5

 朝起きて自分の身体や髪を触る。ギトギト、ベタベタしていない。今後も身体は清潔に保とう。クシも無いので、手グシを通して整える。気づいたのだが、スカーレットの髪はグレーでは無く、シルバーだった。髪の汚れを落とせば綺麗な銀髪が見えた。生前、ファンタジーキャラの中で銀髪キャラが一番好きだった私にはとても素晴らしい発見だった。せっかくなので、髪を縛ろうと思ったが縛るものが無い。あたりを見回して良いものが無いか探す。スカーレットの部屋は倉庫なので、いらないものが沢山積まれていた。

「ロープか……」

 無骨な紐ロープを見つけて、指で摘む。まぁ、無いよりはましかもしれない。他に良いものが無いか探す。

「あ」

 古びた綺麗な箱を開けると中に布の切れ端や、包装紙、それからリボンが沢山入っていた。たぶん母のものじゃないだろうか。私はその中からリボンを取り出す。どれも短いが、髪を結ぶには丁度いい。私はそれを手に持って下におりた。

 台所で母が忙しく働いている。

「お母さん、このリボン使っても良い?」

 尋ねると母は私の手にのったリボンを見て首を傾げる。

「なにに使うんだい?」

「髪を結ぶの」

「あぁ、ずいぶん伸びたもんね。良いよ、使いな」

 あっさり承諾が貰えたので、私は部屋に戻って三つ編みを両サイドで編んでオレンジのリボンで結んだ。うん、悪くない感じだ。再び部屋に出て仕事を手伝った。


 仕事を終えると休憩時間に森に行く。

「にゃーん」

 どこからともなくやって来たフランが足に擦り着く。

「よしよし」

 私はフランの頭を撫でる。すると、少し遠くに小鳥が飛んで来る。それを見つけたフランは私から離れて静かにその小鳥の側に寄る。狩りをするフランを見ていると、飛びかかるのかと思った瞬間にフランは口から火を出して小鳥を丸焼きにして仕留めたのだった。捕まえた小鳥を咥えて私のところに戻って来るフラン。丁度いい焼き加減である。

「フランって火の魔法が使えるのね……」

 この世界では、動物達にも魔法の力が浸透しているらしい。

「私も使いたいなぁ……」

 フランの頭を撫でてため息をついた。


 それから次の日学校に行くと、クラス内の様子は多少変わっていた。いつも目元を隠している私が三つ編みして、小奇麗にしているのが奇異に見えるらしい。

「なに、その髪。かわいいと思ってるの?」

 気の強そうな女の子がやって来て、私の前に立つ。後ろに何人か引き連れている。

「かわいいかはわかんないけど、こうすると邪魔じゃないよ」

 私は三つ編みを摘んで首を傾げた。

「変な髪型!」

 女の子が私の髪を引っ張るので、私は彼女の顔をグーで殴った。すると彼女の鼻から血が出た。おもいっきり殴りすぎた。

「なによ!!」

 女の子は鼻を押さえて席に戻ってしまった。自覚はあるのだが、私はどうも丸く収めるコミュケーションが苦手である。頭の良い成熟した人間なら今の事態を、もっと円満に収められるのだろう。目に目を、歯には歯をで対応してしまう……。しかし、生前から私にはそんな能力が無かったのでひとまず自分の身を守る為にこの方法でやるしかない。そう思いつつ、血の付いた手の甲を拭った。

 魔法の授業で私は再びなんの成果も得られなかった。外に出て、みんなが木に向かって小規模な雷を落としている中。私は必死に指を振って、空振りし続けた。次の、土の魔法もからきしである。ドカドカと突起状の土をみんなが出しているのに、私は地面に手のひらを当てているだけで時間が過ぎた。もう絶望である。こんなに才能が無いなんて。

「では、今日は最後に水の魔法を試しましょう」

 ユーリス先生がみんなに水の入った銅のコップを渡す。

「良いですか、よく集中して水を動かしてみてください」

 芝生に座ってコップを見つめる生徒達。一人がコップの中から水を飛ばして空中に円を描く。するとそれを見て他の子達も後に続いた。そして、今回も唯一駄目なのはやはりスカーレットだった。スカーレットのコップの水面は静かで全く何も起きる気配は無い。

(なんで私のだけ何もおきないの!! 私だって魔法を使いたい!!)

 私は目を瞑って祈った。なんでも良いから魔法が使いたい!!

 すると、突然ボンッと大きな音がして私のコップから煙が出た。

「へっ」

 コップの水が空になっている。それに凄く熱くてコップを落としてしまう。

「おや」

 ユーリス先生が私の側にやって来る。コップを拾い上げて私を見る。

「どうやら蒸発させてしまったみたいですね。あなたが今使ったのは水の魔法ではなく、火の魔法ですよ」

 ユーリス先生が私の手にコップを返す。再びコップの中に水が注がれる。

「ですが、よくできました。さぁ、その調子で水の魔法も頑張りましょう。頭の中に動かす水のイメージを抱いて力を注いでみてください」

 私は先生に言われたように、目を閉じて水が宙に描く円のイメージを抱いた。しかし、だんだん頭の中が熱くなってくる。そして静かだったコップの水面は再び、大きな音をたてて一瞬で蒸発した。

 先生は笑っている。

「おやおや、むずかしいですね」

 先生は私のコップに水を注いでくれようとした。しかし、水差しの中に水は無かった。

「……?」

 先生は水差しを見て少し首を傾げる。

「ウィロス、そのコップを少し借りても良いですか?」

 先生は少し離れたところにいる生徒に声をかける。

「えー」

「えーじゃありません。ほら、貸してください」

 ユーリス先生が受け取ったコップを私は手渡される。

「いいですかスカーレット。今度はこのコップの水を蒸発させるイメージを持ってください。さぁ、やってみて」

 私は手渡されたコップを見て、水が蒸発するように祈った。数秒後、私のコップが音を出した後に、後を追うようにクラス中の子のコップの水が蒸発した。

「おやおや」

 先生は辺りを見て頬を掻く。

「スカーレット、あなたには特別授業が必要なようですね」

 先生は笑みを見せて私を見るのだった。


 この世界では普通の人間が魔法を使える。学校で魔法を教えるのは、一般の人間がその力を制御し使いこなす為だった。15才の成人の時までに、魔法が使いこなせなかったものは魔封じの枷を付けられて一生魔法が使えなくなるらしい。

 『特別授業』とはその中で特に力の強い人間に、魔法の扱い方を教える授業だった。その授業に呼ばれるという事は、ある意味誉れのある事でもあったのだ。


 私は先生に特別授業の日程の日を聞いて、家に帰った。学校に行く日が増えてしまった。母に話したら怒るだろうか。


 家に帰って母にその事を伝えると、意外にも母は怒る事は無かった。

「ちゃんと今の内に使いこなせるようにして貰うんだよ。制御できなきゃ、私みたいに一生魔法が使えなくなるからね」

 母にも思うところがあったらしい。そういうわけもあって、私は特別授業への参加を許可された。


 森へ行って、フランの頭を撫でる。魔法を使えるようになったのが凄く嬉しかった。するとガサガサと音がして、見覚えのある人がやって来た。

「また会ったね」

 クラビスが私に手を振る。そして私を上から下まで見る。

「髪型変えたかい? いいね、とってもかわいいと思うよ」

 さらっと、褒めた。きっと、この人モテるんだろうな。

「ありがとうございます。クラビスさんは今日もフィールドワークですか?」

「うん、この森はなかなか優秀で特に変わった虫をよく捕まえてね。研究が捗るよ」

 仕事が楽しいって、良いなと思った。

「ところでスカーレットちゃんにお願いがあるんだけど、いいかな?」

 大人のクラビスさんが、私になんのお願いがあるんだろうか。

「実はね、フランメキャットを見せて欲しいんだ。こんなに人に慣れた子は珍しいから観察できないかと思って」

 研究熱心な人だ。

「えっと、別に良いですよ。」

「本当かい? ありがとう!!」

「どうすると良いですか?」

 彼は鞄からスケッチブックと、絵の具を取り出す。

「とりあえず、そうして座っておいて貰えるかな。まずはスケッチをするね」

 彼はそう言って、私の足下に座るフランの絵を描き始めた。木炭で線を描いて、絵の具で色を塗っている。

「クラビスさんは、どこからいらっしゃったんですか?」

「僕かい? 僕は、コノート国だよ。」

 コノート国は確か、この大陸で一番大きい国だ。学問も進んでいるのだろう。

「いつ頃、帰るんですか?」

「んーまだ決めてないな。知りたい事はいっぱいあるし、本なら出先でも書けるからね」

 町から町に渡り歩いて、その付近の山や草原の生物や植生を研究して、それをレポートにまとめて本にしているらしい。国に原稿を送って本にして貰い、その本の原稿料で彼は再び旅に出る、の繰り返し。なんて自由な生き方だろうか。

「うらやましいです」

「根無し草だとよく言われるよ。学者ってのは普通、工房作って一つの場所に留まって研究するものだからね」

「どうすれば、そんな生き方ができますか?」

 虐げられて生きるスカーレットの為に必要な問いだった。

「……自分が好きで続けられて、その中で一番得意な事を見つけると良い。君が一番得意な事を見つけたら、あとはそれを伸ばすように努力するだけだ。僕は外に出て研究するのが好きだったから、最初は自宅の庭に出て虫や花のレポートを書いていたんだ。それから近くの森に行くようになって……気づけばこんな遠いところに来てしまった。」 

 私は頷く。

「私も見つけます。自分の一番得意なこと」

「うん、そうすると良いよ。それはきっと、君を想像もしないような遠くまで運んでくれるから」

 スケッチの終わったクラビスさんはお礼に私に3000ギルもくれた。また、フランの観察をさせて欲しいとの事だった。


 家に帰って藁の布団に入って、私は暗い天井を見る。スカーレットの好きな事、得意な事ってなんだろう。



つづく




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