第512話 盗人を捕まえたのに誤解

 「財布返してもらいたくて。やっぱ胸を揉んだだけで、全財産盗られるのは割に合わないかなと」


 『お前、女の胸揉んどいてその発言は最低だぞ』


 うん、自分で言っててヤバいと思った。


 現在、財布をスられた僕は、その全財産を返してもらうべく、盗人が居る場所へ【固有錬成】を駆使してやってきた。


 相手が僕という存在を意識から外すことで発動させることができる【縮地失跡】と【賢愚精錬】の重ね技を使ったけど......ここはどこかの路地裏だな。


 大通りに出ても人の気配をそう多く感じ無さそうな場所みたい。


 女盗人は外套を覆っていて顔すら見えないが、それでも僕とそう遠くない歳の少女だと確信を得ている。


 なんせ僕はこの人のおっぱいを揉んだから。


 僕は眼前の女盗人に手を差し出して告げる。


 「僕の財布、返してくれない?」


 「死ね!!」


 瞬間、少女の姿が掻き消えた。


 否、常人じゃ目にも止まらぬ速さで移動した彼女は、いつの間にか僕の頭上に居た。


 外套から見えたのは焼けた肌の小さな拳。無論、見た目通り少女の拳と捉えるのはよろしくない。直撃したら死ぬと見るべきだ。


 でも――。


 僕は即座に【凍結魔法:鮮氷刃】を生成して、その剣の腹で少女の拳を受けきった。


 「速いね」


 「?!」


 『【烈火魔法:火逆光】!』


 すかさず妹者さんが閃光を放ち、この路地裏を一瞬で真っ白な景色へと塗り替えた。


 当然、僕も久しぶりすぎて予想外の目眩まし攻撃に自滅する。


 「う! め、目が!」


 「ぬおぉおお! 目がぁぁああ!」


 『あ、ごめ』


 『本当に学習能力がありませんね』


 すぐに妹者さんが【祝福調和】で僕の視力を回復させると、女盗人も蹌踉めいていた様子を見るが、もう僕を微かに視認できるほど回復していたらしい。


 「くそ! なんて卑怯な真似を!」


 「盗人が何言ってんの」


 「は盗人じゃない! え、えっと、お金が無いから貸してもらっただけだ!」


 『ぶつかった拍子に人の財布を奪ったことを正当化してますよ』


 『悪い奴だなー』


 ね。


 って、あれ? 今この子の一人称、“ガイアン”って言った? ガイアンってあの......傭兵旅団<龍ノ黄昏ラグナロク>の?


 思い返せば、声も背丈も記憶の中のガイアンちゃんと一緒じゃないか。


 「ちょ、ちょっと待って。君、もしかしてラグナ――」


 「ガイアンは捕まるわけにはいかないんだッ!!」


 刹那、女盗人――ガイアンちゃんが纏う外套が吹き荒ぶ風で捲れて、彼女の顔が晒される。


 ガイアンちゃんの額には黒光りする一本の角が生えており、少女が鬼牙種ということを表していた。


 そしてそんな少女は片手に自身の身長を優に超える大剣――【種族固有魔法:棍牙】を生成した。


 ちょ、こんな所で!!


 『鈴木!』


 「お願い!」


 妹者さんが僕に【祝福調和】を使い、相手との身体能力を互角まで引き上げてくれる。


 それに加えて、僕は全身を対象にして【力点昇華】と【賢愚精錬】を発動させ、必然的に相手より膂力が上回る状態と化した。


 ガイアンちゃんが霞むようにして消えた後、上段に構えた【棍牙】を僕に叩きつけてくる。


 対する僕は、両手を交差させてそれを受け切る。


 路地裏の地面が一気に抉れて、両端の建物の壁に亀裂が入った。


 「うらぁぁあああ!!」


 「ぬぅぅおおおお!!」


 やばい! 膂力だけで【棍牙】を受け切るの厳しい!


 くそ、ヴェルゼルクよりは弱いだろうなって思ってたけど、やっぱ鬼牙種は鬼牙種だ。ナメてかかったことを後悔するよ。


 が、僕はあることに気づいた。


 僕の足元の影の中に、赤い一つ目が輝いていたのだ。


 やべ、モズクちゃんが――。


 僕は慌ててモズクちゃんに向けて制止の声を上げる。


 が――遅かった。


 「ま、待って――」


 『......。』


 ヒュンッ。僕の足元から先の尖った真っ黒な槍のような影が真っ直ぐ伸びていき、ガイアンちゃんの両手を切断した。


 「......え?」


 ガイアンちゃんは何が怒ったのかわかっていない様子だったが、自身の切断された両腕から鮮血が舞う様を見て、重力の名の下、地面へと落下した。


 ガシャンという【棍牙】が地面を叩く音と、ドチャッという少女の切断された二本の腕。ガイアンちゃんは顔を真っ青にして、自身の先の無い両腕を見た。


 「あ、あ、あああ、あぁぁぁあ!!! ガイアンの腕――がッ?!」


 僕は即座にガイアンちゃんの頭を両腕で殴りつけ、気絶させる。


 息を荒らげながら、僕は眼下の少女を見下ろした。


 「はぁはぁ......やっちまったよ......」


 『いいや。おめぇーは正しい行動を取ったよ』


 『さ、今のうちにこの子の傷を治しちゃいましょう』


 『......。』


 モズクちゃんは黙ったままだ。元から喋らない子だけど。


 モズクちゃんは何度言っても、僕に危機が迫っていると理解すると独断で戦闘に介入してくる。


 さっきだっていくらでも他の手段に切り替えられた。魔族姉妹も居るから、もっと上手くやれた自信がある。


 でもまぁ、モズクちゃんは僕を心配して行動したからなぁ。可愛いなぁ......。


 それから僕はガイアンちゃんに【害転々】を使い、彼女の傷を僕が肩代わりして傷を癒やした。


 騒ぎを聞きつけた騎士さんたちが駆けつけてきたが、それよりひと足早くこの場を立ち去ることに成功する。


 僕はガイアンちゃんを連れてアーレスさんの家に戻るのであった。



 *****



 「「ま、マスターがまた新しい女を......」」


 「こ、ここまで来るとなんと言えばいいのかわかりません」


 「さ、さすがスズキ。我の予想斜め上を行く奴だ......」


 「ご、ご主人、飽きたら別の女に手を出す癖をどうにかした方がいいぜ」


 「......。」


 ロリっ子どものこの言い様。


 僕らが帰ってきた頃には、既に皆は食事をしている最中だった。今はガイアンちゃんをリビングのソファーに寝かせているのだが、暴れられても困るので、とりあえず両手両足を姉者さんの鉄鎖で縛り付けている。


 ガイアンちゃんは僕よりやや年下くらいの少女で、<龍ノ黄昏ラグナロク>の面々もそうだったが、他の団員と共通して灰色の髪と焼けた肌が特徴的だった。


 灰色の髪は肩より上で揃えられていて、小麦色の肌は張りがあってどこか艶めかしい。外套の下に着ていた物は露出の多い動きやすい服だった。


 ちゃんとその服の一部には<龍ノ黄昏ラグナロク>の団員である証の獅子の紋章が刺繍されていたのを目にする。


 同時に、ヴェルゼルクと戦った記憶も鮮明に思い出してしまう。


 まだアーレスさんは帰ってきていないのか、彼女とヤマトさん以外は全員この家に居るみたいだ。


 僕はルホスちゃんに向かって言った。


 「実はこの子、君と同じ鬼牙種なんだよ」


 「な?!」


 「以前、傭兵旅団<龍ノ黄昏ラグナロク>の話をしたでしょ? 業界じゃトップレベルの集団の一員なんだ」


 「ま、マジか......。ってあれ? スズキは前、その<龍ノ黄昏ラグナロク>がこいつを迎えに王都に来てるって言わなかったか?」


 そこなんだよね。ヴェルゼルクを埋葬した後、<龍ノ黄昏ラグナロク>は王国へ向かった。僕よりも先に、だ。


 なぜまだ合流してないんだ。


 とりあえず、ガイアンちゃんが起きたら事情を聞こう。


 それと僕は伝えないといけない..........彼女の仲間であるヴェルゼルクを殺したことも。


 僕はルホスちゃんに答えた。


 「僕もとっくに合流してると思ったんだけどね。実際は、ガイアンちゃんは今まで盗みを働いて生きてきたみたいなんだ」


 『それでさっき鈴木がスられたってわけよ』


 すると、ガイアンちゃんが呻きながら薄っすらと目を開けた。


 「うぅ......ここは......」


 「ガイアンちゃん、僕だよ。鈴木。以前、王都に行くまで一緒に馬車に乗っていた鈴木」


 「?!」


 ガイアンは僕の顔を見るなり立ち上がろうとしたが、自身の両手両足を縛られていることに気づかず、ソファーから床へと落下した。


 「はぐぅ」


 「だ、大丈夫?」


 「お、おま、お前! さっきガイアンと戦ってた奴!」


 「鈴木だよ。覚えてる?」


 「え?..................あ」


 「思い出した?」


 「う、うん。スズキの髪、真っ白ですぐにはわかんなかったけど......」


 彼女は僕の顔を凝視して、ようやく思い出してくれたみたいだ。


 ガイアンちゃんはなぜ自分がここに居るのかを思い出し、自身の両腕を見た。


 「あ、腕......ガイアンの腕!! 腕、無事だぁ?! あれ、え? 無事? え、無事? なんで???」


 ガイアンちゃんはすごく混乱していた。


 とりあえず彼女が落ち着くのを待っていたが、自分の身体が無事だと理解した後、彼女は僕をキッと睨んで言ってきた。


 「よ、よくわからないけど、スズキはガイアンを縛り付けて何をする気だ?! またガイアンの胸を揉むのか?!」


 彼女がそんなことを言うものだから、僕はこの後、ロリっ子どもに罵詈雑言を浴びせられるのであった。

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