第479話 酒場の出会いは程々に

 「ほんっとすいませんしたー!」


 「したー!!」


 現在、僕は人目を気にせず、ティアと土下座をかましていた。


 頭を下げている理由は、<最悪の王ワースト・ロード>の従者二人目である重騎士さんを騙していたからだ。


 別に僕は彼らが仕える王様でもなんでもないんだけど、少なくともティアは他の従者に黙って僕を王と称えたんだ。ここは一緒に頭を下げて謝るべきだろう。


 そんな重騎士さんの名前はノルというらしい。


 ちなみにインヨとヨウイはドラちゃんの異空間に遊びに行きやがった。あいつら、本当薄情。誰に似たんだか。


 「シュコー。理解できない。なぜオウは我々従者を避ける」


 「いやその......」


 「王サマはティアと添い遂げたいの。他の従者が居たら邪魔だから避けてたって感じ」


 違うよ。全然違う。


 ノルは灰色の息を吹きながら言う。


 「シュコー。オウはティアを愛しているのか?」


 「愛してるというか、ティアには色々と助けてもらったから無下にはできないというか......」


 「もう、王サマってば素直じゃないんだから〜」


 ティアが僕の頭の上に乗っかって、抱きついてきた。


 にしても参ったな......。まだノルがどういった性格かわからないけど、他の従者に僕のことを知らされたら本当に困るぞ。


 嫌だよ、よくわからない王様になるなんて。


 なので、僕は思い切って、図々しい頼み事をすることにした。


 「え、えっとノルさん」


 「シュコー。“ノル”でいい」


 「あ、じゃあ、ノル。できれば僕のことは黙っていてほしいんですけど」


 「シュコー。敬語も不要」


 話進まんな。


 「の、ノル。僕は気ままに過ごしたいんだ。お願いだから他の従者に僕のことは黙っててくれない?」


 「シュコー」


 「......。」


 ノルは何度か息を吐いた後、熟考するように天を見上げた。


 「シュコー、まずは見定めなければ」


 「?」


 「オウよ、まだ私はオウのことをオウと認めることができない」


 うん、本物の王様じゃないからね。認めなくていいからね。帰っていいよ。


 「故にオウの側に居て、オウが本物かどうかを見極めようと考えている」


 「ふぁ?!」


 「ちょ、さっきティアの話聞いてた?! 王サマはティアだけで十分って言ってるんだよ!」


 「シュコー。オウが本物でなければ、他の従者に知らせても意味が無い」


 「あの、僕についてくるってこと?! それはちょっと困るんだけど!!」


 「シュコー。ここで会ったのも何かの縁。オウよ。まずは仮だが、主従関係の契約を......」


 だ、駄目だ。こいつ耳ついてるのかって疑わしいくらい、人の話を聞いてくれない。


 ノルは黒い大剣を前に突き立てて、僕に誓ってきた。


 「我が身はオウの剣であり、また盾でもある。オウが命じれば、このノルが全てを得て来よう」


 瞬間、僕の右腕に淡い銅色の輝きを放つ痣が浮かんだ。


 いや、痣なんかじゃない。紋章だ。剣と盾が交差しているような見た目の紋章である。


 え、ちょ、もしかして......契約成立しちゃった?


 ティアのときは耳飾りだったけど、ノルの時は右腕に紋章を刻まれたんですけど。


 僕の身体、どんどん変えられていくんですけど。


 「あの、これは......」


 「シュコー、契約だ。これでオウがどこに居ても、位置を特定できる」


 「......。」


 くそう。従者は全員こうなのか。僕の意思を全無視しやがって。


 「しばらく様子見だ。オウのことは伝えない」


 「お、王サマ、どうする? こう言っちゃなんだけど、ノルは頭が堅くて頑固だから、しばらくは他の従者にチクったりしないと思うよ」


 「う、うーん。でもノルの見た目じゃ目立って仕方無いよ。他の従者もノルを見つけたら、芋づる式で僕の存在もバレちゃうじゃん」


 「シュコー。私の見た目を気にしているのか。ならばこうしよう」


 するとノルは前に突き立てた大剣を、再度、ガキンッと甲高い音を立てながら地面に突きつけた。


 途端、ノルはその身を霧化させて、その霧が僕の右腕にある紋章に吸い込まれるように消えていった。


 え、ええー。


 『シュコー。これで文句はあるまい』


 「......。」


 なんか僕の身体、渋滞してきたな......。


 僕は呆れて、従者二人に向かってこんなことを言うのも憚られるが、言っちゃうことにした。


 「はぁ。今更だけどさ、なんで二人は僕なんかにそこまでこだわるのかな。どう見ても僕は君らの王様には見えないでしょ」


 『え、そう? ティアは最初に触れ合ったときにビビッと来たよ』


 『シュコー。私もぶつかったときに感じた』


 おおう、無闇に接触しちゃいけないってことね。


 僕は深い溜息を吐きながら、買い物の続きをするのであった。



 *****



 「やべ、またヤマトさんのこと忘れてた」


 『あ』


 「「マスター、家から脱走した猫を探す気分だと告げます」」


 僕は思うんだけどね、それは飼い主にも非があると思うんだよ。


 僕がそんなことを思っていると、右肩に腰掛けているティアが言った。


 「ねぇ、ヤマトってあの戦いのときにインヨちゃんたちと飛んできた黒い虎のこと?」


 「そうだよ。一応、神獣っていう存在なんだ」


 『“一応”って言ってやるなよ......』


 「ふーん?」


 『ほほう。神獣とはまた珍しい。シュコー』


 ちなみにノルは全身銅色の鎧姿で目立つから、僕の右腕に刻まれた紋章の中に入ってもらっている。


 ティアはまぁいいとして、ノルの言う“王を見定める”って何するんだろ。具体的に教えてくれたら、僕がそれをやらなければ王じゃないと理解して、見逃してくれないかな。


 そんなことを考えながら、買い物を済ませた僕は、もう夕食の時間帯なので、適当に近くの酒場に入ることにした。


 まだここは聖国の中だし、今晩もシスイさんに会おうと思えば会えるんだけど、あんな感極まるような別れ方をしてしまったので、雰囲気的にできない。


 大人しく飯を食って、明日の朝一で王国に戻ろう。


 「「うっ。マスター、ここは酒臭いと告げます」」


 「お酒の技術も発展したよね〜。一昔前と比べるまでもないよー」


 『オレ、ワイン飲みたい!』


 ロリっ子どもも飲む気なの? 絵面的にアウトだと思うんだけど。


 酒場に入ると、やはり酒場とは万国共通なのか、かなり人で賑わっていた。


 聖国と言えど、別に宗教的に飲酒を禁止しているとかではないので、普通に飲み食いしてるな。


 入店と同時に女性店員に声を掛けられた。彼女は子供二人を連れてきた僕というより、右肩付近に居る妖精のティアを目にして驚いていた。やっぱ珍しいのかな。


 女性店員に案内されてテーブル席に着くと、彼女は「子供にお酒を飲ませたらいけませんよ」と苦笑しながら注意を入れてきたので、僕は「もちろんです」と告げた。


 その直後、ドラちゃんがメニューにあるワインを頼んできたので、こいつは人の話を聞いていたのかって問い質したくなる。


 とりあえず、適当に注文しよ。


 「ティアはこのシチューにしようかな〜。ティア一人じゃ食べきれないから、王サマも食べて♡」


 「うん。二人はどうする?」


 「「......。」」


 「?」


 向かいの席に座っているインヨとヨウイに何を注文するか聞いたら、二人は後ろのテーブル席を見ていた。


 ガン見だ。ちょ、止めなさいよ。マナー違反だよ。


 僕が二人に注意しようとすると、自然と二人がガン見しているテーブル席に注目してしまう。


 そこには、


 「吾輩は神獣なのに......ひっく......神獣なのに......」


 「まぁまぁ。辛いことは飲んで忘れなさいな」


 テーブルに突っ伏している褐色肌の美女と、ブロンドヘアーの美女が座っていた。


 どっちも起伏に富んだスタイルで、奥側の褐色肌の美女は巨乳がクッションと言わんばかりに、テーブルにそれを押し付けている。


 そしてもう一方、向かい合うようにして座る、こちら側から見れば手前側のブロンドヘアーの美女が、そんな褐色肌の美女のワイングラスに酒瓶の中身を注いでいた。


 前者は誰か知らんが、聞いたことがある女性の声だ。


 後者は......。


 「れ、レベッカさん......」


 思わずその名を呼んでしまうと、先方がこちらへ振り返る。


 赤い顔を晒すレベッカさんと目が合った。


 「あら? スー君じゃない」


 僕は嫌な予感がするのであった。

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