匂いが漂ってくる。


「ほら、焼きたて二つだ。火傷すんなよ?」


『……ありがとう』


お礼を言ってから私は銅貨を4枚渡した。

おじさんはニカッと笑って「まいどあり!」といってくれた。




そのあと、私は何件か馴染みの店を訪れて幾つか食べ物を買い、食べ歩きながら次の目的の店へ向かう。……結構食べたが、動くから問題なし。



目に写ってくるのは、古ぼけた看板を掲げた一件の店。露店ではなく、しっかりと店を構えてはいるが、少し年季が入っている。


この店の店主が言うにはそこがいいらしい。

まあ私も分からなくもないから、適当に頷いていたら何故か気に入られた。


店の中を覗くと、少しカビ臭く、そして紙の匂いがする。木箱の中いっぱいに丸められたスクロールが突っ込まれており、それがいくつもある。


ここは所謂、スクロールショップだ。特にこの店は魔法系のスクロールばかり揃えている。普通は違うらしい。ここの店主が変わっているのである。


『……いますか』



普通の声量でたずねる。すると--



「んぉ……おー、黒騎士ちゃん、きましたか」


なんだか眠そうな声が聞こえたが、これがデフォルトである。返事をしながらヨロヨロと姿を現したのは、この店『魔の館』の店主である女性だ。



「やー。久しぶり、一週間ぶりくらいかね? ……ふぁ〜。さっき起きたばかりなんで、すまんね」


そう言いながら彼女はとんがり帽子を被り、ボサボサの長髪を無理矢理抑える。


紫の長髪に、豊満な肉体はとても大人な色気を醸し出している、とんでも美人なのです。

お名前はリネスさん。この店に来て最初に名前を教えてもらった。


「ふぁ〜……ねむ」


……だが、見てわかるように、怠惰な生活をしているせいで髪はボサボサ。常に表情はボーッとしており……いわゆる、残念美人。正直勿体ないと思ってるけど、私なんかが指摘しても変わらないと思う。それだけめんどくさがり屋なのだ、この人は。


『例のスクロールは入荷しましたか?』


この店に来ると、必ず私はこう口にする。


それに対してリネスさんは--


「--くふ、あるよぉ……黒騎士ちゃんが納得するやつ入ったよぉ……」


口角を上げ、怪しげな笑いを漏らして、そう言ったのでした。……相変わらず怪しさ満点な人でした。

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