第435話 迅速な対応と男に二言は無い

 「「今殺すか」」


 騎士の格好をした男が、手甲を掴んでいた僕の手を振り払って、腰に携えていた剣を素早く引き抜き、振るう。


 しかし僕はそれを避けて、アテラ姫殿下をお姫様抱っこしながら、後方へ飛び下がった。


 剣を振った男は、その剣を肩に乗せて、カンカンと甲高い音を立てながら言う。


 「ああー、情報と違くねぇか? 今日は第三王女しかこの地下に来ねぇって聞いたんだけど」


 「ふむ。我々の計画に支障が出ないといいが......」


 と、余裕そうに会話を始める騎士――いや、賊共だ。


 僕は唖然としていたアテラ姫殿下を下ろして、静かに告げる。


 おそらく賊が今しがた振るった剣の動きが見えなかったのだろう。何が何なのか理解が追いついていない様子だ。


 「アテラ姫殿下、下がっててください」


 「こ、これは一体......」


 『なーんで立入禁止の地下に賊共が居んだぁ?』


 『さぁ?』


 『あいつらの言動からして、姫さんを待ち伏せしてたのが妥当だろ』


 だね。僕は心の中でドラちゃんに同意し、臨戦態勢に入る。


 アテラ姫殿下はそんな僕に対し、怯えながら言う。


 「あ、あの、アウロお姉様は......」


 こんな状況下でも姉の身を心配するとは......。


 なんかさっきのやり取りで、彼女のことを疑っていた自分が馬鹿らしくなった。よし、この美少女を信じよう。やっぱり美少女に悪い人は居ない。


 そう結論付けた僕は、振り返らずに返答する。


 「さぁ? 気休め程度で聞いてほしいんですけど、あの部屋は地下に入ったぐらいで、そう辿り着ける場所ではないと、タフティスさんから聞いてます」


 「......。」


 彼女は胸に手を当てて、まるで祈るように俯いた。


 だから僕は微笑みながら言うことにした。


 「アテラ姫殿下、大丈夫ですよ」


 「え」


 「あなたも、アウロディーテ姫殿下も、僕が漏れ無く助けますから」


 「っ!!」


 さてと、どうしようかな。


 きっとアテラ姫殿下の安全を確保できる最適な手段は、ここに来た転移魔法陣で、一度、アーレスさんの家に戻ることだ。


 ただ転移魔法陣による転移は少しだけ時間を要するし、相手がそれを待ってくれる訳が無い。


 アテラ姫殿下だけでも戻したいところだな。神獣のヤマトさんが近くに居れば、彼女の身の安全は保障されたようなものだし。


 でも、


 『私たちがあの転移魔法陣を扱えないので、それが叶ったとしても、戦いが終わった後はどうすることもできませんしね』


 『だな。アウロディーテっちゅー奴の部屋まで勝手に行ったらまずいぜ? できれば、この女があーしらと同行して証人になってくれねぇーと後々困る』


 魔族姉妹が僕の思いを代弁する。


 その通りだ。それに相手がどれだけ実力のある敵かわからないけど、奴らの目的がアテラ姫殿下なら、守りながらの戦闘は、僕だけじゃ困難だ。どうしても後手に回ってしまう。


 ここはやはり......。


 「姉者さん、行ける?」


 『まぁ、それが最適でしょうね』


 僕は左手を真横に伸ばした。


 その行為に、敵二人が首を傾げる。


 僕はかまわず口にした。


 「いでよ、妖怪鎖女」


 『誰が妖怪鎖女ですか、誰が』


 左の手のひらの口から、銀色の核が吐き出され、その核が宙に浮き、眩い光を放ちながらジャラジャラと無数の鉄鎖を生成した。


 どこからとなく、止めどなく溢れ出る鉄鎖は徐々に“人”の形を作り出して、血が通う肉体へと変貌していく。


 やがて見目麗しい女へと化し、真っ白なワンピースを纏う美女が現れた。


 この薄暗い廊下でも目立つほど、銀糸のような長髪が松明の灯りに照らされて光り輝いていた。


 自立型姉者さんの誕生である。


 姉者さんは凛とした声音でぼやく。


 「ふぅ。やはりまだこの身体は慣れませんね」


 「これから戦うのは厳しい?」


 「いいえ? あんな連中くらい、朝飯前です」


 さっすが。


 そんな僕らのやり取りを見て、敵二人は目をぱちくりとさせていた。


 あと後ろに居るアテラ姫殿下も。


 「す、スズキさん、その方はどこから現れて......」


 「説明は後です」


 「ちッ。なんだあの女は」


 「知らん。あの少年が使役している何かと見るべきだろう」


「姉と弟のような関係と思ってください」


 違います。


 賊共は姉者さんの言葉を無視して、そう結論付け、こちらへ接近してきた。


 姉者さんがそんな敵を見据えながら僕に問う。


 「私がこちらのお姫様を護ればいいのですか?」


 「まさか。うち一人は生け捕りだよ。お願いね」


 「なんて姉使いの荒い弟なんでしょう」


 「おらぁ!! 余所見とは余裕だな!!」


 と、先程、僕に斬りかかってきた悪漢が、素早い動きでこちらに迫りながら、魔法を連発してくる。


 風属性の魔法だ。


 それが空気を圧縮したような鋭い斬撃を生み出して、僕らを切り刻まんと襲いかかる。


 が、


 「なんて陳腐な」


 姉者さんが片手を前に突き出し、それら風の斬撃を宙に生み出した鉄鎖で打ち消した。例の如く、魔力を瞬時に吸収して掻き消したのだろう。


 まさか全て無に帰されるとは思わなかったのか、敵は驚愕の色を顔に浮かべる。


 「な?!」


 「僕はもう一人を相手するよ」


 「行ってらっしゃい」


 僕は<ギュロスの指輪>を使って透明人間化し、敵が僕を見失ったのを確認した後、【固有錬成:縮地失跡】でもう一人の賊の死角へ転移した。


 その後、透明人間化を解かずに、僕は右手に生成した【紅焔魔法:閃焼刃】で男に斬りかかった、その時だ。


 「ぬ?!」


 男は手にしていた剣で、僕の攻撃を受け切った。


 「一体どうやって私の後ろを!!」


 「あれ、反応された?」


 『鈴木の気配の消し方がなってねーんだよ』


 あ、だからいつもバレちゃうの? 透明人間で見えないはずなのに、おかしいと思ったよ。


 僕は後方へステップして、透明化を解除した。


 「なんと......姿を消したというのか」


 「はい。初見殺しのはずなんですけど」


 「はッ。そんな殺気を垂れ流しておいて気づかないわけがなかろう!!」


 そう言い切るや否や、悪漢は僕に斬りかかってくる。


 「【バンディスト流・一虎剣術いっこけんじゅつ】――」


 「っ?!」


 な?! その剣術ってタフティスさんが使ってる――。


 「【虎断ち】!!」


 一瞬で距離を詰められた僕は、手にしていた剣を腕ごと切り落とされた。


 僕はまたも後方へと飛び下がる。


 『おいおい。お前、ほんっと技量の差で負けんな』


 「う、うっさい! 早く腕治して!」


 『あーい』


 『ご主人、来るぞ!!』


 「うおぉぉおお!!」


 賊がこの機を逃すまいと血気盛んに距離を詰めてくる。


 僕は腕が治ったことを確認してから敵を迎え撃つ。


 「妹者さん! 【閃焼紅蓮】やるよ!!」


 『いや、偶には力でゴリ押しするんじゃなくて、技使え、技』


 はぁあ?!


 こんなときに何を言い出すのかと思えば、妹者さんは非協力的な姿勢であった。


 技って、何も訓練積んでない僕がやれるようなことじゃないでしょ?!


 「はは! 腕はそれほどでも無いようだな!!」


 「っ!! ちッ」


 無論、敵は待ってくれない。


 僕は眼前に迫りくる敵の攻撃を受け切るべく、<パドランの仮面>から<鯨狩り>を生成して、それを剣の形に変えた後、敵の剣先を捉えてそれをぶつける。


 「死ねぇ!!」


 「ぐ!!」


 男の剣術が容易く僕の体勢を崩して、そのまま肩から斜めに僕を切り裂いた。刹那、鮮血が飛び散る。


 「かはッ」


 「はッ。口程にもない」


 ああ、もう。何が剣術だ、技量だ。


 僕にはそんな努力の結晶なんて無いんだから――こうするしか無いよな。


 「【固有錬成:泥毒】――発動」


 「っ?!」


 僕は傷口から血と共に深緑色の毒ガスを撒き散らす。


 勝利を確信した男はすぐさま僕の異変に気づき、飛び下がろうとするが、それよりも早く、僕が男に抱き着くことでそれは阻まれた。


 自身の両腕に【力点昇華】を使い、男を放さないと力を込める。


 「な?!」


 「ぺッ。......【害転々】を使っても良かったんだけどさ、僕の代わりに斬殺させるのは剣術を磨いてきた人的には嫌でしょ?」


 「な、何を言って――ッ?!」


 至近距離で猛毒のガスを浴びた悪漢は、吐血して全身を小刻みに震え出した。そのガスが、男が纏う鎧を溶かして、呆気なくその身をずるずるに溶かしていく。


 「な......んだ、これは......ど、く......だと」


 「うん。じゃあね」


 「く............そ」


 やがて男は絶命した。


 僕は妹者さんが傷を治してくれた後、死体と化した男を廊下の隅に放り捨てる。


 一振りの剣だけで敵を圧倒する達人だったけど、結局はこうして僕のスキル一つで敗者へと変わる。


 僕の借り物の力なんかで、だ。


 何年、何十年と磨いた技術も、何も意味を成さない。


 「そう考えたら......“努力”って馬鹿馬鹿しいよね」


 『『......。』』


 そう、僕は死体を見下ろしながら呟くのであった。

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