第448話 おっと、王都に帰れなくなったぞ

 「やっべ。王都に帰れなくなっちゃったよ」


 現在、どこかの国にある暗殺者ギルドを壊滅させた僕は、その帰路について悩んでいた。


 ここへ来る時はジュマの【転移魔法】にくっついて来ただけだからなぁ。


 それにここ、人気なんて皆無な深い森だし、暗いし、不気味だし......。


 行きは良い良い帰りはなんとやらってか。


 「姉者さ――んはいないんだよね......」


 いつも一緒だった魔族姉妹も居ないから、本当にこの闇の世界にぽつんと一人だけ取り残された気分だ。


 というか、暗殺者ギルドってこんな如何にもな所にあったのか。


 ふむ、こんなことになるんだったら、暗殺者ギルドに居た人を皆殺しにしなければよかったな。


 「......。」


 にしても本当に静かだ。ああ、僕はいつもの賑やかさにどれほど助けられていたというのか。


 そんなことを思いながら、僕はぼそりと呟いた。


 「誰かとおしゃべりしたい......」


 「する〜?」


 「ひょう?!」


 僕はびっくりして変な声を出してしまった。


 き、気のせいかな? いくら女の子に飢えているとは言え、こんな人が居るはずもない所で、女の子の声が聞こえたんだけど。


 振り返ると、そこには誰も居なかった。


 「や、やっぱり気のせいか」


 「ふふ、上に居るよー」


 「ぽう!!」


 僕は腰を抜かしてしまった。


 声のする方は、だった。


 月夜に浮かんでいるのは、一人の小さな少女だ。本当に、ほんっとうに小さな少女だ。


 どれくらいかっていうと、その身長がちょうど実家のテレビ用リモコンと同じくらいの大きさの少女だ。


 ただその容姿はとても可憐で、薄浅葱色の長い髪が夜風に靡くとともに、こちらへ花の香りが漂ってくる。特徴的なのは、背に生えた半透明の二対二枚の羽だ。


 若干だけど、その小さな少女の存在がキラキラと淡い輝きを纏っている気がする。例えるなら、彼女は物語に出てくる妖精のようなイメージだ。


 そんな少女は月灯りを思わせる瞳で、眼下の僕をじっと見つめてくる。


 「あはは。君、面白いねー。そんなにびっくりする?」


 え、ええー。なにこの子......。


 僕は思わず問いかけてしまった。


 「え、えっと、あなたは......妖精さん?」


 「ん。そんなところ〜」


 「こんな危険そうな森にお一人で?」


 「うん、人探ししてた」


 「こんな危険そうな森で?!」


 マジか。妖精って危機感無いのか。


 いや、実はこんなに小さくても一人で出歩けるくらいには強いってことかな?


 とりあえず、だ。


 僕は右手をすっと前に差し出した。それを見た妖精さんが小首を傾げる。


 「すみません、握手してくれませんか」


 「え?」


 「えっと、妖精さんと会うのは初めてでして......」


 この世界に来て、僕はあまり異種族と会ったことがない。ウズメちゃんというエルフくらいだろうか。


 最初こそ戸惑ったけど、相手が妖精という種族なら、握手しない方がおかしい。


 僕がそんなことを思っていると、目の前で浮かぶ妖精さんが吹き出した。


 「ぶふッ。ちょ、それ本気で言ってるの? ふふ、あはははは。お腹痛〜い」


 あれ、この辺じゃ妖精と出会うことはよくあることなのかな? もしくは先方の文化的に、人間に親しくしては駄目みたいな......。


 が、妖精さんは快く、僕が差し出した手の指先に、自身の小さな手を重ねた。


 「いいよ。握手してあげ............る」


 と、彼女が言いかけて止まる。


 妖精さんは途端、先程までの笑みを消し去り、目を見開いて僕の指先を見つめる。


 「ああ、そっか............君だったのか」


 なにやらぼそぼそと呟いていたが、すぐさま笑みを浮かべた。


 「おかえり。


 「............は?」


 王......様? 僕が?


 いきなりこの子は何を言い出すのだろう、と思っていたら、妖精さんが僕の指先に頬擦りをしてきた。ぷにぷにとした柔らかな肉感が指先から伝わってくる。


 「?!」


 「ふふ。そっか、そっか。ティアを迎えに来てくれたんだね。王サマはティアのことが好きなんだね。ティアも王サマのことが大好きだよ〜」


 マジでこの子は何を言い出すんだ。


 妖精さんは頬を紅潮させて、うっとりとした目で僕を見つめてくる。


 ちょっと人違いじゃありません? 僕がそう彼女に言おうとした、その時だ。


 僕の指先に止まっていた妖精さんが、真横から飛んできた真っ黒な槍に直撃して、槍ごと吹っ飛んでいった。


 「えぇぇぇええ?!」


 思わず僕の口から絶叫が漏れる。


 妖精さん?! え、ちょ、妖精さん?! 今、一瞬のことだったけど、槍の先端が的確に妖精さんを狙ってたよな?!


 「もしかして妖精さんを狙った密売人の仕業?!」


 「何を馬鹿なこと言っているのかな、ズッ――少年は」


 ?!?!?!


 この中性的な声は?!


 僕は今しがた黒い槍が飛んできた方向を見ると、そこには黒を貴重とした牧師姿の人物が居た。


 頭部には牡牛のデザインが施された仮面があり、顔こそ見れないが、僕はこの人を知っている。


 「<1st>?!」


 「やぁ、少年。久しぶり。髪、白く染めたのかい?」


 そう、気さくに手を振る者は闇組織のボスであった。

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