第428話 死に恋い焦がれる呪い

 『これからどーする気だよ』


 と妹者さんが僕に聞いてくる。


 現在、僕らは王城の地下から地上に出て、とある客間にタフティスさんと一緒に居た。ここにはアーレスさんちにある転移陣を利用してやってきたのだが、その目的は第一王女アウロディーテに会うためだ。


 にしても、あの状態は酷かった。可能であれば、あの場で呪いを祓いたかったが、現実はそんなに甘くはなかった。


 この客間は不法侵入した僕でも利用できるところみたいで、もちろん、タフティスさんが付き添わなければ使えない空間だ。


 「うん、色々と考えてみたけど、方法はいくつかあると思う」


 僕のその返答が独り言だと思ったのか、タフティスさんがギロリと僕を睨んできた。


 「おい、それマジで言ってんのか」


 もはや殺気すら滲ませたような鋭い視線だ。


 でも僕は本気だから退かない。


 「本気ですよ。本気でどうにかしてみせます」


 「......。」


 「そのためには色々と協力してもらいたいことがあります」


 僕はそう言って、部屋の隅ある台から、真っ白な角砂糖の入った丸い瓶を持ってきて、その中から一つ取り出してテーブルの上に置いた。


 「まず一つ。ウズメちゃんとアーレスさんの力を借ります。タフティスさんはアーレスさんの【固有錬成】について知ってますか?」


 「ああ」


 「では、ウズメちゃんのスキルについて。彼女は他者のスキルを付与できるスキル持ちです」


 「へぇ。あのエルフの嬢ちゃんがそんなすげぇスキルをなぁ」


 「ええ。で、アーレスさんの無敵スキルをウズメちゃんのスキルで、僕に付与してもらいます」


 「......。」


 『お、おい、鈴木。おめぇーが言いたいことはわかったぞ』


 『鈴木さん、そのやり方は良くないですよ』


 『ご主人......』


 皆まで言ってないのに、どうやらこの場に居る皆は、僕がやろうとしていることについて察したみたいだ。


 そう、ウズメちゃんのスキル【依代神楽】とアーレスさんの【万象無双】、そして僕の【害転々】があれば、アウロディーテさんの呪いを僕に転写できる。


 【害転々】が呪いまで転写できるかは試したこと無いからわからないけど、アウロディーテさんの様態を見れば、あれは間違いなく“害”だから問題無いだろう。


 懸念すべきは、ウズメちゃんのスキルによって複製したアーレスさんのスキルだ。


 【万象無双】が発動中の間は、怪我も病気も呪いも受け付けない。ただウズメちゃんのスキルは複製する際、そのスキルの条件や制限が改変されてしまう。


 アーレスさんの話によれば、【万象無双】は魔法を使わない間は、常に発動できるスキルらしい。もしそこに時間制限なんてあったら目も当てられないな。


 だからこの選択肢はできるだけ使いたくない。


 色々と察したタフティスさんが口を開く。


 「坊主がしてぇことはわかった。アウロディーテ姫殿下の呪いを代わりに受けようってんだろ」


 あれ、【害転々】の説明してないのに、よくわかったな、この人。


 僕はこくりと頷いて、【害転々】とさっき考えていた懸念事項も一緒に彼に伝えた。


 タフティスさんは溜息を吐いて言った。


 「却下だ。アーレスのスキルをそのまま複製するならともかく、発動条件が追加されたり、制限が増えたりするかもしれねぇ」


 「まぁ、十中八九は」


 「んな後味悪いことできっか。坊主のスキル......【害転々】だったか? それを他者から他者にできねぇのか?」


 『あ、それがあったな! 実際に、以前、港町で色々と実験したときにできたじゃねぇーか!』


 『そうじゃん! それなら、こう、死刑囚とか使ってさ! あのお姫さんの呪いを、そいつに転写させればいいじゃん!』


 『いえ、それはできませんね』


 という、短く言い切った姉者さんの言葉を聞いて、二人が固まる。


 そう、姉者さんの言う通り、【害転々】で他者から他者に“害”は転写できないのだ。


 僕が港町ラビラビアーワビで実践したのは、他者から僕が受けた“こうげき”を他者に移しただけ。


 僕が他者に与えた“害”を他者には転写できない。僕自身には転写できるけどね。


 そこにはどうしても間に“僕”を経由しなければ、“害”は転写できない条件があった。


 そのことを皆に伝えると、反応はそれぞれだったが、一応は納得してくれた。


 僕は手元の瓶から新たに角砂糖を取り出して、既にテーブルの上にあった角砂糖の横に置く。


 「二つ目は聖国を頼ってみること」


 『『ふぁ?!』』


 『あ、あなたたち、少しは静かにしてなさい』


 「......他国の力を頼るってか」


 僕は首肯してから続けた。


 「幸いにも、ギワナ聖国には伝手ががあります」


 「クーリトース大聖堂で大暴れしたくせにか?」


 「ごっほん! かの国の聖女シスイと面識はありますし、ガブちゃん――大天使ガブリエールさんの助力も得られるかもしれません」


 「ふーん?」


 『オレ、あの女嫌い。無抵抗なご主人にき、き、きききしゅ、キスしやがったからな!!』


 『どーかんだわー』


 う、うるさいな。


 僕は二つ目の提案のデメリットについても伝えた。


 まず時間がかかってしまうということ。当然、この世界に携帯電話なんてものは無いから、王国に居る僕らと、聖国に居るシスイさんたちのやり取りはスムーズに行かないはず。


 なんなら出向いた先、解呪することもできずに無駄足になる可能性も否めない。


 そのことを伝えると、タフティスさんは頬杖を突きながら、口角を釣り上げて言う。


 「聖国まで出向かずに話ができればいいんだな?」


 「え、まぁ、はい、そうですけど......」


 ガタッ。タフティスさんは急に立ち上がって、「ちょっと待ってろ」とだけ言ってから、この部屋を出ていってしまった。


 ど、どうしたんだ、急に。


 しばらくして戻ってきた彼は、人の頭ほどある大きな水晶を持っていた。


 「なんですか、それ」


 「各国に潜ませている諜報員とやり取りするための魔法具だ」


 うわ、マジか。疑似スマホってところか。


 聞けば、音声だけではなく、両者の顔も映すことができるらしい。ビデオ通話機能付きとはすごいな。


 「さっきこれで聖国に居る諜報員に命令したんだよ。聖女と接触して、俺らと会話できるようにしてもらえって」


 「え、ええー」


 『ゆ、誘拐とかしてねぇーよな』


 「つか、あの国、本当に大丈夫か? 普通に聖女がその辺ほっつき歩いているって聞いたぞ。護衛も無しに」


 シスイさん......。


 まぁ、たぶんシスイさんにはガブちゃんが近くに居るから大丈夫だと思うけど。


 やがてテーブルの上に置かれた水晶が淡い光を放ち始め、そこから聖国に居る王国の諜報員と思しき人から連絡が来た。


 「言っとくが、王国はそこまで聖国と親密な関係じゃねぇー。あくまで最初だけでも、坊主個人の話として、助力を得られるか聞いてくれ」


 と、タフティスさんが念を押して僕に言ってきたので首肯する。


 おおう、マジで今からシスイさんと話せるのか。


 『タフティス総隊長、こちらダウナー。例の件でご連絡致しました』


 「ご苦労。聖女はそこに居んのか?」


 『え、ええ。ただその......』


 と、諜報員の人が言い欠けたところで、諜報員とは別の声が聞こえてきた。


 『やっぱり止めましょ。スー君のことだから、きっとシスイちゃんをキープしておけるように、こうして時々甘い言葉を口にする機会を作ってるのよ?』


 『ナエドコさんはそのようなお方ではありません! か、仮にそうだったとしても、キープされるのも悪くないというか......』


 『ああ、もう手遅れだったのね......』


 この聞き覚えのある声は......レベッカさんとシスイさんだ。


 ちょ、レベッカさん、あなたいつまでシスイさんと一緒に居るんですか......。


 そんな呆れ果てた僕が、水晶の向こう側に居るとは思っていないのか、レベッカさんは溜息混じりに言う。


 『いい? ああいう男の子はずっと調子に乗っちゃうのよ。最悪、エスカレートして、「俺の言うことは絶対に聞けよ」って言うの。あーやだやだ。童貞のくせに、何を偉そうにしているのかしら』


 「......。」


 僕は水晶を叩き割ろうとしたが、タフティスさんに全力で止められるのであった。

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