第522話 “ザコ”と呼ばないには理由がある
『あ、こっちから王の臭いがする!』
「僕じゃなくてアーレスさんの臭いを辿ってね!」
『? いつもアーレスから王の臭いがするよ』
『まさかあの女、私の弟の......』
どういうこと???
一緒に生活しているからかな?
現在、僕らは騎士団の屯所の方へ向かっていた。マルナが駆けやすいように街の中ではなく、街の周りを駆けているのだが、やはりアーレスさんはまだ屯所に居るらしい。
そうこうして目的地に辿り着くと、ちょうど屯所の前にアーレスさんとタフティスさんが居た。
僕はマルナから降りて二人の下へ駆けつける。
「タフティスさん! アーレスさん!」
「ちょうどいいところに来たな。坊主、ちっと面倒なことになった」
「はい。城で起こってる異変のことですね」
「む? ザコ少年君も知っていたのか」
僕は二人に事情を説明した。
「マジか......。昨日の今日でそれとはよぉ......ハミーゲの野郎、手が早ぇーな」
「手段はわかりませんが、ハミーゲには誰彼構わず洗脳できる力があるようです」
「ふむ。ならばそれらを無効にする力を持っている私と、精神操作されても身動きが取れるザコ少年君で城に向かった方がいいな」
アーレスさんの言う通り、僕は魔族姉妹に身体の支配権を渡せば問題は無い。妹者さんや姉者さんまで洗脳されないことが前提だが、もしもの時は闇の<大魔将>が僕を殺してリセットしてくれるだろう。
タフティスさんはそんな僕の奥の手を知らないはずだが、ここで問い質してくることはしないみたいだ。助かる。
タフティスさんが渋い顔をして口を開いた。
「にしてもマジか。よりにもよってアギレスがやられたか」
「?」
「ザコ少年君はアギレスのことをあまり知らないと思うが、彼は我々と同じく<
「はい、それは知ってますが......」
僕は今更だが、アーレスさんの物言いに違和感を持ってしまった。
アーレスさんは人をあだ名で呼ぶことが多い。
僕なら“ザコ少年君”、部下のザックさんなら“ザッコ”と自分から見て弱い奴にはザコと呼ぶのだ。
ではタフティスさんは?
彼は過去にアーレスさんと戦って引き分けた結果がある。故に“クソティス”という少し変わった呼び方をしていた。
じゃあ――アギレスは?
そんな疑問と共に、それは突然発生した。
王都上空全域に、無数の魔法陣が発生したのだ。それらは強い輝きを放ち始め、そこから何かが顕現する。
「っ?!」
『おいおい、なんだありゃあ』
「ちッ。アギレスの野郎、敵に操られているからってそこまでするか普通」
『なんですか、あれは......天使?』
姉者さんの疑問の通り、それは魔法陣から顕現した。
先の白銀色の鎧を纏う騎士と似て非なる者。なぜなら頭上には天使のような輪っかがあって、背には巨大な純白の翼を生やしていたのだから。
タフティスさんが言うには、あれは見たまんま【召喚魔法】で召喚した“天使騎士”というらしい。
天使騎士一体一体から感じる魔力量は凄まじく、離れていても唖然としてしまう存在感があった。
そうか。これが......アギレスの力なのか。
城で僕と戦ったときも、アーレスさんの家を襲撃してきたときも、アギレスの力の一旦でしかなかった。ほんの一部でしかなかったんだ。
そしてアーレスさんがアギレスを侮らないのは......。
僕はアーレスさんに向かって無配慮なことを聞く。
王国最強の女騎士に。
「アーレスさんは博士......アギレスに勝てますか?」
「......。」
彼女から返答は無かった。
いつものアーレスさんなら即答してくれるはずだが、それができないほど、アーレスさんとアギレスの実力差はそこまでない。
代わりにタフティスさんが答える。
「アギレスに軍配が上がんな」
「......。」
彼は続けた。
「つっても、こればかしは相性の問題だ。アーレスが“個”の力で最強とするなら、アギレスは“数”の力で最強。時間がかかればアーレスはジリ貧だ」
「その“数”の力は博士の【固有錬成】によるものが大きいですか?」
「それもあるが、単純にあいつの魔力量が化け物じみていやがる。あの空に浮かんでる騎士をアホみたいに召喚したまま数日間戦うこともできんぜ」
マジかよ......。
当然、数の暴力はそのまま戦法が広がることにも繋がる。対してアーレスさんは魔法を使わない限り最強の肉体だが、“魔法を使えない”という条件付きだ。
アギレスの【固有錬成】にも何かしら条件があればいいんだけど、アーレスさんみたいに教えてくれる訳が無い。
そこで今までだんまりだったアーレスさんが口を開く。
「タフティス、貴様はあの天使騎士の相手を頼む。数を減らせば減らすだけアギレスの負担になるはずだ」
「それはかまわねぇが......あれは坊主を狙ってるみてぇだぞ」
タフティスさんの言う通り、天使騎士は僕らの方へ向かってきた。
マジか......。そりゃあ王都を襲う訳ないよね。無論、街中の人たちの騒ぎがここまで聞こえてくるほど、街は混乱の最中にある。
「どっちみち、俺がハミーゲの洗脳を食らって無事でいられるとは限らねぇ。てめぇに任せるしかねぇな」
するとタフティスさんは、今度は僕に向き直って言ってきた。
「が、アーレスはいいが、坊主、お前は駄目だ」
「え?!」
「あの天使騎士はお前を狙ってるって言ったろ。王都で被害を出したかねぇ。一旦、王都から出てくれ」
「ちょ、それじゃあアーレスさんだけ城に行かせるってことですか?!」
「とりあえずは、だ。その間にこっちでなんとか作戦立てっから」
「んな悠長なこと――」
と、僕が言い欠けてた、そのときだ。
僕の頭上にティアが舞い降りた。妖精の美少女が、その柔らかな臀部を僕の頭の上に乗せる。
「王サマ、こっちに向かってきてるあの騎士の大群をどうにかすればいいの?」
「え、うん、そうだけど......」
「ティアがやろっか?」
ティアの言葉に僕は一瞬驚くも、説明を促す。
「本当は王都ごとティアの【固有錬成】でぺしゃんこにした方が早いんだけど、それじゃあ駄目なんでしょ。ならティアがあの天使騎士を隔離する結界を張ってあげる」
「おいおい、妖精の嬢ちゃん、【召喚魔法】で召喚した天使騎士を隔離できても消失させて、また別の所に召喚させられるぜ?」
「チッチッチ〜。ティアの結界は【召喚魔法】のパスすら繋がったまま外界と遮断するから、天使騎士を強制的に消失させることはできないよー」
ま、マジか。ティアって思ったより優秀じゃないか。
「あ、王サマ、今失礼なこと考えてたでしょ」
ティアが僕の頬を抓ってくるが、アーレスさんはかまわず彼女に聞いた。
「その方法は天使騎士のみ隔離することができるのか?」
「そこなんだよね〜。天使騎士は王サマを狙っているみたいだから、王サマも一緒に閉じ込めないといけないんだよ」
『駄目じゃねぇーか』
いや、待って......別に僕本人が天使騎士の相手をしなくても済むぞ。
僕はティアにあることを頼んで、先に王都の外へ向かった。
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