第469話 がはははのは
「ま、マジかよ......」
「あ、あいつ、副団長と互角にやり合ってやがる......」
「......。」
<
しかしただ一人、その中でも団長ファフニードだけは、何も言わずに副団長ヴェルゼルクの闘いを見届けていた。
目の前で繰り広げられている光景は、破壊と破壊、そしてまた破壊の連鎖が絶え間なく続く超常現象だ。
地形がいとも容易く変えられ、凄まじい衝撃音と爆風が遠く離れた場所に居る<
またそれは天候にまで影響を及ぼしたのか、先程までの晴れ渡る青空は曇天の如く淀んでおり、稲光すら孕み始めている。
たった二人で、二人だけの闘いでそれを成しているのだ。
そんな現象がファフニードたちの前で広がっていたのだ。
「ナエドコ......さん」
そしてその傍ら、シスイは未だに異形の者のままで、力なく近くの岩に背を預けていた。付近にはいつ意識を手放してもおかしくないアデルモウスの姿もあった。
(結局、私は......彼を頼ってしまいました)
無力の自分が情けない。何もすることができない自分が嫌になる。
優しい彼がまた傷つく姿を見たくなかったのに、鈴木という男はシスイの前に現れた。
いつものように屈託のない笑みを浮かべて、まるでガラス細工に触れるように優しく、自分を抱きしめてくれるのだ。
それが至福のように思えて......またどうしようもなく辛かった。
「おい、小娘」
すると、今まで無言だったファフニードがそんなシスイの下へやってきて、ドカッとその場に座った。
シスイはその男に警戒するも、今の自身では何もできないことを察して押し黙る。
ファフニードが言った。
「あの男は......<
「つがッ?! ち、違います! わた、私たちはまだ夫婦では......」
「......そうか」
近くに居るアデルモウスは別の意味で卒倒しそうだった。
シスイは思わずファフニードへ問う。
「なぜ......争うのですか」
「そこの男を暗殺すればいいのか?」
シスイが変わりきった金色の瞳孔を宿す黒目でファフニードをキッと睨んだ。
ファフニードは鼻で笑った。
「冗談だ。我々にとっては食事と一緒だ。生きるために誰かを狩る。豚や鳥の延長のようなものと思えばいい。ヴェルのやり方は褒められたものでは無いがな」
「っ!! それで哀しむ人が居るのですよ! 傷つくのだって.....辛いだけではないですか!!」
ファフニードはシスイを尻目に言う。
「我々は神を信じていない。神は何もしてくれないからな。それを聞いて、聖女のお前は我々を愚かと罵るか?」
「そ、それは......」
「そういうことだ。生まれた場所が違えば、文化も価値観も違う。それは至極当然のことで、否定することは神ですら許されない。なぜならお前らが祈りを捧げる神とやらが何も示さないからだ」
それはシスイがよく理解していることだ。
女神の天啓はある日を境に受けなくなった。女神が居ない、などと言うつもりはないが、そう考える者が居てもなんらおかしいことではないのだ。
だが、それでも言えることがある。
「だからって......私から大切な方々を奪わないでください」
「......。」
少女のそんな言葉を、ファフニードは静かに聞いていた。
それから男は小馬鹿にするように笑う。
「聖女とは存外我儘な奴だったんだな」
「っ?! わ、私は当然のことを言ったまでで――」
「そうだ。人間味が溢れていていいではないか。何も誤魔化すことはない。......あの男、スズキを愛しているのだろう?」
「.......はい」
ファフニードは懐から取り出したスキットルに口を付ける。
「ならば祈れ。己が選んだ男を信じろ」
そう、静かに語るのであった。
*****
「ははははは! 楽しいなぁ! スズキぃぃい!!」
「ヴェルゼルクぅぅううう!」
打ち合う拳と拳。振るう蹴りと蹴り。互いの一挙手一投足が交差する度に、地上が破壊の悲鳴を上げ続けた。
お互い、武術なんてものかじってないから、純粋な暴力で攻防を続けている。
まさに激闘だ。殴って、殴られて、蹴って、蹴られて、そんなことを繰り返している。
僕はヴェルゼルクを蹴り飛ばした。奴は流星の如く一直線に吹っ飛んだ。
この隙に次の一手に移る。
「【固有錬成:賢愚精錬】ッ」
地面から無数の土の槍を形成し、それを触手のように動かして、ヴェルゼルクを穿たんと群れのように進軍する。
対するヴェルゼルクは体勢を整えて、まるでゴムの弾性を活かしたかのように、逆方向へ跳ぶ。
迫る土の槍を躱し、壊し、時にはその上を駆けた。
次第にヴェルゼルクが青白い閃光そのものと化す。
「こんなんじゃつまんねぇだろうがぁぁあああ!!」
「っ?!」
ズドンッ。地形を抉るような掌底打ちが衝突音と共に僕を穿った。
「おら! まだだッ!」
それからヴェルゼルクが僕の片足を掴み、地面に何度も叩きつけた。
まるでボロ雑巾のようにぐしゃぐしゃになった僕は、その勢いのまま投げ飛ばされる。
そんな僕を追うように、ヴェルゼルクが地を這う雷光の如く駆けた。
「潰れろッ!」
吹っ飛び続ける僕を捉えたヴェルゼルクが両足を揃えて、僕の方に飛んでくる。まともに食らえば、僕なんかぺしゃんこになる一撃だ。
「食らえば、なぁ!!!」
「な?!」
<ギュロスの指輪>の力を使い、透明人間化した僕をヴェルゼルクが見失うと同時に、僕はヴェルゼルクの死角、頭上へと瞬間転移して、踵落としを炸裂する。
着地した僕は、息も絶え絶えに、口の中に溜まった血の塊を吐き捨てた。
土埃が舞う中、傷だらけのヴェルゼルクがこちらへ歩み寄ってくる。
「はッ。これだよ、これ。俺が求めていたのはよぉ!!」
「きっしょ。涎垂れてんぞ」
「まだまだお前は美味くなりそうだからなぁ!!」
瞬間、ヴェルゼルクの姿が消えた。
またか!! 極限にまで強化された今の僕の状態でも、奴を目で追うことすら――。
「ここだぁ!!」
「っ?!」
ヴェルゼルクが音も無く、僕の背後を取り、荒々しい鉤爪で僕から肉を削ぎ落とそうとする。が、僕はそれを左腕でガードすることにギリギリ成功......いや、片腕に深い四本線の傷ができてしまった。
飛び散る鮮血を他所に、僕はもう片方の腕でヴェルゼルクに拳を振るう。
しかし僕の拳は掠りもせずに空を切るだけだった。
また消えたのだ、ヴェルゼルクが。
視界の外でヴェルゼルクの高笑いが響き渡る。
「ははははは! 当たんねぇな?! 言ったろ!! 俺の【固有錬成】は物と物の位置を入れ替える!! ここら辺は小石がいっぱいで楽しいなぁああぁぁぁ!!」
マジか?! その辺の小石と自分の立ち位置も交換できんのかよ!
奴は<4th>みたいに僕を一瞬でも見失って無いから【縮地失跡】も使えない。
「くそ! なんて僕には不向きな地形なんだ!」
「はッ! こっから俺は一発も喰らわねぇ! 一方的な虐殺ショーの開演だぁぁぁあ!!」
そうヴェルゼルクが言い終えるのと同時に、奴はあっちこっちに現れては消えてを繰り返す。まさに神出鬼没。
さっきからここら一帯は破壊の限りを尽くしたから、その際に生じた破片が山のようにある。
次はどこからヴェルゼルクは襲ってくる?
右か? 左か? それとも上か?
どこからだ?!
極限まで集中力を高めていてもわからない――それなのに。
「あはッ」
なぜ僕はこの瞬間が楽しくて仕方がないんだろう。
ああ、そうだ。この手があったじゃないか。
まだ一度も使ったこと無いけど、ここで使えって、僕の中にある何かが訴えているのが伝わってくるよ。
僕は右の手のひらを目線の高さまで持ち上げる。
刹那、その手のひらの上に、僕の顔ほどの大きさの水溜りが出現した。
『え?! ちょ、王サマ、それティアの【固有錬成】――』
右耳にある三日月型の耳飾りから、ティアの焦った声が聞こえてきたけど知らない。
どうにでもなっちゃえ(笑)。
僕の手のひらの上に浮かぶ水溜りは、次第に渦を巻いて貝独楽状へと形を変える。
その水面に映るのは、今僕らが居るここら一帯を俯瞰するような景色だ。
まるでその景色がこの状況の鏡写しかのように、この広い世界からほんの一部分を切り取ったような構図を写していた。
「ずたずたの挽き肉にしてやらぁぁああ! スズキぃぃい!!!」
僕に迫るヴェルゼルクの叫び声。
対する僕は――告げる。
「王の権能を行使するッ。【固有錬成】――」
『それ使い方違ッ――』
「【狂化水月・浮世】ッ」
そして僕はもう片方の手で拳を作り――
――――バシャッ――――
――世界の一部だけを切り取ったかのような、水の中の小さな世界に、その拳を叩きつけるのであった。
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