第471話 鬼を穿つその刃は・・・

 「「うおぉぉおお!!!」」


 ぶつかり合うは、朱に染まる黒雷と、蒼に染まる白雷。


 白雷――ヴェルゼルクは鬼牙種たる所以の黒光りする角を生やし、【棍牙】を僕に振るう。


 対する黒雷――僕は【固有錬成:賢愚精錬】で極限にまで強化した【力点昇華】と【闘争罪過】で底上げした膂力から、双節棍になったインヨとヨウイを力任せに振るった。


 互いの武器が衝突し、大地が爆ぜる。


 衝撃が地面を抉った。木々を薙ぎ倒した。辺り一帯の地形は絶え間なく変わり続けた。


 「【固有錬成:円環ノ瞳】ッ」


 ヴェルゼルクの瞳に虹色の輪が浮かぶ。次の瞬間、真ん前に居たヴェルゼルクが視界の外、右方から跳んできた。僕の目の前には小石がある。それと自身の位置を入れ替えたのだろう。


 でも今の僕にはインヨとヨウイがある。


 二人となら対応できる。


 「ヨウイ!!」


 『はい!』


 双節棍、ヨウイの方をヴェルゼルクに向けて振るう。


 ヨウイもそれに合わせて“黒”の力を使う。


 ヴェルゼルクが初撃と同じく打ち合いに臨むなら、今度は僕がその打ち合いに勝つ。


 だって、“黒”の力は対象を必ず破壊する力だから。


 なのに、僕が横薙ぎに振るった双節棍は、


 「っ?!」


 ヒュンッと空を切った。


 僕の眼前にはまたも小石がヴェルゼルクと入れ替わるように出現して、重力の名の下、地面へと垂直に落下する。


 「こっちだッ!!」


 視界の外、背後に現れたヴェルゼルクが【棍牙】を振るい、僕の背を斬りつける。途端、僕の背から鮮血が吹き出た。


 「がはッ」


 『『マスター!!』』


 『くそ! こんなのこっちの攻撃を当てるどころか、まともに防げねぇじゃねぇか!!』


 僕を斬ったヴェルゼルクは今が好機と言わんばかりに踏み込んでくる。


 「おらおらおらおらおら!! おらぁぁあああ!」


 「くッ」


 どう見ても振り回すには重すぎる見た目の【棍牙】をまるで木の枝のように、鬼は乱暴に振り続けた。


 対する僕は踏み止まることができず、回避と防御を取りながら後退していく。


 まずい、“黒”の力を使えない。


 するとヴェルゼルクが大振りの次の一手として、僕の胸倉を掴み、腹部を垂直に蹴り上げる。身体が折り曲げられる。


 「ぐッ!!」


 「こんなもんじゃねぇだろッ! スズキぃ!!」


 そしてヴェルゼルクは胸倉を放して、僕の顎目掛けて下から拳を振り上げる。


 僕はそのまま膝を折ってしまい、地に倒れてしまう。


 それでもヴェルゼルクの猛攻は止まらない。


 鬼は【棍牙】を頭上に掲げ、僕に目掛けて一気に振り下ろす――


 「あばよッ」


 ――この時を待ち望んでいた。


 「かはッ......さよならはまだ早いんじゃないか、なッ!!」


 僕は【賢愚精錬】で地面の土を操り、ヴェルゼルクの利き足である右を狙って、その一点だけ土を盛り上げた。


 「っ?!」


 バランスを崩したヴェルゼルクの意識は一瞬だが、その不自然に盛り上がった足場へと向く。


 “僕”という個人に向けていた意識を切り替えてしまう。


 それが【賢愚精錬】で強化された【縮地失跡】の発動条件を満たす。


 僕はヴェルゼルクの真後ろに転移した。


 「後ろを盗られるのはどんな気分だよ!!」


 「このッ――」


 「ぶっ飛べッ!!」


 『『黒ッ!』』


 双節棍を振るう。“黒”の力を使った一撃は、ヴェルゼルクに回避を許さなかった。奴の【円環ノ瞳】による何かとの位置の入れ替えでは、僕の攻撃に間に合わないのだ。


 ガッ。ヴェルゼルクが横一直線に地面を抉りながら吹っ飛んだ。


 直撃だ。一撃必殺の、破滅の力だ。僕は“黒”の力の代償で、肋骨が何本か持ってかれたことを実感する。


 だというのに......。


 土埃が舞う中、人の影が映る。次第に一体の鬼がこちらへやってく様子が見受けられた。


 ヴェルゼルクだ。


 奴の手には刃が砕けた【棍牙】が握られていた。


 ......咄嗟に【棍牙】で受け切ったのか。


 でもヴェルゼルク本人も無傷じゃない。口端から血を流していて、全身傷だらけだ。上半身に纏っていた軽装の鎧も破壊されて、歴戦の騎士を思わせる屈強な肉体を晒している。


 そんなボロボロな姿になっても、ヴェルゼルクの闘志は冷めることを知らない。


 それどころか、更に滾らせている気すらした。


 鬼は獰猛な笑みを浮かべながら、眼光鋭く僕を睨みつける。


 「ははッ! そう来なくっちゃなぁ!!」


 ヴェルゼルクは手にしていた【棍牙】を捨て去り、両手を広げた。


 「もっとだ......もっと俺を愉しませろッ!!」


 瞬間、ヴェルゼルクの両手にそれぞれ【棍牙】が生成される。


 色も大きさも形も全て元のままで。


 もう呆れて笑うことしかできない。


 「はは。腱鞘炎になる、よッ」


 言い切ると共に、僕は駆ける。


 一気に距離を縮めて、ヴェルゼルクと打ち合いを繰り返した。互いの得物が再びぶつかり合うが、当初の比では無い。


 手数もそうだが、なにより一撃ごとに互いの火力が上がっているのだ。


 耳を劈く衝突音が、視界に広がる火花が、相手の瞳に映る自分が、たった一つの結果のみに辿り着こうと激化する。


 「「死んねぇぇぇええええ!!」」


 どちらかが倒れるまで終わらない闘い。


 先に戦法を切り替えたのはヴェルゼルクだ。


 手数を増やすために【棍牙】という大剣を二振りも増やしたとは言え、やはり打ち合いでは僕の方が速度の面で上回っていたため、不利と悟ったのだろう。


 故に鬼は【円環ノ瞳】で僕の死角へと転移する。


 だが僕もそれは警戒していた。今度は対応できる余裕が十二分にあった。


 ヴェルゼルクが何かと位置を変える瞬間に合わせ、ここから離れた場所に大型の弩砲を生成していた。その先端はヴェルゼルクを正確に捉えている。


 その弩砲はヴェルゼルクの後方で構えていた。


 「発射!!」


 「?!」


 それでも奴は、この闘いの中で成長し続けた。


 「―――んなもん、当たらねぇよ」


 弩砲が放った土の槍を見もせずに、勘だけで躱す。


 見たらその分だけ僕の不意を突いた意味が無くなるから、最小限の動きで躱しやがった。


 そしてその土の槍は直線上、ヴェルゼルクのみならず僕も捉えている。奴が避けたということは、今度は僕にその槍が向かうわけだ。


 「ははッ! 自分で自分の首を締めた気分はどうだ?! ああん?!」


 ヴェルゼルクが勝利を確信する。


 それそのはず、敵の不意を突いた攻撃が、今度は自分を穿つ槍と化したのだから。


 そして彼我の距離は数メートル。土の槍に至っては、もはや目と鼻の先だ。


 ここで土の槍を避けても、ヴェルゼルクの攻撃は避けられない。


 土の槍を防いでも、ヴェルゼルクの攻撃は防げない。


 でも――それでいい。


 「あはッ! !!」


 ―――勝つのは僕だから。


 僕は双節棍を横薙ぎに振るう。


 狙うは眼前の土の槍だ。


 「はッ! 血迷ったか!!」


 ヴェルゼルクは迷わず踏み込む。


 僕が土の槍を破壊して防ぐということは、一手遅れるということ。


 その隙を狙っているんだろう。


 でもそれは――“防ぐ”という選択だ。


 僕はそれを狙っているんじゃない。


 『『黒ッ!』』


 双節棍と土の槍が衝突する。土の槍はいとも容易く破壊された。


 破壊され、破片となって――ある種の散弾と化した。


 それらの破片一つ一つがヴェルゼルクを襲う。


 一瞬、視界を覆うほどの破片の数々に目を見開くヴェルゼルクだが、すぐに笑みを浮かべる。


 「おいおい、こんなんじゃ俺は止まらねぇぞッ!!」


 眼前の鬼には二振りの【棍牙】がある。


 うち一振りを振り上げ、ヴェルゼルクが散弾と化した破片を吹き飛ばそうと振り下ろした。


 そしてもう一振りの【棍牙】で、僕を真っ二つにする。


 最後に立っているのは、ヴェルゼルクだ。


 そんなわかりきった未来けつまつが訪れる―――


 「【固有錬成】――」


 ―――はずだった。


 「【牙槍】」

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