《おしまい》
神有月ニヤ
おしまい
悪夢から目覚めた朝は、大抵汗をかいていたり、パッと目が開く事が多い。そして数時間は覚えているのに、一回忘れると内容は思い出せなくなってしまう。しかし、俺は違う。いくら怖い夢を見たって、不思議な事に恐怖で汗をかいたり、パッと目が覚めたりせず、最後まで見ることができる。
そして今日、夏だからと言って安易に怖い話が教室を蔓延はびこる中、俺は朝の始業のチャイムをギリギリでかわして席に着いた。昨夜遅くまで勉強していた為にあまり寝れなかったせいか、授業中は心地よい眠りへと誘われた。気付いたら既に、昼休憩の時間だった。うちの高校は学食などというシステムがない為、昼は弁当を持参するか、登校時に買ってくるか、購買部で買ってくるかの3択。俺は登校時に買ってくる派で、今日はハムカツサンドとレタスチーズサンドだ。教室の自分の席でスマホをいじりながら食べていると、女子達の会話が聞こえてきた。
『ねぇ、噂の動画観た?』
『何ていう動画だっけ?』
『【おしまい】っていうタイトル。観たら夢に《追跡者ついせきしゃ》が出てきて追い掛け回されるんだって〜』
『何が、おしまい、なの?』
『さぁ〜・・・。私も観たことないし、その追い掛けられてる人の人生が終わっちゃうとか?』
『まっさか〜(笑)そんなんで人が死んだら今頃大ニュースだって!』
『それもそうよね(笑)』
動画の話か。そう言えば何となく聞いたことがある。とある動画サイトに投稿された【おしまい】という動画。内容は人から聞くと様々で、ただアニメのエンディングを流しているだけだとか、動物の最期を看取る動画やら、画面がブラックアウトするウイルスの類だとか・・・。今女子達が話していた内容も噂の1つで、観たら《追跡者》なる者に夢の中で追い掛けられるという。《追跡者》とは何なのか明言された事はないが、これもまた髪の長い女性だとか、おじさんだとか、その容姿は様々だ。
馬鹿馬鹿しい・・・。
そんな都市伝説、今時テレビでも取り上げないぞ、と思いながら、残りのサンドイッチを口へ放り込んだ。
そしてその夜。
晩飯も風呂も済ませて自室で宿題を終わらせた頃、おもむろにパソコンを起動させて動画サイトを開いた。信じているわけではないが、気になる。今まで都市伝説なんて自分に関係のないものだと思っていたが、こうも身近にあるもので解明できそうだと考えると実行してみたくはなる。検索するタイトルは、やはり、【おしまい】。
あれ・・・?そんな動画、無いぞ・・・?
驚くことに、巷で噂の【おしまい】というタイトルの動画は存在しなかった。それを含むタイトルの動画は何本もあれど、【おしまい】だけの動画はどんなにスクロールしても見当たらなかった。
何だ、やっぱり都市伝説か。
少し期待していた。動画サイトのトップページに戻るボタンをクリックすると、動画が更新されたのか、トップページの1番上に【おしまい】のタイトルだけの動画がそこにはあった。
投稿時間、0分前。動画再生時間、10秒・・・?
あまりにも短い動画の時間に、一度は胸が高まったものの、すぐに期待は薄まった。何故なら、今まで聞いた【おしまい】の、人から聞いた内容のどれにも当てはまりそうになかったからだ。しかし気にはなる。俺は好奇心の赴くままに、動画のタイトルをクリックした。
・・・何だ、この動画。
ディスプレイに映ったのは、やはり人から聞いた内容はどれも当てはまらず、女の子が口笛を吹いている動画だった。しかもかなりの下手くそ。動画の長さもあり、ド・レ・ミの3音しか聞き取れず、そこで動画は終わっていた。
しょーもな・・・。
パソコンの電源を落とし、俺はベッドに寝転んだ。そこそこ良い時間だったので、そのまま寝てやろうとスマホを充電器に挿し、目を瞑った。眠気が意識を奪うまでに、時間はそうは掛からなかった。
・・・・・・あれ・・・?
肌が妙に外気に晒されている感覚に陥った。風が心地いい。目を開けると、そこは夜の公園だった。街灯だけが辺りを照らし、遊具が影になって気味が悪い。昼と夜で表情を変えるこの公園の通称は『オバケ公園』だ。小さい頃、夜に入ってはいけない、と言われ、明るい内は若い親に連れられて遊ぶ子供が目に付くが、夕方にはほとんど誰もいなくなる公園ということで、地元ではちょっと有名だった。
「何で・・・?」
自分がいるところを整理し直す。今俺がいるのは細い路地。公園内でも割と隅の方で、そこから遊具方面に向かうと一気に視界が開ける。大きな網目の排水溝が目印で、そこから芝生が広がり、1番上には名物の大きな滑り台があった。その場所には街灯が一本だけ立っており、誰かその下にいようもんなら幽霊と見間違えそうだ。
「流石に怖いな」
と肩をすくめて辺りを見渡していると、遠くから走ってくる音が聞こえた。明らかに人だ。根拠は二足歩行特有の走行音、乱れた吐息、そして極め付けは、一瞬街灯で照らされた姿だった。髪が長い女性のようで、白地に赤い水玉のような模様が付いたワンピースを着ていた。しかし派手に泥で汚れ、何故か裸足だった。
「裸足でランニング・・・?いや、おかしい」
目測で約50m程先から走ってくるワンピースを着た女性には違和感があった。裸足であること、走るには不向きな格好、そして、何かから逃げるような必死な形相。俺はその女性を目で追ったが、気付けばすぐそこまで来ていた。
「助げでぇ!!!!お願い゛、た ず げ で!!!!」
女性はしがみついた。泣きながら跪き、必死に懇願するように、俺の腹に顔を埋めて助けを求めた。訳も分からない状況に、俺は頭の中が真っ白になった。近くで見ればなお、そのボロボロになった足や、服の様子が見えてきた。長く何かから逃げてきたのであろう、石や道端に落ちているモノで切った足の裏。白地の服の赤い水玉模様に見えたモノは血が飛んだ痕だった。そして上げた顔に、俺は息を飲んだ。左の下まぶた付近が真一文字に深く切られており、そこからおびただしい量の血が流れていた。他にも数え切れない傷跡が身体中に見えた。
「え・・・?血・・・?助けるって、何から・・・?」
しどろもどろな俺に、女性はただ泣き付くことしかできなかった。しかし何秒とも経たない内に後ろから近付いてくる規則正しい足音に気が付き、更に俺から離れて行こうと走り出した。
「あああああああ!!!!!いやあ゛あ゛あ゛!!!!!!」
俺から数m離れたところで、女性は後ろから何者かに髪を掴まれてしまった。相手は男のようだ。スーツを着用し、顔は影になっていてよく見えないが、ガタイはそんなに良くない。
「お、おい、お前何してんだ!!」
肩を掴んだが、そいつは振り返らずに女性の後頭部を掴み、近くにあったコンクリートの壁に女性の顔面を激しく擦り付けた。
「ぎゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!!!!!」
コンクリートの壁には、30cmに渡って擦り付けられた事により着いた血痕が生々しく掠れていた。悲痛な叫びに、俺は思わず目を背けてしまった。
「もぅ・・・ゅるじで・・・」
女性の声は、聞き取れない程小さくなっていた。泣きじゃくる力ももう残っていないのか、手がダランと垂れており、目からは正気を感じられなかった。
「・・・け、警察・・・!!」
俺は明らかに異様な出来事にスマホを取り出し、通報しようと画面をタップしたが、何故か画面は真っ暗なままだった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・・・・!!!!!!!!!!!」
今までとは違う叫びに、思わず顔を上げた。低く、無理やり絞り出したような不快な叫び声。視線の先の光景は、俺を釘付けにした。先程の男が女性の首を両手で掴み、網目の排水溝に向けて、左の下まぶたから血が激流の如く出るように力の限り搾り上げていたのだ。体を痙攣させ、次第に女性は沈黙した。
「ひっ・・・」
警察を呼んでいる暇なんてない。自分も殺されるかもしれない状況に、逃げ出すしか考えが廻らなかった。
どれだけ走ったかは分からない。無我夢中でこの場から離れる為に全力で走った。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
振り返るが、奴はいない。と安心した時だった。
「君は、【おしまい】という動画を知っていますか?」
声のする方へ振り向くと、男が目の前に立っていた。
「・・・え?」
俺は腹に刺されたナイフを理解するのに、数秒を要した。
目がパチっと開き、体を勢いよく起こす。そこは見慣れた部屋。
夢か・・・。
腹をさすり、傷口がないか確認する。あんな夢を見たのは初めてだ。腕を見ると鳥肌が立っている。残酷な夢を見たにも関わらず、体はお腹が空いたと催促した。リビングへ入ると、あれが本当に夢だったと、脳を現実へと戻してくれた。
「おはよう、今日は少し早いのね」
母の声に安心した。
「ところでさ」
聞き慣れた母の声に顔を向けると、再び鳥肌が、今度は全身に立った。
「【おしまい】って動画、知ってる?」
母は包丁を片手に、ニコリと笑っていた。
《お し ま い》
《おしまい》 神有月ニヤ @yuuya-gimmick
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