第468話 命賭けてんだ、そっちも命賭けろよ

 「【固有錬成:円環ノ瞳】......視界に映る任意の物と物の位置を入れ替えることができんだよ」


 そう、ヴェルゼルクが余裕の笑みを浮かべながら語った。


 ヴェルゼルクは手にしていた<セラエル写本>を投げ捨てる。


 「ま、一部でも隠れてたら無理だがな」


 奴の言う通り、【円環ノ瞳】で僕の<セラエル写本>を奪ったんだろう。<セラエル写本>を丸出ししていたのが悪かったのか。視界に映る物って言ってたもんな。


 いや、それを鵜呑みにするのはマズい。


 でも僕を強引に何かと位置を入れ替えていないってことは、理由があるはずだ。もしくはまだそうしていないだけで、物体は生物も含んでいるのか。


 ああークソ。魔族姉妹が居れば、もっと上手く戦えるのに。


 『ご、ご主人、平気か?』


 「......うん。僕は大丈夫」


 問題無い。今まで戦ってこれたのは、僕には初見殺しにも等しい数々の【固有錬成】があるからだ。使うタイミングを間違えなければ......。


 そう考えていた、その時だ。


 ヴェルゼルクの姿が掻き消える。


 「おら、続きだ」


 「っ?!」


 視界の端、近くからヴェルゼルクの声が聞こえてきて、奴の足が僕の横っ腹を捉えた。


 咄嗟の判断で防御する。間に合った。全身を覆うようにして【力点昇華】と【賢愚精錬】を使ったから防ぎきれる。


 そう思っていた。


 「?!?!」


 「おらぁぁああ!!」


 自身の身体が“く”の字に折れ曲がる。


 ミシミシと軋む骨が、圧迫されて歪む内臓が悲鳴を上げた。僕はまた弾き飛ばされた。流星のように横一直線を描き、地面に倒れ伏す。


 「ごほッ......うぇ......」


 『王サマ! ああもう! ティアが王サマの代わりにあいつを殺す!』


 『ま、待てよ。お前が動いたら他の従者に、ご主人の存在がバレるかもしれないんだろ!!』


 『でも!』


 僕は呼吸を整えながら、ティアには手出ししないでと伝えた。


 それより、どういうことだ? 今の僕は全身、【力点昇華】と【賢愚精錬】を使って強化状態にある。その証拠に元の肌色は失っている。だというのに、奴の攻撃は僕の防御力すら容易く上回っているぞ。


 僕が不思議に思って、眼前のヴェルゼルクを見やる。


 そして絶句する。


 「っ?!」


 ヴェルゼルクの額から一本の黒光りする角が生えていたのだ。


 ああ、そうだった。鬼牙種は臨戦態勢に入ると、ああなるんだった。ルホスちゃんもそうだったじゃないか。


 じゃあなんだ。さっきの蹴り以外は全然本気じゃなかったってことかよ。


 「もうダウンか? つまんねぇなおい」


 ヴェルゼルクが肩を竦めながら、こちらへやってくる。


 僕にはまだ使っていない【固有錬成】がある。中には一発逆転のものだってあるんだ。


 大丈夫だ。僕はまだ......やれる。


 「おい」


 「っ?!」


 するといつの間にか、僕の目の前に現れたヴェルゼルクが、僕の胸倉を掴んで、重圧感のある低い声を浴びせてきた。


 「てめぇ、いつになったら本気出すんだ?」


 「......は?」


 ヴェルゼルクがいきなり何を言い出すのかと思えば、そんなことを苛立ちながら言ってきたのだ。


 「出し惜しみしてんじゃねぇよ。俺ぁ加減が苦手なんだ。次もこんな体たらくなら殺す」


 「僕は別に出し惜しみなんて......」


 「してんだろ。腰が引けてんだよ、てめぇの動きは全部」


 「っ?!」


 僕は目を見開いた。ヴェルゼルクの言ったことを否定しようとした。


 したけど......できなかった。


 ヴェルゼルクがそんな僕を鼻で笑った。


 「図星だろ。なんで初撃から俺の心臓を狙わなかった? 腹を狙った?」


 それからヴェルゼルクは僕を突き放して続ける。


 「その気色悪い肌の色を身体の一部だけにしていた? 遅ぇんだよ。全部、全部、全部ッ!!」


 ヴェルゼルクの蹴りが僕の顎を捉え、まるでサッカーボールの如く蹴り上げる。


 仰向けに倒れた僕は、視界に広がる青空を見上げた。


 「てめぇ、これが決闘ってわかってんのか?! ああ?! 俺は命賭けてんだよ!! どちらかが死ぬまで続けんだよ! この闘いはよぉ!!」


 「かはッ......それは......そっちの主張だろ」


 ちッ。そう舌打ちしたヴェルゼルクが僕の顔の横を思いっきり踏みつけた。地面がひび割れたかのように形を変えるが、僕には当たっていない。


 「それが一番ムカつくんだよ」


 ヴェルゼルクは静かに語り出す。


 「てめぇ、なんでまだ俺のこと見下せんだ」


 「は? 別に見下してなんか......」


 「見下してんだろ。命賭けてる奴との土俵に立っておきながら、死にたくない、死なせたくないって思ってんのが丸わかりだ」


 「っ!!」


 「いいぜ? どっちかが死ぬまで続けたい俺と、どっちも生きて終わりたいお前..........いつだって正しいのは、最後まで立っている奴だ。......


 そしてその“力”を僕は誇示すらしていない。


 きっとそれをすることは......皆の、魔族姉妹たちの裏切りに繋がるから、僕はその選択肢を選ばなかった。選びたくなかった。


 「僕は......別にあんたみたいに誇り高い部族でもない。今ままで皆に支えられて生きてきた」


 なのに、僕は何を言いたいのか定まらないまま声にしてしまう。


 「この身体は、この力は、この命は、......こんなところで失っちゃいけないんだよ」


 「ああ」


 ヴェルゼルクは僕の言葉に、静かに頷くだけだ。


 その僕の気持ちの吐露は未熟さ故か、次々に出てしまう。取り繕うこと無く、そのまま言葉になってしまう。


 「でも僕は強くなきゃ......強く在り続けなきゃいけないんだよ......。皆を護りたいから......もう一人は嫌だから......」


 「ああ」


 「あんたを殺したくないのは......ただの傲慢だ。知り合いにも同じ種族が居るから、後ろめたい気持ちを背負って生きたくないから......」


 「そうか」


 「だけどそれをするにも......今の僕には力が伴ってないんだ」


 「そうだな」


 「あんたは......ヴェルゼルクが死んだら、きっと仲間は哀しむよ。すごい慕われているじゃないか」


 「へへ、知ってるわ」


 次々にしょうもない言い訳が浮かぶ。


 魔族姉妹が居ないと、僕は自力で怪我の一つも治すことができない。


 ――彼女たちを置いて来たのは紛れもなく僕自身なのに。


 ヴェルゼルクを殺さないように力を使いたいのに、その加減がままならないから、彼を殺すか、僕か死ぬかしか選べない。


 ――力の使い方を考える努力をしてこなかったのは僕自身なのに。


 だというのに、僕は命を賭けて部族の誇りを示そうとするヴェルゼルクに向かってなんて言った?


 シスイさんを護りたい? 命を賭けて闘うなんて馬鹿馬鹿しい? ヴェルゼルクの死を哀しむ奴が居る?


 なんだよ、その上から目線。なんで僕は......弱いくせに見下してたんだ。


 僕は自身の左頬を殴った。


 鈍い音と鋭い痛み、そして口の中で広がる血の味。ああ、もう......なぜこんな簡単なことに気付けなかったんだろう。


 僕のそんな様子を見たヴェルゼルクが、フッと笑ってからゆっくりと離れていった。


 ......なんとなくだけど、ヴェルゼルクが闘う前から相手を煽る理由がわかる気がした。


 こいつはたぶん、


 自分が強すぎるから、全力をぶつけられる相手が居なかったんだ。いや、<龍ノ黄昏ラグナロク>の団長がきっとそれに近しい存在なんだろうけど、互いに群れを率いる立場だから、それは叶わない。


 一言で言ってしまえば、戦闘狂。


 付け加えて良いのなら、誰かに甘えたくて仕方がない、不器用で迷惑極まり無い戦闘狂だ。


 僕は立ち上がる。


 ヴェルゼルクが背中越しに、静かに語り出した。


 「群れの副団長やってんとな、色々と示さなきゃいけねぇんだよ」


 心地良い風の音と共に、彼は続けて言う。


 「スズキ、もういいな? これ以上情ねぇこと言わねぇな?」


 僕は答える。


 「どっちが情けないんだよ。甘えん坊が」


 ヴェルゼルクは振り返った。


 一本の角から全身を覆うような眩い稲光を全身に走らせて、全てを噛み砕かんと牙を剥き出しにする。


 そんなヴェルゼルクを中心に何かが爆ぜたような暴風が巻き起こる。地が割れ、それら塵芥が重力に逆らって浮遊した。


 <鬼神>、ヴェルゼルクはその百獣の王たらしめる獅子の如き瞳に虹色の輪を描いて、僕を映す。


 「悪いが、ここから先は加減抜きだッ」


 対する僕は、全身の肌が黒に限りなく近い深緑色......いや、もはや炭化しきったように黒く染め上がっていくのを感じながら、別のスキルを重ねがけする。


 【固有錬成:賢愚精錬】を再び発動させた。


 その対象は――。


 「【固有錬成:闘争罪過】、発動」


 ドクンッ。一際大きな拍動と共に頭の天辺から爪先まで、内側から身を焦がすような灼熱の血が流れ始める。


 赤黒い稲光が全身を覆い、理性を削るように闘争心だけを駆り立てる。尖らせていく。


 このスキルは終ぞ、あのギュロスさんとの訓練で【賢愚精錬】と同時に使うことができなかった..........臆病な僕の切り札だ。


 なにせ強化されたこのスキルは、身体能力を飛躍的に向上し続けることが発動条件だから。


 まさに今、この瞬間のためにあるような......残酷な【固有錬成】だ。


 抗いようのない殺戮衝動を抱きながら、僕はヴェルゼルクに応じる。


 「僕もだ、ヴェルゼルクッ」


 そして両者共に吠える。


 「「第二ラウンドといこうかッ」」

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