第4話 幕間 小さな私と聖女様

--きっかけは些細なものだったと思う。



「おかーさん! いつもの!いつもの読んで!」


「ハイハイ…ほんとにレイラは聖女様の物語が好きねぇ」


それは私がまだ5歳くらいの時。


母は毎夜毎夜、私にいろんな物語を聞かせながら寝かしつけてくれていた。その中で私が特に気に入ったのは、『聖女と勇者の冒険譚』だ。


その夜も私は就寝時間がきてるにも関わらず、興奮を隠さず母におねだりした。そんな私を見て母は少しの呆れと、愛情たっぷりの表情で私を笑った。


「今日はどのあたりから話す?」


「んっとね……じゃあ、勇者さまが聖女さまに助けてもらう話!」


「わかった……んんっ。--勇者様と聖女様が次に辿り着いた村では、病気が沢山の人を苦しめていました」


母が物語を語り始めると、私はいつもワクワクしていた。母の語りは上手かった。キャラクター毎に声の調子を変えたり、話の間の取りかたが上手だった。けど、それ以上に幼い私がそのお話が好きだったのも多分にある。



「--遂に病気の原因の魔物に勇者様は辿り着きました。勇者様は言いました……『お前が病気を起こしたせいで、村人が悲しんでいる。だから、僕は勇者としてお前を倒す!』 ……勇者様は華麗に聖剣を振り、魔物に立ち向かいました。けれども、勇者様は戦いの中で倒れてしまいます」


そこで母は私の様子を見ていつも小さく笑うのです。


「……つづき、は…ぁ?」


幼い私は睡魔に勝てません。半分微睡ながら私は物語の続きを求めました。


「……勇者様が倒れたすぐに、聖女様もやってきます。倒れた勇者様を見て、聖女様は祈りました『貴方が倒れたのなら、私は祈りましょう。魔物よ、聖女の祈りは助けの祈り』--その聖女の祈りのお陰で勇者様は立ち上がり、魔物は苦しみました」


「やっぱり、聖女様はすごいんだぁ……」


半分寝ている頭で私はそう答えながら母の語りを気持ちよく聴き入り--




「こうして、勇者様と聖女様は村人達からお礼を言われ、次の場所へと向かったのでした……あら、寝ちゃったわね」


--そんな声が、最後に聞こえていた気がします。





これがきっかけと言えばきっかけなのかと思う。

けど、そのきっかけがさらに憧れへと爆発したのは、私が8歳の時に起こった出来事が原因だと思う。





「聞いたかレイラ! この村に、聖女がくるらしいぜ!」


「え、えーっ!?」


「こらジン。聖女『様』だよ」



聖女来訪。それを伝えてくれたのは、幼馴染の一人である赤髪の短髪を乱雑に整えたジンだ。

よく私に悪戯をしてくるけど、根は優しい子供。よく私と喧嘩するけど、ちゃんと仲直りもする。


そのジンを注意した子供が、私のもう一人の幼馴染。

緑髪と知的そうな顔立ちの子供、ハルだ。


ハルは私とジンが喧嘩をするといつも間に入って仲裁してくれる、同年代より大人びた子供だった。……礼儀に煩いのが、私はちょっぴり嫌だったけど。



「せ、聖女様がなんでこの村に?」


その時の私は興味津々にジンに尋ねていた。


「んーとな。確か親父が言ってたのは、『旅の聖女様が儂の村に来る予定じゃ。丁寧にもてなすんじゃぞ』って、村の大人たちの集会で言ってたぞ」


ジンはこの村の村長の息子だ。大人達の集会も村長宅で行われる。たが、ジンは参加を許されてはいない。が、コッソリと内容を聞いては、この二人に伝えて話していた。


「旅の聖女様が……」


「また勝手に集会の内容を……それで、ジンはどうしたいの?」


ハルは溜息を吐きながらジンにそう聞いたけど、ジンはわたしを指差し、


「いんや、俺よりもレイラだろ? いっつも聖女様聖女様うるさいじゃん」


「わ、わたし!? わたしは……嬉しいよ?」


「……ジンはレイラに聖女様と話をしたいかどうかを聞きたいんじゃ?」


「そうそう!」


その言葉にわたしはポカンと一瞬呆けた後、すぐ慌てたように腕を上下に振る。


「い、いいよぉ! わたし、子供だし……それに、聖女様も忙しいかもだし……」


語尾がどんどん小さくなり、顔を俯かせる。


「まー多分、聖女は村に入ってくるけど、すぐ俺ん家に泊まるだろうなー。豪華なもん、親父くらいしか持ってないし」


ジンが言いたいのは、旅人を宿泊させる相応しい寝具や、対応が出来るのは村長宅しかない、と言うことだ。幼い私はその言葉にモヤモヤしたが、納得もしていた。


「けれど、聖女様も人だよ。少し散歩したいって言うかもしれないよ?」


そう言いながらハルは私をジッと見ていた。その視線を受けて私は二人の顔を行き来し、小さく拳を握った。


「わ、わたし……聖女様とお話したい!」



意を決した私の言葉を二人は笑顔で頷き、喜び--



--そして、ハル主導の元、私ことレイラと聖女様を会わせる『聖女様お散歩作戦』が練られていった。

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