第450話 情けないって? うるせぇ

 「いででで! 腕がぁ! 腕が痛いよぉぉお!!」


 「「......。」」


 現在、僕は<1st>によって闇組織のアジトに転移してきたのだが、先程の戦闘で右腕がぐちゃぐちゃになっていたことを思い出して、床を転げ回っていた。


 この部屋はどこだろうか。以前、玉座がある大広間に招かれた覚えがあるけど、ここは一人用の部屋で、帝国城にある皇女さんの私室のような空間に見える。


ただここにあるものは最低限の物だけで、ベッドとクローゼットくらいしか見当たらない。


 あ、でも少しフローラルな香りがする。女性の部屋に思えてきた。


 いや、呑気に辺りを見回しているどころじゃないな。


 腕が、僕の右腕がグロテスクなことになっているのだ。


 「いだいよぉぉぉお!! ギュロスママぁぁ!」


 「な、なんですか、この男は」


 「ズッ――少年だよ。情けなく転げ回っているけど」


 うるせぇ!


 ああ、普段なら妹者さんが治してくれるんだけど、最近はギュロスさんの異空間で世話になってたからな。もう口癖でギュロスママって口にしちゃうよ。


 てか、<1st>の隣に居る修道服着た女の人って、たしか<7th>だったよね。なんでここに居んの。


 「はぁ。ぎゃーぎゃーうるさいな。とてもじゃないが、あのジュマの【呪法】を食らって平然としていた男のようには見えないよ」


 「どうします? ポーション持ってきて飲ませますか?」


 「いや、ナナちゃんが【回復魔法】を使って治してあげてよ」


 「どうしますかか? ポーション持ってきて飲ませますか?」


 「あれれ、同じこと二度言うくらい嫌だった?」


 床で転げ回っている僕を他所に、<1st>と<7th>は呑気な会話を繰り広げていやがる。


 が、ややしばらくして、ため息混じりに<7th>が僕に向けて【回復魔法】を行使した。すると見る見るうちに、僕の右腕は元通りに治った。


 「おお! すごい!」


 「これくらい当然です」


 「ふふ。ワタシの部下ならこれくらい朝飯前だよ。さ、少年、色々と話がしたい。場所を移そうか」


 と、<1st>が僕に言ってきたのだが、僕は床の上で大の字になったまま何も答えなかった。


 「......。」


 「少年?」


 「この愚か者は何をしているのでしょうか」


 二人がそんな僕を見下ろしているが、僕は大の字のままであった。


 僕は天井を見つめたまま、<1st>たちにお願いした。


 「三時間ほど、この部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?」



*****



 「少年、絶対に無いと思うけど、念のため確認していいかな?」


 「どうぞ」


 「絶対に、ぜッたいに! 無いとは思うけど、この部屋を使って何をするつもりか聞かせてほしい」


 「なんでしょうね。たぶんイカ臭くなってしまうかもしれませんが、責任持って後片付けするのは、思春期の男のマナーだと思ってます」


 「......。」


 <1st>は絶句した。


 まさか闇組織の拠点の一室で、自慰行為をしたいなどと言われるとは思ってもいなかったからだ。


 鈴木は大の字になって天井を見上げている。


 この上なく凛々しい顔つきで、真剣な眼差しで天井を見上げていた。


 <7th>は言った。


 「あ、あの、この男は一体何を言っているのでしょうか?」


 その疑問は尤もであった。


 が、鈴木が所望していることの真意を察している<7th>だからこそ、その言葉には微かな震えが混じっていたのだ。


 鈴木は闇組織の幹部二人を前にしても、平然と語った。


 「<1st>は僕を盗聴してたから知ってますよね。僕、魔族姉妹と普段一緒にいるから、自慰行為ができなかったんですよ」


 「......。」


 相手の同情心を煽るように。


 鈴木は続けた。


 「でも今は二人とも居ない。ドラちゃんも居ない。僕は......今しか自慰行為――オ◯ニーができない!!」


 「言い直さなくていいよ」


 「ボス、このゴミを処分させてください」


 「お願いします。この通りですから」


 「とてもじゃないが、お願いする態度には見えないな」


 「土下座したらこの部屋を使わせてくれますか?」


 「踏みつけると思う」


 実は鈴木、ギュロスの異空間で特訓をしているときから考えていたのだ。


 ギュロスの異空間では魔族姉妹も<パドランの仮面>もロリっ子どもも他の女性陣も居ないので、隙を見て自慰行為に走ろうとしていた。


 でもギュロスから受けた多くの拷問でそれどころじゃなかった。


 息子を握れなかった。


 だが今はどうだろう。


 いつも自分の側に誰かしら異性が居たが、今なら誰も居ない。一人の時間を作れる。よって、心置きなく擦れるのではなかろうか。


 息子を。


 「少年の境遇は同情するよ」


 「知ってますか。アーレスさん、実はああ見えて無防備なところが偶にあるんですよ」


 「え?」


 「露出こそ少ないんですが、風呂上がりの火照った様子とか、バナーナを好んで頬張るところとか......もう息子が限界なんですよ。......くそッ」


 「......。」


 <1st>は絶句した。


 闇組織のアジトに招いた客が自慰行為に走ろうとするから、対応に困ってしまっているのだ。


 が、そんな<1st>に代わって、<7th>が前に出る。


 「おい、下郎。ここをどこだと思っている」


 「ナナちゃんッ」


 「私が掃除した部屋だ」


 「ナナちゃん?!」


 <7th>的には<1st>の部屋でシないでほしいと言うか、自分が掃除したばかりの部屋でシないでほしいという気持ちの方が強かった。


 <1st>は軽く咳払いする。


 「少年、さっきのこともあるから早急に話しておきたいことがあるんだ」


 「賢者タイムになったら合理的に物事を考えられそうです」


 「......。」


 「いででで! 腕を踏まないで! 男か女かわからない人に踏まれても嬉しくないんです!!」


 「ああ、そう。ナナちゃん」


 「はい」


 グギッ。


 「腕ぐあぁぁぁああ!!」


 などと三人が馬鹿騒ぎをしていると、突然、この部屋の扉が開かれた。


 「ボス、ズキズキ来た〜? あれ、老けた? 白髪じゃん」


 「「......。」」


 「え? さ、サースヴァティーさん?」


 なんともぐだぐだな再会であった。

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