閑話 聖女は綺麗になったから見てもらいたい!
「この串焼き、とっても美味しそうです」
『聖女が食べ歩きなんてはしたないよー』
「うっ」
ここ、ギワナ聖国中央都市にて、聖女シスイは食べ歩きをしていた。
鈴木がクーリトース大聖堂で<
そんな中、シスイは昼過ぎのちょっとした時間を使い、こうして街まで遊びに来たのだ。
シスイは近くの露店で買った串焼きを手にし、広間の噴水の方へと向かった。
腰を掛けて串焼きを食べていると、ちょうど隣に座ってくる者が居る。
「聖女シスイだな」
全身外套に身を包んだ正体不明の者だ。発した言葉からして男性だと、シスイは察する。
「? はい」
『もしかしてどっかの刺客かな?』
「......事前に情報が入ってた通り、その声は大天使ガブリールか」
その男の言葉を聞いて、シスイとガブリエールは小首を傾げた。無論、ガブリエールは例の如く、手のひらサイズの石像に取り憑いているため、傾げる首など無いが。
男は軽く咳払いしてから口を開く。その際、懐からズルムケ王国の者である証が刻まれた懐中時計を見せた。
「私はズルムケ王家に仕える者だ」
「?!」
『へぇー。王国の人が私たちになんの用?』
「まず言っておきたいのだが、敵対するつもりも、何か企てているわけでもない」
そう前置きしてから、男は続けた。
「実は我が国の騎士団総隊長が聖女シスイと話したいことがあってな。悪いが、今から時間を貰えないだろうか」
『ちょっと、なにそれ。聖女と面会したいならアポ取りなよ。失礼すぎ』
男の失礼な申し出に、ガブリエールは声音を低くして返答する。
『ほら、シスイちゃん行こ』
「で、ですが......」
『どんな事情があるのか知らないけど怪し――』
「“スズキ”」
「『?!』」
男の短い言葉を聞いて、二人は驚きを見せた。
「総隊長が、『スズキが話したい』と聖女に伝えれば、会話に応じてくれると聞いた」
「な、ナエドコさんが?!」
『ちょ、シスイちゃん!』
「ちなみにそのスズキとやらが『今度何でも言うことを聞くから』と言っていたそうだ」
「?!」
『ねぇそれほんと?! あの子がそんなこと軽々しく言うとは思えないんだけど!!』
当然、嘘である。タフティスがこう言っとけば、会話に応じてくれるかもしれないと思ったので、適当な嘘を吐いたのだ。
しかし人を疑うことを知らないシスイは二つ返事で、見知らぬ男の話を聞くことにした。
*****
「ちょっと。シスイちゃん、知らない大人についていっちゃ駄目じゃない」
「す、すみません。でもナエドコさんが、今度会ったら、お願いを何でも聞いてくれると言ってまして......」
「そ、そういうとこよ、あなた......」
レベッカが溜息を吐いていた。
街の広間から場所を移して、適当な宿屋で王国の諜報員と待ち合わせをすることにしたシスイは、今更ながら護衛としてレベッカに同伴をお願いした。
レベッカは事情を聞いた時、渋い顔をしていたが、シスイのお願いとあっては断れない。
シスイもまたレベッカに対して、無意識にも甘え上手になっていたのだ。
ここで、苦労人っぽく振る舞うレベッカに異を唱える天使が居た。
『文句言う資格あるのかな? 居候のくせに』
「あらあら。そっちこそ、シスイちゃんに四六時中付き添っちゃって、まぁまぁ。大聖堂で、大人しく人々から崇拝されていたらどうかしら?」
『はぁ? そんなこと君に言われたくないんだけど。というか、私は君と違ってシスイちゃんの護衛も兼ねてるの』
「嫌ならいいのよぉ。私が代わりにやるから」
『嫌だね。シスイちゃんが誰かさんみたいに、ビッチになったら困る』
「おほほほ。そういえば、まだ天使って狩ったことなかったのよねぇ」
『あははは。私もビッチを改心させたことなかったなぁ』
「おほほほほほ」
『あははははは』
険悪な空気になったところで、シスイが慌てて仲裁に入る。
王国の諜報員はそんな三人のやり取りを目の当たりにして、どことなく不安になってしまった。
しかし騎士団総隊長の命令は絶対。これも国のため、そう思いながら、王国に居るタフティスたちと会話するための準備に取り掛かった。
「やっぱり止めましょ。スー君のことだから、きっとシスイちゃんをキープしておけるように、こうして時々甘い言葉を口にできる機会を作ってるのよ?」
「ナエドコさんはそのようなお方ではありません! か、仮にそうだったとしても、キープされるのも悪くないというか......」
「ああ、もう手遅れだったのね......」
レベッカは額に手を当てて嘆いた。
「いい? ああいう男の子はずっと調子に乗っちゃうのよ。最悪、エスカレートして、「俺の言うことは絶対に聞けよ」って言うの。あーやだやだ。童貞のくせに、何を偉そうにして――」
「あ!」
「っ?!」
が、シスイが何か思い出したかのように、レベッカの言葉を遮って大声を上げたことで、男はビクッと肩を震わせてしまった。
そんなシスイに動じなかったレベッカが問う。
「どうしたの?」
「えっと、今からナエドコさんと会話するのですよね? こちらの顔も映すのですよね? ど、どうしましょう。私、一度鏡を見てきてもよろしいでしょうか?」
『え、この水晶みたいな魔法具って顔も映せるの?』
そのガブリエールの問いに、男は首肯する。
「機能としてはある。嫌なら、顔は映さないように設定もできるが......」
『それなら顔は映さないように――』
「なりません!!」
ガブリエールの言葉を遮って、シスイが抗議する。
ガブリエールはまるで対応が面倒くさそうな者を見るかのような視線を、シスイに向けた。
シスイは瞳に炎を宿して言う。
「お久しぶりにお会いできるナエドコさんに、自身の顔を見せないほど、私は意気地無しではありません!」
『本音は?』
「ナエドコさんに忘れられないよう、お互い顔を合わせたいなと思いまして......」
「うんうん。そうよねぇ。“女”として当然の心意気よ」
『......。』
レベッカはシスイの愛らしさに堪えきれず、ついぎゅっと抱き締めてしまい、よしよしと頭を撫でた。
その際、レベッカの口から「はぁ、ほんっと天使ぃ」などと、大天使ガブリエールを前にしてとんでもない発言をした。
またシスイの猛攻は止まらない。
「そ、それに最近、美容にも力を入れてますし......」
『な?!』
「うんうん。そうよねぇ。毎日お肌や髪の手入れを欠かしてないものね」
『やっぱりか! なんか前よりシスイちゃんが輝いて見えてたのは、私の気のせいじゃなかったか!!』
「シスイちゃんの後光は元からよ」
『嘘吐け!! 君が誑かしたんだね?! どうすんのさ、清楚派筆頭の子がビッチになったら!!』
「お化粧ごときでならないわよ。それにちゃんと聖女として仕事はしてるんだからいいじゃない。ね? シスイちゃん」
「は、はい。そちらは抜かり無く......」
『いいや、聖女や聖職者は民からの納税で食べているんだ! そんな私情でお金を使ったら駄目だね!!』
「なに言ってるの。全部、私のお金よ」
「す、すみません。レベッカさんに色々と良くしていただいて」
「あーん、謝らないでぇ。もっと可愛く、そして美しくなりましょ。悪魔の囁きに屈しないで♡」
『だぁれが悪魔だ、このクソビッチがぁぁああ!!』
と、なにやら目の前で言い争いが始まってしまった。
王国の諜報員は、そんな三人のやり取りを目の当たりにして、再び不安になるのであった。
ちなみに少し前から、手元の魔法具の機能を起動させていたのは、ここだけの秘密である。
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