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 次の日は学校に行った。スカーレットが十才になった年に、この国の子供は最低週三日は学校に行く事が義務付けられるようになった。その義務が守られない場合、厳しい処罰が親に行く為、親達は仕方なく貴重な労働力である子どもを学校に行かせた。しかし全く勉強に付いて行けないスカーレットは、いつも教室で俯いていた。本来は週五日あるはずの学校に、三日しか行けていないのが問題だ。それからまともに勉強の出来る環境では無い家と、教室内に虐めっ子達がいるせいで彼女は萎縮してしまっていた。成功体験を全く積み重ねられていない彼女が更に落ちこぼれていくのは仕方の無い事だった。こんなストレスフルの環境で生き続けたスカーレットは本当に偉い子だ。

 私は学校に行って、机に座る。わいわいと騒ぐ子供達の声を聞きながら、持って来たノート代わりの小さな黒板に白いチョークで字を書いてみた。そして、そのミミズののたくったような字に顔を覆う。私には高校生の頃の記憶があるが、この世界の言葉は知らない。書き文字だって、当たり前のように知らない。なら、私はスカーレットが今までどうにか覚えていた技能しか持っていないのだ。しかしとりあえず最低限、字は書けるらしい。あとはお手本を見ながら綺麗な字を学んでいくしかない。そんな事を考えていると私の頭に何かがぶつけられる。あたったのは小さなチョークだった。拾って、あたりを見たがクスクスと子供達は笑うだけで、誰が犯人かわからない。このクラスの子達は大半がスカーレット虐めを楽しんでいるようだった。

 ガラガラと扉が開いて先生が入って来る。私は黒板の字を消して、先生を見た。


 授業は思ったより簡単だった。ここのクラスは一年生なのだから当然か。これから勉強の基本を学ぶ場所なので、私にとってはタイミング的にありがたかった。ついて行くのに問題は無さそうだ。授業は特に歴史の授業が興味深かった。この世界の成り立ちを全く知らない私にとって、目から鱗の内容が多い。休み時間に、スカーレットの歴史の教科書を最初のページから読んだ。

『はじめに、竜の涙がありました』

 どうも、この世界は"神話"から未だ抜け出していない世界のようだ。神話の後にちゃんと人との王族同士の歴史が綴られるのだが、その王族も三〇〇年以上生きていたりして凄くファンタジーである。

 休み時間が終わって先生が入って来る。

「みなさん、元気にしていましたか」

 おっとりした先生がにっこり笑う。この先生は、ユーリス先生と言って長い黒髪の男性の先生だった。

「では、魔法学の授業を始めます」

 そうこの世界は『科学』の代わりに『魔法』が発達した世界なのだ。


 先生が黒板に今日使う魔法の仕組みを書いて、説明して行く。私はそれを見ながら、眉を寄せた。向こうの世界で魔法なんて使った事が無い。こんな風に系統立てて説明されても、理解は難しい。

「というわけです。では、やってみましょう」

 そう、とにかく為せば成るである。何事もやってみなければ。私は配られた植木鉢に手をあてて、エネルギーを送り込むイメージをした。先生いわく、そうすれば花が咲くらしい。しかし、それって結構難易度高い魔法なんじゃないか?

「咲いた!」

 私の席の隣に座った女の子が歓声をあげる。

「オレも!」

 彼女につづいて、クラス中に次々花は咲いた。最後まで咲かなかったのは私だけだった。

「あまり気を落とさないでくださいね。魔法には向き不向きがありますから」

 ユーリス先生がスカーレットに声をかける。しかし、それではクラスで唯一、花を咲かせられなかったスカーレットには魔法が全く向いていないという事ではなかろうか。『魔法が使える!』と内心わくわくしていた私はしょんぼりした。


 授業が終わった帰り道に、『臭い奴がいるぞー』と言われて石を投げられた。小石だが当たると痛い。痛いので投げ返した。投げた石は誰かの頭に当たって、続けて石を投げると子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。

 私は自分の格好を見た。確かに汚い。スカーレットの母は、スカーレットの格好を整えてくれるような事は無かった。スカーレット自身にも自分の身辺に気を使う余裕は無かった。

「少し綺麗にした方が良いかな」

 人間見た目で判断して来る人はいる。特に自分を大切にしない人間は、他人も大切にしなくて良いと捉える。

 私は家に帰るとまず手伝いをする。一通りの手伝いが終わって夕飯を食べる頃には、外も暗くなっている。私は寝る前に、下の川で服を脱いで身体を洗い始めた。冷たい川でざぶざぶ髪と身体を洗って、汚れを落とす。べとべとした身体から油と汚れが流れて綺麗になった。本音を言えば石鹸が欲しいのだが、まぁ水洗いでもいくらかマシだろう。

「くしゅん!」

 川で身体を洗うのは寒い。今が、春寄りの気候で良かった。

 川から出て、布で拭いて服を着た。スカーレットはいつも三日以上服をかえなかった。それと言うのも、母が洗濯をいつも三日に一回しかしなかったからだ。私は着ていた服を川で洗い、外のロープに干した。髪は自然乾燥に任せるしかない。

「不便だなぁ」

 かつての便利な世界が懐かしい。





つづく

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