第463話 戦いは日が昇ってから

 「これまた厄介な者たちを送り込まれましたね」


 アデルモウスとシスイは<龍ノ黄昏ラグナロク>に襲撃され、絶体絶命の窮地に立たされていた。


 <龍ノ黄昏ラグナロク>――全員鬼牙種で構成された傭兵集団は、皆一様に髪が灰色で、瞳の色は紅色だ。


 メンバーの多くは男で、全員、歴戦の戦士を思わせるほど筋骨隆々としている。何名か女もいるが、同様に引き締まった体躯であった。


 そして<龍ノ黄昏ラグナロク>の象徴というべきか、軽装だが紺色の鎧を纏っており、その鎧には必ずどこかに、大口を開けて牙を剥き出しにした獅子の頭を描いた紋章があった。


 そんな集団の中心から、一人の男が馬から降りてアデルモウスたちの前に出る。


 肩まである長い灰色の髪はボサボサでろくに手入れがされていない。軽装の鎧は両腕以外を覆っており、隙間から垣間見える筋肉すら鋼の鎧のようであった。


 ギラリとした目つきをした壮年の男――ヴェルゼルクがアデルモウスの前に立つ。身長はアデルモウスが陰で覆われるほど差があった。


 「よぉ、おっさん。矢を放っといて確認すんのも今更だが、おめぇがアデルモウス枢機卿か?」


 アデルモウスは優しげな笑みを浮かべて返す。


 「ええ。元、ですがね。まさか私如きにかの有名な傭兵旅団、<龍ノ黄昏ラグナロク>を送ってくるとは思いもしませんでしたよ」


 「ははッ。俺らもまさか教会の人間一人を始末するために雇われるとは思わなかったぜ」


 「てっきり闇ギルド辺りを頼って私を始末するのかと」


 「その当てにしていた闇ギルドが連絡つかねぇらしい。なんでも最近壊滅させられたんだとか。代わりに偶々聖国に居合わせた俺らが雇われたんだよ」


 「ほう。天罰でも下ったのでしょうか」


 「さぁな」


 アデルモウスは背にシスイの存在を感じながら、眼前の巨漢に問う。


 「お名前を伺っても?」


 「お? 名乗ってなかったな。俺ぁヴェルゼルクっつう。この旅団の副団長をしてる」


 「......なるほど。あなたが<鬼神>ですか」


 アデルモウスのその一言に、ヴェルゼルクが高笑いした。天を仰ぎながら大音声で笑う男に、シスイがビクッと肩を震わせる。


 「ははははは! まさか神父さんにまで俺の異名が知られているとはな!」


 「それで、私はこれから地方の村で余生を気ままに過ごす予定ですが、見逃してくれませんかね?」


 ヴェルゼルクは視線だけをアデルモウスに向ける。


 「それはできねぇな。知らねぇか? 一度雇われた傭兵が寝返るときは、もっと高ぇ金で釣られる時だけだ。ま、前払いされたら意味ねぇーけど」


 ヴェルゼルクは片手の人差し指と親指で輪を作り、アデルモウスの顔の前でゆらゆらと揺らす。


 そんなやり取りをヴェルゼルクの後方で見ていた仲間たちが、煽るようにして声を上げた。


 「副団長さんよぉ、さっさとそいつを殺して、酒場でぱーっとやりましょうよ!」


 「がははは! 俺ぁヴェルゼルクさんに銀貨二枚賭けるぜ!」


 「ばか、賭けにもならないよ!」


 「「「あはははは!」」」


 見た目は人間のように見えて、鬼牙種という生態系の頂点に座するほどの猛者たちだ。とてもじゃないが、この場から逃げ切ることなど不可能である。


 ヴェルゼルクがアデルモウスの背後を見やった。


 「んでよ、あんたの後ろに居るガキはなんだ?」


 アデルモウスは驚いた。


 確かに<龍ノ黄昏ラグナロク>は世界各国を跨いで旅をする傭兵集団だ。が、まさかギワナ聖国に訪れておいて、シスイを知らないとは思ってもいなかったのだ。


 目の前の巨漢が知らないふりをしているとは思えないアデルモウスは、シスイの正体をバラしてもいいか迷っていた。


 というのも、教会の裏で指名手配されていた自分と違って、さすがに聖女相手には手を出さないだろうと思っていたからだ。


 が、それでもここは聖国の壁を超えた領域。シスイの身の安全は絶対ではない。シスイの身に何かあったとしても、すぐに助けを呼べないのだ。


 ならば、と思って、アデルモウスが口を開いた、その時だ。


 「彼女は――」


 「聖女のシスイです! 私たちに何かあったら聖国が黙っていませんよ!」


 今までアデルモウスの背に隠れていたシスイが、そのアデルモウスよりも前に出てそう言ったのだ。


 シスイの言葉に、<龍ノ黄昏ラグナロク>の面々が驚きをあらわにする。


 「ま、マジか、“セイジョ”って、聖国の姫様みたいな存在なんだろ」


 「ああ、国を統べていると思っていいぜ......」


 「なんでそんなお偉いさんがこんなところに......」


 「誰だ! さっき矢を放った奴は! セイジョに当たったらどうすんだよ! 聖国の恨みを買うとこだったぞ!」


 会話の節々から単語の意味合いが若干怪しい気がしたが、それでも全員、シスイの存在に動揺しっぱなしであった。


 誰もシスイの言葉を疑おうとしないのが、<龍ノ黄昏ラグナロク>の面々の素直さかもしれない。


 が、うち一人がとんでもないことを言い出す。


 「聖国と戦争しても......俺らなら勝てんじゃね?」


 そう、誰かが誰にとは言わず問いかけたのだ。


 そしてその意見は<龍ノ黄昏ラグナロク>の総意と化す。


 「た、たしかに!」


 「よく考えたら、今までも小国とか普通に潰してきたことあるな!」


 「俺らならやれるじゃん!」


 「だったら何も怖くないね!」


 などと、アデルモウスとシスイの前で、大国を軽々しく破滅に追いやることができると宣言する傭兵たち。


 シスイたちは唖然としていたが、それでも眼前の集団は誰一人として冗談を言っているようには思えなかった。


 脳筋なのだ。それでいて、途方の無い馬鹿さ。


 これが<龍ノ黄昏ラグナロク>の本性なのかもしれない。


 そんな中、とある男の声が賑わう集団の中から聞こえてきた。


 「おい、おめぇら。いったい何をちんたらやってんだ」


 一際大きな馬に乗った、ヴェルゼルクと同等の巨躯を晒す男だ。


 低い重圧感のある声がたった一言放たれただけで、その場は静寂の間と化したのだ。


 その男は片目に深いキズを負っており、もう片方の目でヴェルゼルクを見据えていた。焼けた肌は所々傷跡が残っており、隙など一切見受けられない男であった。


 ヴェルゼルクとそう大差無い体躯でありながら、異様なまでの威圧さ。彼我の距離はまだあるはずなのに、アデルモウスは冷や汗が止まらなかった。


 しかしヴェルゼルクだけが毅然とした態度で口を開く。


 「おう、。これから殺るところだ」


 団長。その言葉にアデルモウスが黙考する。


 (この男が<龍ノ黄昏ラグナロク>の長......<龍神>の異名を持つファフニードか)


 <龍神>、ファフニード。何らかのかたちで傭兵業界に関わっていた者ならば、その名を知らないことなど有り得ないと言われるほど、あまりにも有名な人物だ。


 ファフニードが静かに口を開いた。


 「ならさっさと殺れ。金を貰ったら、この国を出てズルムケ王国へ向かう」


 「ああ、迷子になったガイアンが居るって情報が入った国か」


 「そうだ。だから早くしろ」


 ヴェルゼルクはアデルモウスに向き直った。


 「だとよ。あんたに恨みは無いが、死んでくれねぇか? 苦しまずに一気にズバッとやるからよ」


 「お断りしたいところですが、どうやら無理そうですね。......一つ、伺いたいのですが、なぜ傭兵旅団であるあなたたちが、闇ギルドがやるような依頼を?」


 アデルモウスは素直に思ったことを聞くことにした。


 本来、傭兵とは金さえ貰えればなんでもする者たちのことを指しており、その依頼内容に殺害が含まれていてもおかしくない。故に依頼を受ける側に一任されており、アデルモウスの始末も不思議なことではなかった。


 が、それでもアデルモウスからすれば、ヴェルゼルクを始めとした猛者たちがわざわざ一個人の命を狙うことが解せなかったのだ。


 教会の裏の連中は自分を殺すために、いったいどれほど<龍ノ黄昏ラグナロク>に金を積んだというのだろうか。そう思うアデルモウスであった。


 ヴェルゼルクは不敵な笑みを浮かべながら答える。


 「はッ。理由は簡単だ。どうせやるなら......楽しみたいだろうがよぉ!!」


 そんな巨漢の雄叫びと共に、アデルモウスは攻撃される。


 「アデルモウスさん!!」


 シスイの悲痛な叫びが辺りに響いた。


 ヴェルゼルクの強靭な肉体が成せる破壊の一撃は、拳一つで体現されるようにして、アデルモウスへと振るわれた――その時だ。


 アデルモウスを取り巻くようにして、半透明な結界――【魔法結界】が出現した。


 ヴェルゼルクの拳はその【魔法結界】に阻まれて、凄まじい衝撃波を発生させることだけに止まる。


 その【魔法結界】を張った者は――。


 アデルモウスの頭上に一人の可憐な少女が現れる。


 純白の衣を纏い、幻想的なまでに美しい薄緑色の髪を揺らして、三対六枚の翼を広げる様はなんと神々しいことか。


 そんな少女の頭の上には光り輝く輪があり、その者がこの場に居て良いような存在ではないことを示していた。


 「ちょっとなに。アデルモウスが死んだらシスイちゃんが悲しむじゃん。やめてよ」


 大天使ガブリエール、ここに顕現する。

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