無視と恐怖と神隠し
犬丸寛太
第1話無視と恐怖と神隠し
僕は神社が好きだ。海辺でも山間でも閑散としていても賑わっていても。それぞれ良さがある。
五月の中頃の良く晴れた平日。お気に入りの神社を目指して原付バイクにまたがる。
こいつは叔父が半ば捨てていったもので機嫌が悪いと小さくぷすんと鳴いてそれきり動かなくなる。きちんとメンテナンスをすれば良いのだけど、だましだましでも動けば僕にはそれで上出来だ。
目的の神社は山間の小さな神社だ。この神社は非常にアクセスが悪く道路は一本道で狭く、おまけにまともに整備されていない。
梅雨の時期は毎年と言って良いほど土砂崩れを起こして通行止めになる。
だから今日を逃せばしばらくは行けなくなるだろう。
そんな立地にあるからなのかこの地域には神隠しの伝説がある。
この神隠し伝説というのが他よりちょっと妙なもので、それは「あるルール」があるというところだ。ルールといっても単純なもので年に一回誰かが参拝しないと誰かが神隠しに逢うというものだ。
かなりあやふやなルールだが、要するに道路をきれいに保ちなさいという教訓のようなものが根底にあるのだろう。ちなみに神隠しに逢った人は二日か三日後くらいに必ず泥だらけで帰ってくるのだそうだ。
きっと土砂の片づけをさせられていたのだろう。なんともはた迷惑な神様だ。
そんな神様に思いを巡らせている内に目的の神社へたどり着いた。
丁寧に参拝を済ませ僕はお気に入りの場所へ腰を下ろした。
コケにまみれた石造りのベンチに座りここで遅めの昼食をとるのが僕の恒例だ。
石のひんやりした感触、降りそそぐ木漏れ日、吹き降ろす風。この場所を作る全てがやがて来る夏を思わせ、僕は心が躍った。
さて、ひとしきり神社の空気に浸ったところで帰り支度を始める。
ここまでくる道には気休め程度の明かりしかなく、それも機能しているどうか怪しい。日が暮れる前に山を下りなければ。
辺りの景色がぼんやりとし始めた頃、例の音が聞こえた。
ぷすん。
「困ったな。」
がたがたの道を走らせたからなのか相棒は機嫌を損ねてしまったようだ。
仕方がないので親に迎えに来てもらおうと電話を取り出した瞬間だった。
ごろごろと鈍い音が前方から響いてきた。
ついてない。今度は土砂崩れだ。そういえば昨日は雨だった。
町まではそう遠くない。一人なら何とか土砂の合間を縫って先へ出られるだろう。多少歩くことになっても致し方ない。
道路わきにバイクを寄せて土砂に近づこうとした時また土砂が崩れてきた。今度は先ほどのような音はしなかったがガラガラと音を立てながら転がる石を見て僕は完全にビビってしまった。
僕が土砂を越えようと近づいた瞬間また崩れ出すんじゃないだろうか。気づけば日は落ちすっかり辺りは暗くなっていた。
辺りに民家などなくわざわざこの悪路を好んで通る車も無い。
どうしようもなく途方に暮れていた時、はっと気づいた。
そうだ、そもそも僕は携帯で親に迎えに来てもらおうとしていたじゃないか。
助かったと思いながら携帯を取り出し親に電話を掛ける。電話に出たのは無機質な録音音声だった。すがるような思いで画面を見ると圏外の文字が僕の恐怖を煽るように青白く光っていた。
どうする。どうする。
昼食をとってから随分経つ。空腹と暗闇の中でこのまま誰も助けに来てくれなかったらどうしよう。僕は心底恐怖していた。
パニックに陥りかけていたその時だった。
「毎年私を訪れてくれたのはお前だけだ。すまないことをしたな。」
声が聞こえたと思った瞬間、先ほどまで道をふさいでいた土砂がきれいさっぱりなくなっていた。
別の方向でパニックになりそうな僕にもう一度声が聞こえた。
「その乗り物は大切にしてあげなさい。無視とかダメ、絶対。」
それっきり声は聞こえなくなった。
呆然としていると、聞きなれたうなり声がかすかに耳に響いてきた。
相棒は機嫌を直していた。
飛びつくようにまたがって、急いで山を下りる。勝手にバイクが動き出したとか、なんか神様最後ちょっとフランクだったなとかどうでもよかった。
ようやくの思いで自宅の近くまでたどり着いた。もう自宅は目と鼻の先というところでまたあの音が鳴った。
ぷっすん。
なんだか怒っているように聞こえて僕は少し笑ってしまった。
「家に着いたらきれいにしてやるからもう少し頼むよ。」
戯れに話しかけてみてもご機嫌は斜めのままだった。押して帰れと言わんばかりだ。
自宅への道すがら相棒に話しかけてみる。
「助けてくれてありがとな。」
自宅の窓から漏れる明かりでよくわからなかったが、一瞬ライトが光った気がした。
バイクをガレージにしまいながらふと思いついた。もしかしてあそこの神様って無視されるのが嫌だから神隠ししてたのか?
やっぱりはた迷惑な神様だ。
無視と恐怖と神隠し 犬丸寛太 @kotaro3
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